7 脱出
「助けて! すぐに助けてよ!!」
「なんとかしてくれ! なんとかしてくれ! なんとかしてくれ!!」
「引き上げて! 早くあたしを引き上げてよ!!」
「殺される! 食べられちゃう!!」
「ああああああああ」
口々に上の穴に叫ぶ。両手を差し上げて何度も飛び跳ねる。
足をくじいている榊でさえも立ち上がって何度か跳ねた。
「どうしたの!?」
上からマモルが顔を覗かせる。
「か、怪物だ! 怪物がいるんだ!」
「緑色のやつ!?」
「違う! 別のやつだ!」
俺は写真に映ったモノを説明する。
二足歩行。
毛のない半透明な白い皮膚は水にふやけたようにシワが寄って、赤と青の血管が透けて見えていた。
丸い頭部に吊り上がった目、光る瞳、ネズミかモグラのように尖った鼻先は先がふたつに割れて鋭く尖っていた。
鼻自体はきっと縦長のふたつの穴だ。
肩はなく、太い腕の先は鋭く尖った太い三本の鉤爪。
足は短い。
全裸。
フルチン。
「――危険なの、それ?」
俺が説明し終わると、マモルが普通の口調で言った。
「え?」
「ただ気持ち悪いだけじゃないの?」
「え?」
「襲って来なかったし、逃げていったんでしょ?」
「え、あ、うん、そうだな」
「いつもの通り道に隼人たちがいて困ってるのかもしれないよ?」
「ありゃ、それは悪いことしたな」
なんだか怖がったのがバカバカしくなってきた。
「まぁ不安だったら木の棒でも落とすよ。待ってて」
マモルが頭を引っ込めた。
ずっと上を見ていたので首が痛い。
首をさすりながら洞穴のみんなを見ると、マモルとの会話を聞いていたせいか落ち着いていた。ちょっと気まずそうだ。
壁際に集まって腰を下ろす。
榊はひどく顔をしかめている。捻挫が悪化したようだ。
しばらくするとマモルが戻ってきた。
「投げるよー」
俺たちのいる場所とは反対側の壁際に、六本のやや曲がった木の棒が投げ落とされた。落ちていたものだろうが、割と太い。
俺と秋葉で拾い上げると上から声がした。
「こんなところにいたのか」
上原が顔を出した。笑っている。
「蔓草を集めているが、耐えられるかわからん。編むからもうちょっと待っててくれ」
上原が引っ込んで代わりにエースで四番杉浦が顔を出した。
「秋葉がいるってんで呼ばれて来た」
真顔で言ったあと、にやりと笑って引っ込んだ。上原と杉浦を見てほっとする。
「あたしもいるよー」
小滝日菜子が顔を覗かせて手を振る。女子が手を振り返した。
放り込んでもらった木の棒は一応みんなに持たせる。
「できたぞ。まずは荷物を全部結んでくれ」
蔓草を編んだものが降りてくる。
手に取って見ると、一本が一センチ半くらいの蔓を三本編んでいた。
五人分のバッグの持ち手に蔓を通す。結ぼうとするが固い。
「俺がやろう」
秋葉が俺から蔓を奪うと、きゅっと簡単に縛った。
「いいぞ!」
バッグ五つといえばそこそこの重さがある。十分試験になるだろう。
バッグは問題なくするすると上がっていく。
ぱらぱらと土が落ちてきてバッグで跳ねた。
上がり際のところでちょっともたついたようだがなんとか地上へたどり着いた。
「オッケー。次は秋葉に上がってもらうと上が楽なんだが」
上原が言ってくる。
「すまんが榊で頼む」
秋葉が言った。上原の言うこともわかるが怪我した女子を置いていけないというところだろう。
他の女子たちにも異存はなさそうだ。
「わかった」
蔓が降りてくる。
「これに掴まって登るの? 自信ないなぁ」
榊が片足けんけんで寄ってくる。女子の力では無理か?
「ちょっと待って」
秋葉が蔓の先に大きい輪を作り、輪の下側にマモルから落としてもらった木の棒を固定する。一種のブランコだ。
「すごい! ありがとう!」
榊は大喜びだ。これなら楽に上げてもらえるだろう。
秋葉は照れくさそうに笑った。
「頼む!」
榊がブランコにセットされると秋葉が声をかけた。
上からかけ声が聞こえて榊の体が上昇していく。土がぱらぱらと落ちてきて榊は下を向いた。
もうすぐ縁に届くという時、
「あれ?」
と藤井が声を上げた。
「戻ってきた」
気持ち悪い怪物が消えた穴だ。
もうすぐ去っていくからあとちょっと待ってくれ。
襲って来ないとわかってるので気楽なもんだ。
「なんか多くない?」
尻上がりのイントネーションで馬場が言う。
気になって覗いてみると、光る目がさっきの倍以上ある。
「まずい」
マモルの声が上から聞こえた。
どういうことだ? 安全じゃなかったのか?
「急いで!」
マモルの焦った声が響く。
うん、マモルは安全とか襲って来ないとか一言も言ってなかったね。
藤井がへっぴり腰で木の棒を構え、まだ見えない怪物の群れと対峙する。
「藤井、さがれっ!」
俺は棒を構え藤井の横へ行った。
「大丈夫! くるみ、先に上がって!」
いや、それでもお前はさがれよ。
「次降ろすぞ!」
どうやら榊は無事に上がったようだ。
安心もつかの間、暗闇から怪物が進み出て、その姿がわずかに見えた。
でこぼこした白い皮膚に透ける血管が気持ち悪い。
さらに出てきて白く濁った目があらわになる。明かりがあるところでは光ってない。
俺の前と藤井の前に数匹ずつ。
チチッと鳴くと一匹が俺に襲いかかってきた。ワンテンポ遅れて藤井にも飛びかかる。
俺は悲鳴を上げながら棒を振るとうまく頭の横に当たって撃退することが出来たが、藤井はうまく殴れなかったのか、そのまま組み付かれた。
鉤爪が脇腹とスカート越しに太もものあたりを掴む。きっと鉤爪が食い込んでいる。
藤井は悲痛な悲鳴を上げた。
それでも尖った鼻先を棒で押さえている。
鼻先の下から紫色の細長いミミズのようなものが三本ちろちろしている。ナニコレナニコレ。
気を失いそうなほど動転しながら、俺は木の棒で藤井を襲う怪物の目のあたりを殴った。
クキャッとか悲鳴を上げながら怪物が離れる。
鉤爪のあたりから布地が裂ける音がした。
藤井の前で片膝をついて棒を怪物に向ける。
怪物たちは意にも介さず何匹もが突進してきた。ああ、もうダメだ――。
フラッシュが閃いた。
怪物たちは急停止すると鳴き声を上げながら暗闇に戻っていく。
振り返ると震えながらスマートフォンを構える高木がいた。
「ナイス高木!」
とは言ったものの、怪物たちは消えていなくなったわけではなかった。奥のほうに白い光点がいくつもある。
「上げるの待った! ふたり上げてくれ!」
俺が叫ぶと馬場のセットを終えた秋葉が察して駆けつけた。
半分意識を失ったような藤井を抱え上げ、馬場の上に跨がらせる。
「離すなよ、馬場」
「うん!」
馬場が力強くうなずく。
三人で下から棒を押し上げ、引っ張る連中を助ける。
手が届かなくなって、落ちてくる土を避けて離れた。
女子ふたりは無事に上にたどり着いた。
怪物がじりじりと近づいてくる。
高木がフラッシュを焚く。
もうあまり逃げない。
次は高木だ。高木はブランコに立つとするすると引き上げられていった。
蔓が降りてくる。
次はどっちだ。
どうもこの様子では後に残った者は助かりそうにない。
「隼人、お前行け」
秋葉が低い声で言った。考える時間はない。
「いや、お前が行け。この先、きっとお前の方が役に立つ」
体が大きくて力が強い秋葉のほうがサバイバルには適しているだろう。
俺は一か八か反対の洞穴を逃げよう。
「ふたり一緒に登ればいいじゃない!」
小滝が上から叫んだ。
「おう、お前らふたりくらい上げて見せるぞ」
エースで四番、杉浦の力強い声もする。
俺と秋葉は顔を見合わせる。
怪物が一斉に向かってきた。
「頼むぞ!」
俺と秋葉は編んだ蔦に飛びついた。
出来るだけ高いところに飛びついて体を引き上げ、足を取られないように太ももを高く上げる。
足のすぐ下では怪物たちが、甲高い鳴き声を上げながら鉤爪を振り回し、飛びついてくる。
ふたり合わせて百五十キロ超。なかなか上がらない。
ふたりが一本のロープで無理な体勢をしているので体力的にもきつい。蔓もぴしぴしと嫌な音を立てる。
ヤバい。
「隼人くんはこれに掴まって!」
小滝の声がして体になにかが触れた。
こぼれてくる土を避けて薄眼を開けると別の蔦だ。ありがたい!
俺は蔦を持ち替えてぶら下がる。
慌ててたからよくわからなかったけど、これ、太さ一センチくらいしかない! 大丈夫なの!?