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62 秘密の作戦


「さっきのあれ、どういうことだ?」


 かまどから少し離れてベッドの枠組みを作る桐原のそばに、自分のベッドを引きずって行ってしゃがむと、小さな声で俺は言った。


「ん?」


 桐原が顔を上げて、きょとんと俺を見る。俺はあぐらをかき、一緒に持ってきた蔓を枠組みに縛り付けながら、


「とぼけるなよ。さっき杉浦に変に絡んでいっただろう」


 と、あまり口を動かさずに言った。


「あー」

「なんであんなに噛みついたんだ? いつも杉浦はあんな調子だろう?」

「そうだな」


 桐原は視線をベッドに向け、作業を続けながら、


「あれはまぁ、なんて言うか、釘を刺しておくって感じ?」


 俺は思わず桐原の顔に目を向けた。本気じゃなかったと言うのか。


「杉浦にか?」


 俺は自分のベッドに視線を戻して蔓を張っていく。


「杉浦じゃなくて、他のみんなにだよ。誰かひとりがなにかを決めるんじゃなくて、みんなで話し合って決定していくっていうのを自覚して欲しかったっていうか」

「民主主義ってやつ?」

「んー、そういうんじゃなくって、なんていうんだろうな、他人まかせじゃなくって自分でも考えろっていうか――うまく言えないけどそんな感じ?」

「なるほどなぁ」


 なにがなるほどなのかさっぱりわかっていなかったが俺はそう言った。

 二十八人しかいないのだ。少しでも多く意見を言うことが大事だということだろうか?

 三人寄れば文殊の知恵と言うではないか。二十八人寄ればなんの知恵だろう。だいたい文殊ってなに?


「ところでさぁ――」


 桐原が今までよりも声を落とした。


「――〝隼人の穴〟の探検、諦めてないんだろ?」


 俺は再び思わず桐原に目を向けた。桐原はいたずらっぽい笑いを口元に浮かべている。


「お前、行くのに反対だったじゃないか」


 大きな声を出しそうになったのを慌てて抑え、囁くように言った。


「そりゃあ、あの場で賛成したらちょっと空気悪くなるだろ。意見が違ったから文句言ったみたいに取られて。しょうがなかったんだよ」


 策士だ。


「でも多数決で反対されちゃったから無理だよ。他で見つかるのを期待するさ」

「ちゃんとした計画も無しに地下に潜るなんか言ったら反対されるさ。ちゃんと作戦を練ってさ、もう一度提案しようぜ」


 桐原の顔は、悪だくみをしている者のそれだった。


「一度否決されたものをこっそり準備するなんて出来ないよ」

「別に夜のホームルームのあと話し合ったりする分は構わないだろ。自由時間なんだから」

「そりゃあそうだけど――」

「隼人、こっそり賛成だった男を集めろよ。あたしは女に声をかけるから」


 桐原は声を潜めて言った。なんだかんだ言って、やっぱりこっそり行うのだ。

 俺は作りかけのベッドをそのままに、かまどのそばで話をしているマモルになぜか忍び足で近づいていった。



  ◇◇◇◇


 次の日の午前中は、俺とマモルと秋葉と小松で、川を渡って竹を切りに行った。

 以前取った場所に向かっていたが、途中で同じような竹林を見つけたのでそこで切ることにした。


 昨晩は探検希望者を集め、ベッドを作るフリをしながら、いや、実際に作ったのだが、こっそり相談をした。

 道具を作るのに竹が便利だろうということになって、横田が使う竹を取るという名目でここにやってきたのだ。

 作業をサボって探検の準備をするわけじゃない。ちょっと多めに切るだけだ。


 鉄の斧があるので切る作業は前と比べて格段に早かった。

 鉄の斧だけを四人で順番に使って、昼までに十二本の竹を倒した。

 前もって用意しておいた蔓で縛って、ひとりが三本を引きずって戻ったが、八本は途中の森に隠した。


 昼休憩に幼虫ローストを食べた。少し慣れてきたがひとつしか無理だった。

 休憩が終わってからは次の小屋を建てるための木材を切り出したが、小屋には使えないほどの大きい木をこっそり倒した。直径二十センチほどだろうか。

 これは倒した場所にそのまま置いてきた。


 小屋は屋根を作って持ち上げるのは大変なので、足場を作り、屋根組を作ってから草を貼ることにした。

 足場は細い丸太を並べて頑丈に縛った一メートルほどの高さのものだ。

 足場と柱を二本立てて、工作班のその日の作業は終わった。


 夜のホームルームが終わり、探検隊が集まってベッド作りを始めた。はたから見れば、仲のいい者たちが集まって談笑しながらベッド作りをしているようにしか見えないはずだ。


「で、なにが必要なんだ?」


 トラが言った。昨日は探検計画を進める説得と、今後どういう風に話し合うかなどを決めたくらいで、あまり詳しい話が出来なかったのだ。


「まずは洞窟に降りる梯子はしごだね」

「モグラーマンはどうするの?」

「あいつらって片方の洞窟にいたよね」

「あっち側に巣があるのかな?」

「じゃあ洞窟を片方塞いじゃって、反対側で石灰石を探せばいいかな?」

「洞窟を塞ぐ物か」

「それから明かりが必要だね。松明かな」

「なにがいるかわからないから武器だって必要じゃない?」

「正樹くんに頼む?」

「いや、あいつは反対派だからな。この計画がバレる恐れがある」

「自分たちで作るしかないのか」

「じゃあ武器ね」

「武器が必要なら防具も必要だよね。鎧兜とか」

「うんうん」

「あとは石灰石を運ぶ道具か」

「どうやって運ぶんだ、石だろ」

「背中に背負うものだね」

「リュックサックか」

「馬場に頼んでいいか?」

「まかせて」

「じゃあ順番にどうするか考えよう。まずは梯子だけど――」

「しっ、杉浦が来るぞ」


 桐原が小さな声で鋭く言った。


「お前たち、なぜこんな遠くでベッド作りをしてるんだ。手元がよく見えないだろう」


 杉浦が俺たちを見下ろしながら低い声で言う。かまどの周りには他の者がいるので、俺たちはそこから離れた塀のそばに集まっていた。


「い、いやあ、最近暑いからさ。出来るだけ火から離れたいなって」


 俺が言った。


「そ、そうそう」


 他のみんなもうんうんと頷く。


「ふーん?」


 杉浦が目を細める。ヤバい、不自然だったか。


「まぁいいが、あまり暗いところで作業すると目を悪くするぞ」


 そう言うと、杉浦はかまどに戻っていった。俺たちはこっそり安堵の息をつく。


「桐原がいたんで〝隼人の穴〟の探検の話とは思わなかったかな?」


 トラが声を潜めて言った。


「じゃあもっと仲間を増やそう」


 小滝が言う。


「誰が加わりそうだ?」

「丸川は興味がありそうだったな」


 俺は言った。丸川の姿を探すと、かまどの周りでソイとじゃれあっている。


「明日、作業中に話してみるよ」

「男ももうひとり入れとくか?」

「正樹くんがいれば武器や道具も作ってもらえそうだね」

「そうだな。正樹はどうだ?」

「んー、やつは気が小さいところがあるからひょっとしたらバラしちゃうかもな」

「じゃあ入江はどうだ? 身が軽いし、口は固いだろ」

「無口なだけだけどね」

「よし、入江は俺が誘ってみるよ」


 なんだかこっそり行くような雰囲気になっている。


「計画を立ててもう一度提案するんじゃないのか?」


 俺は言った。


「実際に行ってみて安全でしたって言った方が説得力あるだろ」


 トラが言った。


「それはダメだって」

「ちぇっ、しょうがねえなぁ」

「じゃあ続けるよ。まずは梯子だけど、かなり長いのが必要だね。深さは四メートルくらいだったから、それ以上の物を作らないと」

「四メートルかぁ」


 俺たちはひそひそと相談を続けた。

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