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6 こんなところに

「ヨーイドン!」


 トラの号令でみんな走り始める。


「と言ったら走るんだよー」


 と続いたがそんなのは無視する。競争ではないのだ。


「お、おい! ずるいぞ!」


 圧倒的なスタートダッシュを見せたのは俊足の弓道部、上原史人と小滝のコンビだ。

 人数と足の速さと方向感覚の関係でそうなった。

 鮮やかなステップで軽快に飛ばす上原に比べ、小滝の走りはまるで重戦車だ。よくわからないがそんな感じ。あっという間に見えなくなった。

 あいつらは筋肉痛とかないんだろうな。こっちは体が痛いので走ることさえ難しい。

 放射状に探すので、すぐにほかのメンバーは見えなくなった。

 昨日でだいぶ慣れた森のなかをマモルと進んでいく。

 十五分くらい経った頃、


「いたぞー」


 右手のほうから声がした。


「お、案外簡単に見つかったな」

「そうだね、じゃ、帰ろうか」


 合流する必要はないだろう。


「ほかのやつらにも伝えとくか。いたぞー!」


 声が聞こえたのとは反対側に叫んで来た方向に体を向けた。


「手を貸してくれー」


 最初の方向から声がして、俺とマモルは顔を見合わせた。どうやら簡単にはいかないらしい。

 声が聞こえたほうとは別の方向に同じことを叫んで、俺とマモルは助けを求める者の元へ向かった。

 しばらく行くと、男子がふたり、草むらの向こうで地面にしゃがんでいるらしいのが見えた。


「どうしたんだ?」


 俺は足を緩め声をかけた。


「地下の空洞に落ちてる」


 男子のひとりが言った。どういうことだ?


「地下の空ど――」


 俺の足元の地面がなくなった。崩れたのだ。

 こういうことか!

 草で穴が見えなかったのだ。

 俺は落ちた。すぐに地面に足がつく。

 横ざまに倒れ体を強くぶつけたが、頭は腕で守った。筋肉痛に加えて打撲の痛みで思わずうめき声が漏れる。

 おまけに小石と土が上から落ちてきて、俺は腕で顔を庇いながら体を丸めた。土砂の落下が治っても動けない。


「生きてるか?」


 すぐそばからのんびりしたような男の声がした。俺は手のひらだけを振ってみせる。


「お、よかった、生きてた」


 体にかかった土を払ってくれるがちょっと痛い。


「隼人!」


 上からマモルの声がする。


「大丈夫、生きてるぞ」


 男が俺の代わりに答えてくれる。


「あーあ、ひとり増えちゃったよ」


 上からボヤきも聞こえてきた。ごめんね、粗忽者そこつもので。


「隼人、助けに来てくれたんだな、ありがとな」


 助けになってないけどな。むしろ足手まとい?

 男が俺の体を起こす。痛い、やめて。でかい手が重機のような力で俺をまっすぐ座らせた。

 土を被ったので目を開けたくないがそういうわけにもいかない。俺は髪の土を払い落とした。首の後ろから背中に土が入って気持ち悪い。

 運動服の内側で顔を拭ってようやく目を開けた。

 目の前に大男がいた。上から差し込むわずかな光ではよく見えないが声と巨体でわかる。

 秋葉あきば憲二けんじ。身長百八十五センチ、体重百キロ超、エース杉浦とタメをはる巨漢だ。性格は温厚でおっとり系、怒ったところは見たことがないが、もしそんなことがあればタダではすまないだろうことは想像にかたくない。

 俺は空洞を見回した。

 天井に開いてる穴はひとつだけ。どうやら俺が広げたようだ。

 穴までは四メートルほどだろうか。

 地中にあった洞窟の、天井が浅くなったところに穴が開いたらしい。

 二方向に開いた洞窟の奥は暗くて見えない。

 洞窟の幅は、地面は四メートルほどで上にいくほどやや狭くなっている。

 奥に続く空間は高さが二メートル半ほどだ。

 そこに転がる大きな石に何人か腰かけている。


「何人だ?」

「お前を入れて?」


 ドついたろか。


「入れずに」

「五人」


 みんな無事だったか。


「よかった、これでみんな揃うな」

「残ったのは何人だ?」

「三十一だな」

「そうか……」


 秋葉はうなだれて肩を落とした。

 六人が怪物にやられてしまったことに、この大男は心を痛めているのだ。


「いつからここにいるんだ?」

「昨日の昼過ぎだ」

「どうしてまた」

「最初はうまく逃げたんだ。草原のほうに戻ろうとしてたら一匹、あの緑色のやつがいて、驚いて声を上げたら追いかけられて――」


 ん? ひょっとして命の恩人?


「――逃げてたら地面が抜けてここに落ちた」


 ちょっと責任を感じるな。


「み、みんなで探しに来たんだ。すぐに助け出してくれるさ」


 俺は秋葉の太い腕をぽんと叩いた。


「あ、この高さから落ちたんだ。怪我人はいないのか?」

さかきが足をくじいてる」


 石に腰かける何人かの人影に目をやる。

 どれが榊彩香(あやか)かわからない。

 とても十七歳には思えないような色っぽい雰囲気を持った美人女子だ。大きなバストとくびれたウエスト、そして大きなヒップにめろめろな男子も多い。

 話すと気さくな性格で見た目とのギャップが大きい。ガテン系マリリン・モンローって感じ? よくわからないけど。


「ひどいのか?」

「すごく腫れてる」

「大丈夫だよ。それより助けるってどうやるの?」


 榊の声がした。まさかこんなところにいるとは思わなかったし、そもそもロープなんてない。


「それは――上のやつが考えてくれるさ」


 俺は天を指差した。耳を澄ます。


「閃いた! 石をたくさん放り込めばいいんだよ!」

「どこにそんなに石があるんだよ」

「じゃあ水をいっぱい入れて――」

「同じだよ!」

「うーん」


 ろくなこと考えてねぇ!

 まあ使えそうなのは木の蔓くらいだろうが、秋葉の巨体を支えられるだろうか?

 支えられるとして、上まで引っ張りあげることができるのか? 自分で登れるか?

 不安になってきた。

 壁をよじ登るとしてもオーバーハングだし、とっかかりもあまりない。

 そういえば奥はどうなってるんだ?

 俺は暗がりに目を凝らした。真っ暗でよく見えない。

 ん? 奥に光が見えるぞ。ふたつ横に並んでいる。小さな白い光点。

 時々消える。地面から一メートルくらいのところだ。

 あ、増えた。四つ、六つ、八つ。

 これは――目?

 俺の背中がぞくりと震えた。

 ヤバい。なにかいる。ネズミなどではない。もっと大きいもの。

 もしネズミだったとしたら、とてつもなくデカい。それはそれで嫌だ。


「デ、デカいネズミがいる……」


 ちょっと俺は混乱してしまったらしい。


「え?」

「うそっ!」


 俺は立ち上がりながら反対側の暗がりに目をやった。大きな岩に榊たちが腰かけているほうだ。

 その後方に目を凝らす。

 俺の行動に、榊たちは後ろを振り向いた。何人かは腰を浮かせる。

 光はない。

 それでもいつ光が現れるかわからない。

 榊を女子ふたりが支え、四人は穴の下まで出てきた。

 ひどい怪我は榊だけだとしても、みんな切り傷や青あざを負っているようだ。制服の汚れは泥だけじゃない。


「奥は行ってみたのか?」


 俺は声を低めて言った。


「いや、そんなに奥までは行ってない」

「そんなに?」

「あー、トイレに……」


 みんななんだか恥ずかしそうにうつむいた。

 なるほど。結構長い間、閉じ込められてるものな。そういえばかすかにアンモニア臭がする。

 生きてるんだもの、しょうがない。


「両方?」

「いや、向こうだけ」


 光があるほうを指差した。うう、増えてる。


「うーん」


 どうしたらいいんだろう。

 光る眼を持ったあいつらが何者なのかわからないのは不安だ。

 凶暴で危険なのか、温厚な草食動物なのか。逃げたほうがいいのか、この場に留まって安全なのか。

 逃げるってどこへ? いないほうの暗がりの奥が安全だとは限らない。もっと凶暴な生き物がいて光る目のやつらはこっちに来ないんじゃないか。

 光る目だってそもそも生き物なのかもわからない。いや、ふたつがほぼ同じ距離にあるし、時々見えなくなるのは瞬きだ。生き物に違いない。

 瞬きをするということは哺乳類? トカゲも瞬きするっけ?

 あ、大きいウサギだったりしないか?

 丸い光は目が正面を向いていることを示している。草食動物は概ね横向きだ。ということは肉食動物?

 いや、狭いところで進化したなら草食動物でも目が横を向く必要はないんじゃないか?

 ああ、結局なにもわからない。


「助けは何人いるの?」


 藤井ふじい若菜わかなが聞いてきた。いつもにこにこしている元気娘だが、いまは心配そうな顔をしているのが暗がりのなか、かろうじてわかる。


「二、三人が一組で探してて、ほかのふたり組の声を聞いて、俺とマモルが来たんだ。一応声はかけたけど、俺が降りてきた時点で上にいるのは三人だな」


 そう、俺は降りてきたのだ。落ちてきたわけではない。


「それってさっぱりわからないってことだよね」


 可愛い声でぐさりと来ることを言うのは馬場ばばくるみだ。

 ややぽっちゃり系だが背が低いので妙な愛嬌がある。よく笑いよく怒る、喜怒哀楽が激しいタイプ。


「まぁそのうちわかってくるさ」


 秋葉がとりなすように言った。


「それより」


 低く、地獄の底から響いてくるような暗い声で言ったのは高木たかぎ直人なおと

 いわゆるガリ勉タイプだが、マモルや但馬琴子よりいい成績を取ったことがない。痩せて暗い感じだが話せば意外と面白い。眼鏡はかけていない。科学雑誌オッペンハイマーが愛読書。


「あの穴の奥にいるやつらは大丈夫なのか」


 膝を抱えて上目遣いに暗闇を見る。誰よりも暗闇から遠い位置に座っていた。


「そんなのわかるわけないじゃない」


 可愛い声でキツいことを言うのはやっぱり馬場くるみだ。


「スマホで撮ればいいんじゃない?」


 藤井若菜が言うと、


「フラッシュもけるし」


 榊もノってくる。


「やめろよ、刺激して襲ってきたらどうするんだ!」


 高木が小さい声で怒鳴った。

 高木の言うこともわかる。しかし写真を撮るというのも心惹かれる。うーむ。


「なによ、臆病ねぇ。べつに高木くんに撮ってこいなんて言ってないでしょ」


 臆病でもいいと思うぞ、馬場くるみ。


「当たり前だよ! 誰がいくもんか!」


 高木が普通に怒鳴った。

 暗闇のなかでなにかがどたばたと動く気配がして、チチッと甲高い音が聞こえた。鳴いた!


「しーっ!」


 榊が人差し指を口の前に持っていくと、反対の手のひらで高木の肩を叩いた。高木が首をすくめて両手で口を押さえる。


「な、なにが刺激しちゃうだよ」


 暗闇の様子にびくんと体を震わせた馬場が声まで震わせて言った。


「なんだか可愛い鳴き声だったよね。そんなに危なくないかもよ」


 藤井がバッグからスマートフォンを取り出した。


「ホントに撮るのか!」


 高木が声を低めて言う。


「言い出しっぺだからね」


 そういう意味じゃないと思うぞ、藤井。

 藤井は身を低くして暗闇の前まで行ってカメラを構えたが、少しずつ前に出ていってほとんど姿が見えなくなった。寄り過ぎだ。


「いくよー」


 小さな声で言った。フラッシュが光る。

 とたんにさっきよりも激しく暗闇の中から足音やチチッという鳴き声や低いうなり声が聞こえてきた。

 大混乱という感じだ。

 藤井は転がるように戻ってきて俺たちも身を硬くしたが、光る目のやつらが追ってくることはなく、逆に洞穴内から気配が消えた。


「なんだかすごいのが写ったような」


 藤井が震える声でスマートフォンを操作する。

 みんなでそれを覗き込み、薄暗い中、みんなの顔が下からの光を受けて浮かびあがる。

 スマートフォンに写った画像を見たとたんに凄まじい絶叫が洞穴内に響き渡った。俺たちの口から出たものだった。

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