5 戻らない仲間の捜索
「いやー、みんなホントありがと。命の恩人だよ。感謝感激雨あられ、いやホント!」
さっき死にかけたとは思えないほどの軽さで、体操服に着替えたトラはみんなにお礼を言って回っていた。
俺と上原も体操服に着替えている。
男子女子入り混じって今後のことを相談しようとしているところだ。
空はもうすみれ色に染まって真っ暗になるまでそう時間はかからないだろう。
集まっている人数は二十四人。
最初に怪物に倒された生徒は六人。
クラス三十七人だから七人足らないことになる。
ぽっちゃりした正樹と鬼スイングの小滝もいない。ペアを組ませたのは俺だ。心配になる。
「ふーん、ペットボトルなぁ」
トラの顛末を聞いたエースで四番杉浦が腕組みして唸った。
「うん、急いで水を確保しないと。救助がいつ来るのかわからないからね」
マモルが言った。救助が来るとは思っていないが、みんなを安心させるためにそう言ったのだろう。
「救助なんか来ないよ!」
そんな心遣いをぶち壊すのはキツい性格の清水蛍だ。何人かが息を飲む。
「どういうことだよ」
男子から声が上がる。
横田達彦。なにかとケンカ腰なヤツであまり得意じゃないタイプだ。
「だってそうでしょ! あんな化け物がいるんだよ! 突然原っぱだか湿原だかにバスが移動してるし! この森だって薄気味悪いし!」
「声が大きいよ」
隣の女子が制服の袖を引っ張る。清水はその手を振り払うように体を揺すった。
「ここは――」
それでも声を落とした。充分ためを作って、
「――日本じゃないのよ」
低い声で言った。しんと静まり返る。
「は! なにを言うかと思えば」
横田だけが言葉を発した。
「じゃあどこなのよ! 言ってみなさいよ!」
慌てて隣の女子が袖を引っ張る。
「そ、それは――」
横田は言葉に詰まった。
「なんにしろ、早いところ水が必要ってことだな」
杉浦が低い声で言った。清水も黙る。
「水があるかはわからないけど煙が上がるのは見たよ」
衝撃的なことをのんきな口調で言ったのは長澤和也だ。サッカー部。飄々としてなにを考えているのかいまいちわからない。
「ふーん……って、人がいるってこと!?」
あまりにのんきに言うので気づくのが遅れてしまった。
「もう一度行けるか?」
杉浦が言う。
「うん、たぶん。でもいまからは無理」
「そうだな。明日、太陽が登ってから行ってみよう」
「あ、いたいた!」
舌ったらずな声が響き、人影が草むらから飛び出してきた。
何人かがびっくりして体を震わせた。俺もそのひとり。
薄暗いなか、姿はよく見えないがこの声は――。
「さすがだね、城山くん!」
やっぱり小滝日菜子だ。正樹も無事のようでほっとする。
よろよろと出てきた人影が正樹だろう。お疲れさん。
「日菜子おかえりー」
女子が小滝を呼ぶ。
「ただいまー、なにを話してたの?」
かくかくしかじかと説明する。
「よし、森のなかに入って休もう。朝になるとここは危ないかもしれない」
杉浦が言ってみんな森に入った。
森のなかは不気味でとても一人だったらこんなところにいられない。
俺はマモルと手近な木にもたれて腰を下ろした。地面が湿っぽい。
バッグを開き、手探りでお菓子を探す。
あった。これはなかにチョコの入った動物型のクッキー。
「マモル、お菓子あるか?」
「うん、大丈夫。隼人こそ、全部食べないようにしときなよ」
「え」
「いつ食料が手に入るかわかんないんだから」
「そ、そうだな」
危ない、そんなこと考えてなかった。
「みんな食料は節約しろよ」
マモルの言葉が聞こえたのか、杉浦が言った。低いがよく通る声なのでみんなにも聞こえただろう。
クッキーは三分の一くらい食べてバッグに戻した。
ちょっとものを胃に入れたのでかえってひもじく感じる。
空腹を紛らわそうとマモルとたわいもない話をしたが、すぐに話題は尽きた。
いつもならこんなことはないんだけど、どうもノらない。
膝を抱えて暗闇を見据える。
しばらくすると泣き声が聞こえてきた。女子だけじゃない。
俺も少しだけ泣いた。
◇◇◇◇
肩を揺すられている。まどろみのなかで、それだけ感じた。
「隼人」
誰かが俺を呼ぶ。
マモル? なんでマモルが俺の部屋に――。
はっと意識が戻り、俺は目を見開いた。
頭と肩をバッグに乗せて、地面に横になっていた。下半身は土の上だ。
すぐ目の前にマモルの顔があった。
「おはよ」
マモルがにっこり笑った。
昨夜はとても眠れそうもないと思っていたが、案外早い時間に眠ってしまったようだ。走り回った疲れが出たのだろう。
こんな状況でも爆睡するとは、と自分にちょっと驚いた。
「おはよう」
と体を起こすと激痛が走った。全身にだ。
「あだだだだ!」
これは――筋肉痛? 日頃の運動不足の賜物だ。
苦労して体を起こす。
「ちょっと動かすと楽になるよ」
「いま何時?」
「八時ちょっと前。十時まで待って、それから煙が上がっていた場所に行ってみようってさ」
どうやら俺が眠りこけている間に話はまとまったらしい。
十時まで待つということは、まだ合流できてない者がいるのか。
日が登って動けるようになればここへたどり着けるだろうか。俺だったら無理かもな。
俺は痛みを感じながら立ち上がる。
「ちょっとトイレ」
トイレなんかありはしないが。
「あ、男子はこっちだよ」
マモルが森の一方向を指差す。そういうのも決まったらしい。いろいろと大変だな。
俺はぎこちなく、ロボットのような動きで言われた方向に歩いていく。
一歩ごとに、あいたたた、と声が漏れた。
用を済ませて元の場所に戻ると、動物クラッカーを半分ほど箱からざらざらと口に流し込み食べた。
炭酸がすっかり抜けた炭酸飲料を一口飲む。これで残りはペットボトルに三分の一ほどになった。
クラッカーとペットボトルをバッグにしまうと立ち上がり、草原の端まで歩いていった。
筋肉痛はだいぶよくなった。正確に言えば痛みに慣れたという感じだ。
藪の陰から顔を覗かせる。誰もいない。
姿を出したほうがいいだろうか。
もし怪物に見つかったらみんなに迷惑がかかってしまうな。出発ギリギリくらいに草原に出てみるか。
振り返ってみんなの様子を見た。
ほとんどは体操服に着替えている。
地面にシートがわりのコンビニ袋を敷いておしゃべりをしている者、不安そうに膝を抱える者、バッグの中を確認している者、ちょっとずつ何かを食べている者。
暇を持て余しているが、なにをしたらいいのかわからないのだ。
そっか。待ってるだけじゃなく、探しに行けばいいんだ。
俺はマモルを探した。ひとりじゃ心細いからだ。
マモルはトラのワンマンショーを三角座りで見ていた。観客は三人だったが。
「マモル」
「ん?」
声をかけると笑顔のままで振り向いた。面白いのか?
「待ってるだけじゃあれだからさ、探しに行かないか?」
「なるほど。それもそうだね」
「お、探しに行くのか。それだったらみんなで行ったほうがよくね?」
トラが興味を示してきた。
「みんな聞いてくれ! まだ戻ってこないやつらを探しに行こうと思うんだ! 手伝ってくれないか!」
トラの呼びかけに何人もが集まってきた。
「探索か。どうやるんだ?」
エースで四番、杉浦一樹が言った。
トラが俺を見て、俺はマモルを見た。
「三十分探して戻ってくればいいんじゃないかな。なるべく放射状に広がって」
往復で一時間とすると十時をちょっと過ぎるが、それくらいはいいか。
「よし、それでいこう。男で動ける者は手を貸してくれ! 行き違いになるとまずいので女子は留守番だ!」
杉浦が言うと、
「えー、あたしだって探せるよう」
鬼スイング小滝日菜子が頰を膨らませた。体操服姿で腕組みをしている。
ほかにも何人か女子が参加する気のようだ。
「そんなの差別だよ」
「そうだそうだ」
「差別主義者ー」
「男女差別反対!」
小滝以外からもブーイングを受けて杉浦もたじたじだ。
しかし、小滝はミイラ取りがミイラになるんじゃないか? 俺も人のことは言えないが。
「わかった、女子も有志は歓迎だ。ただし、ふたり以上で行動するんだぞ」
「やった!」
女子から歓声が上がった。
「よーし、負けないよー」
小滝が腕まくりする。なんの勝負だ。
そんな小滝らを冷めた目でみる女子がいた。清水蛍だ。
ばかみたい。
そう唇が動いた気がした。
気づいたのはきっと俺だけだ。