43 土器ができた!
昼からは、太い木を倒すことにした。
今すぐ必要なわけではないが、将来丈夫な建物を作るのに必要になる。
実験的に切ってみることにした。
倒す方向とは反対側に小さな切れ込みを入れ、倒す側を大きく切り欠く予定だ。
「大きな木が倒れる時はどんな挙動をするかわからないからね。枝で重心が大きく変わるし、他の枝に当たったり、バウンドしたりして思いがけない方向に飛んできたりするから、倒れ始めたらうんと遠くに走って逃げるんだ。林業で亡くなる人は多いんだよ」
マモルが厳しい顔で注意事項を述べた。
みんなは引き締まった顔で大きく頷く。
直径二十センチほどの木を倒すことにした。
切り欠きはどちらも下側を出来るだけ水平になるようにし、倒れる方の切り欠きを低くする予定だ。
石斧は三本あるので二本を使い、両側からこつこつと交代しながら削っていく。
俺が持つ、最初に正樹が作った石斧がやはり切れ味がいいようだ。
俺の石斧で直径の三分の一ほどの切り欠きを入れた時には二時間ほど経っていた。小さい方の切り欠きだ。
大きい方は三分の一にちょっと足らないほどだった。
斧を俺のものに変えて、大きい方だけ削ることにした。
三時間ほど経って、日が暮れてくる。
切り欠きは半分ほどまでいった。
手には豆ができて痛い。
倒そうとする木は今にも傾いていきそうだ。
「あとちょっとだね。みんな、離れよう」
マモルが言った。
石斧を持っているのは俺だった。
みんなが遠巻きに見守る中で石斧を振るう。
そのうち、みし、と木が鳴った。
中腰になって逃げる体勢を取るが、それ以上音がしない。
再び石斧を打ち込み始め、みしみし言い始めた。
慌てて離れる。
たっぷり木二本分以上離れているみんなに合流して振り返ると、まだ木はそのまま立っていた。
「あれ?」
「倒れないじゃん」
丸川が言う。
工作班みんなで来ていた。
灰作りはお休みだ。
坂下は夕食の準備のため、一時間ほど前にホームベースへ戻っていたが。
「倒れると思ったんだけどなぁ」
俺が木のところに戻ろうと足を踏み出すと、
「待って」
丸川が大きく息を吸い込んで、ふう! と強く吹いた。
「そんなことで倒れるかよ」
俺が笑うと、
「あっ」
声が上がった。
視線を追うと、木がゆっくりと傾いていく。
やがて、めきめきずしんと横倒しに倒れた。
「おおう」
「丸川すげえ」
「吹いて木を倒す女」
「最初からこうすればよかった」
拍手と笑い声が起こる。
丸川は目を見開いてあんぐりとしていた。
もう暗くなってきていたので、倒した木はそのままでホームベースに戻った。
ほとんど夕食の準備は出来ていた。
トラは相変わらず窯に焚き木をくべている。
河原に行って手と顔を洗う。
空を見上げると星がふたつ輝いていた。
中央かまどに集まっていつもと変わらない夕食をとる。
紅林もかまどの周りで焼き魚に噛り付いている。今のところ頭の怪我は大丈夫のようだ。
君崎も特に具合が悪くなることはない。お尻の傷はまだ痛いだろうが。
食事を終えるとトラの窯を見に行った。他にも何人かついてくる。
トラは中央かまどから食べ物をいくつか持ってきていた。
「どうだ?」
上から窯を覗き込む。
真っ赤に輝く窯の内部に、同じように真っ赤になっている器があった。
どうもほとんど割れているようだ。
「ありゃ、結構割れてるな。生き残りはいるかな?」
俺が窯から離れると、他の者が覗き込む。
「うん、いくつかは残ってるみたいなんだけど」
トラがしょんぼりと言う。
「いつ割れたかわかるの?」
窯の中を確認して但馬が言った。
「んー、割とすぐ割れたな。火をつけて一時間くらいで」
「じゃあ乾燥が足りなかったのか、土が悪いか?」
「そうだなぁ。もっと乾燥させなきゃダメなのかな。土はどうなんだろ」
いろいろ試してみるしかないのだろう。
とりあえず明日の出来上がりを楽しみにしておこう。
次の日、倒した太い木の枝を落とし、重すぎて動かせないのを確認すると昼になった。
中央かまどの周りでマモルと並んで座って果実を囓っていると、
「マモルくん」
但馬が来た。
マモルは笑みを浮かべて、なんだい、と言った。
「こんな草を見つけたんだけど、繊維から糸や布を作ったり出来ないかな?」
但馬が茎の長い植物をいくつか見せた。
直径一センチくらいのやや黄色がかった緑色の茎で、先端にイチョウの葉そっくりの緑色の葉っぱが何枚かついている。
長さは一メートルちょいだろうか。
「お、繊維が取れれば出来そうだね」
「麻とかこんな感じの草だよね」
「まぁそうだね。水に浸けて皮をふやかしてみたらいいんじゃないかな」
「じゃあ川に浸けてくる」
「一緒に行くよ」
マモルと但馬が河原に向かう。
ついて行った。
水際の河原の石を退けて、細長い水溜まりを作る。
浮き上がるので、石を乗せて草を水に浸した。
「どれくらい浸せばいいかな?」
「一時間ごとに見ればいいんじゃない?」
「そっか、じゃあ採集を誰かに変わってもらお」
俺たちは作業に戻り、落とした枝をホームベースに運ぶと、頃合いを見計らって但馬を誘い河原に行った。
但馬が茎の一本を取り上げ、端を指先で押し潰す。
爪で切れ目を入れると指で左右に引っ張り、ぴりぴりとふたつに裂いた。
中心は空洞で、いくつか細い繊維が解れている。
「あ、これ、良さそうだよね」
「うん、いいね。細く捩れば糸が出来そうだ」
但馬とマモルが頷きあう。
裂いた茎を受け取ってよく見てみると、内部には繊維状のものがぎっしり詰まっていて、表皮近くは固そうだ。
「よし、僕らも手伝うよ」
マモルが言って、俺も手伝うことになる。
茎は十本しかないのでふたつに裂くのはすぐ終わった。
「この草はいっぱいあるの?」
マモルが言った。
「うん、たくさん生えてたけど、使えるかわからなかったのでこれだけしか取って来なかった」
「それなら布作りとか出来るかもしれないな」
「わたし、それ、やってみたい」
但馬の目がきらりと輝いた。気がする。
「じゃあ工作班で取りに行こうか。糸や布が出来たらいろいろ便利だよね」
「ぜひお願い」
「じゃあ、この分は水につけておこう。ふやかした方が繊維を取りやすくなるかもしれないし」
裂いた茎を水溜まりに入れると工作班に声をかけ、但馬と一緒に森に入った。
夕方までに相当な量の草を集めた。
腰までの山になるほどだ。
下流の方に広目に水溜めを作って置いたが全部は入り切らない。重石代わりに山積みにしておく。
最初に裂いた茎は取り出して、繊維をみんなで取っていった。
爪で裂いたり引っかいたり揉みほぐしたりして、うまくすると髪の毛よりも細い繊維になる。
うまくとれた分を纏めて束にしていった。
やや日が陰ってきたので今日は終わりにした。
細かい作業なので見えにくくなると作業は難しい。
但馬が大事そうに繊維を抱えてシェルターに入った。
中央かまどに使う焚き木を運んでいると、トラが窯から土器を取り出していたのでかまどのそばに焚き木を放ると見に行った。
トラが窯の上から手を入れ、土器の破片を取り出してそばの地面に置いていく。
「残念だったな」
俺は地面に置いた割れた破片を拾い上げた。
破片はかちかちに固くなっている。表面はざらざらしていた。
「まだ望みはある!」
手を休めずトラが言う。
俺はもうひとつ破片を拾い上げ、軽く打ち合わせた。
かちん、と音がする。土器って感じ。
しっかり焼き固まってはいるようだ。
ギャラリーが集まってくる。
「お、割れてないのがあったぞ!」
トラが両手を窯に入れ、そうっとお湯飲み型の土器を取り出した。
おおうとギャラリーがどよめく。
胸の前に土器を大事そうに抱えるトラ。
「お、やったな」
俺は土器のかけらをこつんとお湯飲みに当てた。
ほんの軽い気持ちだったのだが、お湯飲みはぱかりと真っ二つに割れた。
トラの目玉がこぼれ落ちそうなほど見開かれ、顎がかくんと落ちた。
ギャラリーから悲鳴とため息が上がる。
「あ――ごめ」
ほんの軽く当てただけなのに!
「隼人……」
トラがゆっくりと俺に顔を向ける。
首からぎりぎりと音がしそうな動きだった。
「わ、わざとじゃないんだ!」
「てめえ!」
お湯飲みを投げ捨てたトラが、俺の目の前で両手を、ぱん! と打ち鳴らした。猫だまし!
気がついた時には右を刺されていた。
体をぶつけて押してくる。
思わず押し返した瞬間にトラは体を引いた。
つんのめった俺のズボンを引き、投げ飛ばす。
下手投げ!
俺はころんと地面に転がった。
「一本!」
丸川が片手を高く上げる。それじゃ柔道だ。
「まだ割れてないのがあるぞ」
秋葉の声がした。
「お、まじか」
トラが窯を覗きにいく。
ご飯茶碗型の土器を取り出した。
うまく出来たのはそれだけだった。




