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41 罰


「――以上のように、被告武田隼人は坪内千代音、辻本猛晴両氏を危険な目に合わせたのです!」


 中央かまどの周りで炎に照らされるみなの顔を見回し、芝居がかった声と仕草でトラが言った。


 第一回ホームベース裁判が始まったのは、夕食後の夜のホームルームが終わってすぐだ。

 被告人は俺で、トラが検事役だ。

 弁護士を頼もうと思ったマモルは裁判官役で、かまどのそばに座って三角座りでにこにこしている。

 そういうわけで弁護士はいない。

 俺はかまどを挟んでトラと反対側に、正座してうつむいていた。

 誰かにそうしろと言われたわけではないが雰囲気だ。

 心証を良くしようという思いもちょっとある。


「隼人くんは悪くない。わたしが――」

「彼女はストックホルム・シンドロームにかかっているのです!」


 俺を庇おうとする坪内をトラが遮る。


「すとっくほるむなんとかってなに?」


 丸川が隣の坂下に言った。坂下はふるふると首を振る。


「ストックホルム・シンドロームは、監禁や誘拐された被害者が犯人に好意を持ってしまう現象のことだよ」


 マモルが解説する。


「その通り! 彼女の精神状態は現在普通ではありません。危険な状態に被告に置かれ、命の危険さえあった状況で被告に頼らざるを得なかった! 不本意にも被告に依存せざるを得なかった! 彼女を誰が責めることができましょう! 可哀想に――」


 トラは手のひらで自分の目を隠した。

 トラの言葉に俺はうつむいた。

 トラの言う通りだ。

 一歩間違えば俺たちはあのデカい狼に食い殺されていたかも知れないのだ。

 坪内の直感を信じて森に入った。

 誰も信じていないと言う坪内の悲しみをなんとかしたかった。

 だが、あまりにも愚直だった。

 なにかもっと安全な方法が他にあっただろう。

 俺は自分を含め三人を危険な目に合わせたのだ。


「異議あり!」


 可愛い声が夜空に響く。

 顔を上げると、馬場がすっくと立ち上がった。

 俺を弁護してくれるのか――。


「ごめん。言ってみたかっただけ」


 馬場はすとんと腰を下ろした。

 ふざけんな。


「異議あり!」


 他の声が上がる。


「異議あり!」

「異議あり!」

「いいね! なんかすっとする!」

「一度は言ってみたいよね!」

「異議あり!」


 なんかもう滅茶苦茶だ。


「いい加減にしろ!」


 トラが怒鳴った。


「法廷侮辱罪で裁判にかけるぞ!」


 場が静まりかえった。


「裁判長、被告に自身を弁護させてはいかがでしょうか?」


 トラが言った。

 裁判長は但馬琴子だ。


「そうですね。被告人、なにか言いたいことはありますか」


 但馬がめんどくさそうに言う。


「いや、別に」

「なにかあるだろ?」


 トラが言う。


「いや、特に」

「なにか言わないと裁判にならないだろ」


 そういうものなのだろうか。

 反省の弁でも述べればいいのだろうか。


「俺は今回の――」

「異議あり!」


 トラが叫んだ。

 自分も異議ありって言いたかっただけか!


「法廷侮辱罪ですね」


 但馬がジト目でトラを見る。


「すみません! もうしません!」


 トラが両手を合わせて頭を下げた。

 但馬のジト目が俺を向く。


「では被告人、なにか言うことは?」

「今回のことではふたりを危険な目に合わせた上にみんなにも迷惑をかけてしまって――俺はなんてことを――」


 俺は目を押さえ、肩を震わせた。


「あれ、嘘泣きだよね」


 丸川の小さな声が聞こえた。

 速攻バレた。

 心証は最悪だ、これ。


「反省してます」


 俺は頭を下げた。


「では陪審員の決を取ります」


 但馬が言う。

 陪審員は全員だ。

 そして多数決だ。

 欠陥裁判じゃないか、これ?

 いつか冤罪が出る。


「有罪だと思う人ー」


 ほとんどの手が上がる。


「保留の人ー」


 誰も上げない。


「無罪だと思う人ー」


 坪内だけが手を上げた。


「有罪ですね。追って沙汰します」


 お白州か。

 但馬、マモル、杉浦がちょっと離れ、ひそひそ声で相談する。

 すぐ戻ってきた。


「主文。被告人、武田隼人のとった行動は危険極まりなく、坪内千代音、辻村猛晴両名ばかりか他の大勢の命を危険に晒す大変おバカな、いや、えっと、大変愚かな行為であったと言わざるを得ない。その行動は思慮に欠け、情状酌量の余地もなく、反省もうかがえない。厳罰をもって処する以外になく、被告を――」


 但馬がジト目で俺を見る。俺と傍聴人兼陪審員がごくりと唾を飲んだ。


「――背中もみじの刑に処す」


 但馬がめんどくさそうに言った。

 またか!


「そ、それほど重い刑とは!」

「ひ、ひどい」

「まさかこれほどとは」


 わざとらしいざわめきが聞こえる。

 杉浦がゆらりと立ち上がった。


「今日は手加減なしだ」


 真顔で言う。


「こ、控訴します!」


 坪内が声を上げた。


「いいんだ。杉浦、やってくれ」


 俺は背中を向ける。

 背後で杉浦が膝をつく気配。


「いくぞ」


 杉浦の低い声に、俺は頷く。

 ごおと空気が唸った。

 ぱあん、という音に続いて俺の絶叫が満点の星空に吸い込まれていく。


 こうして第一回ホームベース裁判は閉廷した。

 人を許すには手間がかかるのだ。

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