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32 サソリが出た!


 朝のホームルームの前は女子が騒がしかった。


「すっごいとぅるるん感だった!」

「ねー! お腹すっきり!」

「もうどんだけ出るんだって思ったよ!」


 遠くで話しているんだが声がでかいので丸聞こえだ。

 大きいの方のことだろう。

 こんな話で女子が盛り上がっているのを見ると、なんというかやるせない気持ちになるが、しかし、生きてるんだもの、出るものが出るのは当たり前で、それが話題になることも当然あるわけで、一緒に生活せざるをえない状況にあるからには耳にしてしまうこともしょうがないし、むしろこちらも積極的に話の輪に加わるべきではないかと思ってみたりするが、さすがにそれはためらわれるので聞こえないふりをしておくことにした。

 時間になって、中央かまどの周りにみんなが集まって来る。

 足をくじいていた悩殺ボディの榊彩香がゆっくりながら歩いてきた。それに気づいた杉浦が声をかけた。


「お、もう大丈夫なのか?」

「うん、歩くくらいなら大丈夫」

「無理はするなよ」


 こっくり頷くと輪に加わって座った。

 藤井若菜も体を起こしていた。怪我人も順調に回復しているようだ。

 狼へのお供えがなくなっていること、榊が工作班に配属されることなどを話し朝のホームルームを終える。

 さあシェルター作りだ。なんかもう飽きてきた。

 が、榊が工作班となって、他の男子たちは張り切っているようだ。

 その榊は坂下を伴って河原に行った。まだ榊の足元が頼りないので坂下が介助するのだろう。

 男子がそわそわし始める。榊が河原で体を洗うと思っているのだ。

 まさか裸で水浴びするわけでもあるまいし、と思うが水に濡れた体操服姿の榊はそれはそれで――なにか洗濯しに行こうか、と思った時だった。


「ぎゃあああああ!」


 女子のシェルターの方から絶叫が響いた。ぎょっとして身構える。

 狼が出たのか!?

 見ると君崎夏美が転んでいる。

 その左足にデカい――虫?

 黒っぽく三十センチはありそうで、足がたくさんある。

 前足はハサミになっていて、高々と尻尾を振り上げていた。

 サソリだ!


「ひいいいい!」


 君崎はパニック状態で手足をじたばたと動かすが起き上がることが出来ない。

 俺は石斧を手に君崎の元に全力で走った。

 デカいサソリがふくらはぎで尻尾を揺らす。太ももに尻尾の先を突き立てようというのだ。

 じたばた暴れるのでサソリの体が一瞬宙に浮き、太ももに落ちた。

 毒針の狙いはお尻に変わった。

 勾玉を思わせる毒針が素早く動く。

 俺は地面を膝で滑りながら横薙ぎに石斧を振るう。

 ぶすり。

 毒針が早かった。


「痛あああああああ!」


 俺の石斧がサソリの尻尾を切り飛ばした。

 紫色の体液が宙に舞う。

 石斧が勢い余って君崎の靴の踵を叩いた。あぶね。

 俺は素早く立ち上がるとサソリを蹴飛ばした。君崎の足にも当たったかもしれない。

 宙を舞うサソリが地面に落ちたところに石斧を振り下ろす。

 ざくりと石斧がサソリに食い込み地面に刺さった。

 サソリはびくりと足を動かすが、すぐに動かなくなった。


「毒を絞り出して!」


 マモルがこちらに走りながら叫ぶ。

 俺は石斧を離すと君崎に目を向けた。

 うつ伏せのままなにか言葉にならないことを言っている。

 その左のお尻のほっぺたに血が滲んでいく。

 俺は君崎の左足を跨ぐと体操服のズボンに手をかけた。


「いやあああ!」


 君崎が叫ぶ。

 涙と鼻水に濡れた顔を真っ赤にしてこちらに向け、身をよじらせる。


「死んでしまうぞ!」


 俺がいうとびくりと体を震わせ大人しくなった。

 パンツまで下げる必要はあるまい。

 ズボンだけを下げると途中で引っかかる。君崎は自分で腰を浮かせた。

 ズボンを太ももまで下ろす。白いパンツに血が滲んでいた。

 裾の方から捲り上げる。半分Tバック状態だ。

 君崎の白い滑らかそうなお尻のほっぺたにぽつんと穴が空いて、血と透明な液体がじわりと滲み出してくる。

 俺はその傷の周りを掴む。びっくりするほど柔らかい。

 しかし、そんなことに構ってはいられない。

 毒を絞り出すべく、ぎゅっとつねるように力を込めた。


「痛あああい!」


 君崎の体に力が入る。

 お尻のほっぺたの穴から血と透明な液体がじくじくと出てくる。

 俺はさらに力を込める。

 君崎は声にならない悲鳴を上げた。


「吸い出した方がいいかもね」


 近くまで来たマモルが言った。

 いや、それはさすがに――。


「わたしがやります」


 宮野葵がそばまで来ていた。


「た、頼む」


 俺は君崎のお尻から手を離すと体を引いた。

 宮野が君崎の横に跪くと顔を傷に近づける。

 ややためらったのち、ぱくっと君崎のお尻に吸い付いた。


「ふあおえ!」


 君崎から変な声が上がる。

 君崎のお尻に吸い付く宮野は妙にエロティックで俺の顔がわずかに熱くなる。

 宮野は顔を上げると横の地面に薄く赤色がかった液体を落とした。

 そしてもう一度傷へ口をつける。二度、三度。


「もういいんじゃないかな。宮野さんは口をよくゆすいでね」


 宮野は口を拭って離れると、荷物のところに行った。


「傷はどうするんだ?」


 俺が言った。


「カットバンがあるよ」


 丸川が傷テープを持ってくる。


「そ、そんなので大丈夫なの?」


 うつ伏せのままの君崎が言った。


「怖いのは傷口からばい菌が入ることだからね。他に薬はないし、焼け火箸で消毒するのも嫌でしょう?」


 マモルが言うが、焼け火箸などはない。


「そ、それでいい……」

「きれいな水で洗うのがいいけど、あまりきれいな水はないし、そのまま貼っちゃうしかないね」


 丸川がポケットからハンカチを取り出すと傷の周りを拭い、そうっとカットバンを貼った。


「これでよし」


 丸川が人差し指でパンツを戻し、ぺちんと傷口を避けてお尻を叩くと尻たぶがぷるんと揺れた。


「痛いって!」


 丸川がころころと笑う。

 ズボンをあげようと手を伸ばしかけた俺は、緊急事態ではないことに気づいて手を止めた。

 丸川が気づいてズボンを上げる。

 俺は立ち上がって特等席から離れた。


「どう?」


 マモルが君崎に言った。


「傷口がズキズキする」


 君崎は体を起こし、四つん這いになった。そのまま動きを止める。


「足が動かない!」


 刺された方のお尻をかばって横座りになった君崎の顔は蒼白だ。


「すぐ尻尾は抜けたし毒も出したから、きっとすぐ良くなるよ」


 動揺していた君崎が、マモルの言葉でなんとか落ち着きを保った。


「あまり強い毒を持ってるサソリは少ないんだけど、あの大きさだからねえ」


 マモルがサソリに視線を向けた。

 すでに動かないサソリは尻尾を伸ばせば五十センチを超えるだろう。


「今日はもう動かない方がいいよ。横隔膜が――いや、なんでもない」


 マモルが変なところで言葉を濁すので君崎を含めみんなの顔から血の気が引く。


「サソリはどこにいたの?」

「バッグの陰にいたみたい。知らずに蹴飛ばしたら襲いかかって来て」


 君崎は体を震わせた。


「凶暴なやつだなぁ。森にいるのかな」


 マモルは顎に手をやって考え込む。

 森からこんなのが出てくるようでは安心して暮らせない。

 俺は手ぶらでいるのが恐ろしくなって、サソリを倒したままの石斧を取りに行った。

 石斧を持ち上げるとサソリが付いてくるが、途中で落ちて地面にぐしゃりとぶつかった。

 黒い固そうな表皮、大きなハサミ。

 気持ち悪い。

 俺は石斧の側面でサソリの死骸をすくい上げると、森に向かって放った。




 君崎を秋葉がお姫様だっこで木のそばに移動させると、緊急作戦会議を開いた。

 杉浦たち採集班はもう森に入っていていない。

 上原や長澤たちももう出かけている。


「サソリの巣を見つけて根こそぎ殺すか」

「サソリって巣があるの?」

「知らん」

「マモル、知ってるか?」

「僕もわからないなぁ」

「今まで出なかったんだからそんなにいないんじゃないか?」

「少なくってもあんなのがいるんじゃ嫌だよ」

「柵がやっぱり必要だ」

「だからすぐには出来ないだろ」


 会議は紛糾する。


「どうしたの?」


 そこへ頭からびしょ濡れの榊が戻ってきた。坂下とふたりで目を丸くしている。


「サソリが出たんだよ。めちゃでっかいのが」

「ええ!」

「バッグの陰とか気をつけてね。ほら、これを持っていくといいよ」


 丸川が長い木の棒を持っていく。

 榊をびしょ濡れのままで過ごさせるわけにはいかないだろう。

 おずおずと女子のシェルターに向かうふたりを見送って会議を再開させる。


「全滅させるっていうのは無理だとしても少しは殺したいよな」

「なにもしてないのに殺すの?」

「なにかされてからじゃ遅いだろう」

「下手すりゃこっちが殺されるぞ」

「でも殺すよりは刺されないようにどうするかっていう方が大事だよね」

「そうだなぁ」

「まぁねぇ」

「閃いた!」


 みんなの視線が集まる。

 突飛なアイディアマン、小松だ。


「一応聞くけどなに?」

「ホームベースの周りにサソリの苦手なものを撒けばいいんだよ!」

「おお! で、苦手なものって?」

「さあ」


 いくつものため息。


「うん、悪くないかもしれないよ」


 今度はマモルに視線が集まる。


「苦手なもの、わかるのか?」

「それははっきりわからないけど、灰とかを通るのは嫌じゃないかな」

「あー、なんか嫌がりそうだな」

「でもぐるっと撒くほど灰があるか?」


 俺はかまどに目をやる。

 何日か分の白い灰が溜まっているが、とても足りそうにない。


「燃やせばいいんだよ、ホームベースの周りで」


 マモルが言う。


「怖いなぁ。火事になったりしない?」

「その恐れはあるけど、ペットボトルを用意してやれば大丈夫じゃない?」

「じゃあそうするか。言い出しっぺの小松とあとふたりくらい火の番に置こう」

「俺がやるよ」


 と横田。


「俺、窯を作ったら乾燥待ちなんで、それが終わった手伝えるぞ」


 とトラ。


「まず焚き木集めが必要だろ? その間に作っちゃうから。それでいいか?」

「うん、それがよさそうだね。じゃあお昼まで焚き木を集めよう。狼とサソリに気をつけてね」


 マモルが言って工作班は森に入る。

 漁猟班は河原へ行った。

 正樹は道具作りを優先。

 馬場は工作班に加わり、榊は簡単に教えて草を編むことになった。


 昼までにかなりの量の焚き木が集まった。

 そのうち採集班が戻ってくる。

 木の実を齧りながらサソリが出たことと周りで木を燃やすことを伝える。

 荷物は全部、狼避難用の木の下に置いておくことになった。


 休憩が終わってから山側の境界で火をつけることになった。

 サソリはそちらから侵入してきた可能性が高いという判断からだ。

 横田に教わって小松が火熾し棒で火をつけるようだ。

 そこまで確認して俺たちはシェルター作りを始めた。今日は一個半くらい出来ればいい方だろう。

 いつの間にか小松のところから煙が上がり始めた。風はあまりないので煙はほぼ真っ直ぐ登っていく。

 いっぺんに火をつけるのではない。少しづつ横に焚き木をくべていくのだ。

 火が大きくなる。




 予想通り、夕方までにシェルターがひとつ半出来た。

 ツノウサギは二羽、オナガウオは十五匹だ。果実はたくさんあった。

 上原の報告で、川向こうの下流側には大きな草原があることがわかった。

 いい狩場になりそうだがナンコウ村の者たちも利用しているという。

 トラブルが起こる可能性があるので、そこでの狩りは控えた方がいいだろうということになった。


 夜のホームルーム後、みんなが行ったのはベッド作りだ。

 寝ている間にサソリに襲われるのを避けようと考えるのはみんな同じだ。

 木の枠に蔓を張る。張り方は人それぞれだ。

 地面から離すために四隅に棒を結ぶ。

 それだけだと不安定なので縦になる棒の下側にも長い棒を縛り付けて、反対を枠に縛った。各縦棒から二本づつだ。

 藤井の分は、秋葉が枠を作り女子数人が蔓を張っている。

 結局俺は完成させることが出来ずに地面に寝た。

 狼もサソリも出なかった。

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