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13 まずは石器から


「悪いな、小滝」


 早川を背負う小滝日菜子に俺は言った。


「大丈夫。愛梨ちゃんは軽いし」


 小滝はホントに軽々と早川をおぶってずんずん歩く。

 倒れた早川は目を覚ましそうにないので河原まで連れて帰ることになった。元気な小滝が名乗りを上げおんぶしてくれることになったのだ。

 草地の藤井を横たえた隣に、ざっと石ころを退けて早川を寝かせた。

 マモル、小滝、桐原と一緒に様子を見る。


「どうだ、マモル」

「僕はお医者じゃないからなんとも言えないけど」


 マモルが困ったような顔で笑った。


「貧血か疲れかだろうね。頭を低くしておいた方がいいかも」

「あ、じゃあ足を高くした方がいいな」


 桐原が早川のバッグを取りに行き、戻って来ると小滝と協力して早川の足の下に置いた。


「これだけデカいとすぐ頭に血がいくさ」


 桐原が笑って早川のバッグをぽんと叩いた。


「愛梨、倒れたって。大丈夫なの?」


 後ろから声がして振り向くと、心配そうな顔をした清水蛍が立っていた。


「貧血だって」


 小滝が言った。貧血と決まったわけじゃないぞ。


「わたし、診てていい?」


 いつになくしおらしい清水が言う。


「もちろんだ。むしろありがたいよ」


 早川の横にいた俺が立ち上がって場所を開けると、清水はそこへぺたんと横座りになった。心配そうに早川の顔を覗き込む。


「じゃあちょっとはずすから頼むな」


 俺とマモルはそこを離れ河原に向かって歩いていく。


「さて、どうしよう」

「ちょっと休憩だね」

「あたしは川へ行こうっと!」


 俺たちの横に小滝が並んだ。


「あ、小滝。早川をおぶってくれてありがとな」


 小滝はきょとんとした顔を俺に向けた。


「なんで隼人くんがお礼を言うの? あ、まさかそういう関係!?」

「なっ、違っ、そ、そんなんじゃなくて――」


 なにを俺は慌てているのだ。こんなに慌てるとまるでホントにそういう関係みたいじゃないか。


「あはは、うそうそ。ドンマイだよ」


 小滝は河原へと走っていった。


「まったくー」


 俺はバッグのところに戻ると草地に座った。

 持っていたペットボトルから一口水を飲むとバッグに納め、最後の菓子箱を取り出した。

 ピーナッツをカリカリの衣で包んだ焼き菓子。

 これがなくなると、あとはこの世界のものを食べるしかない。

 かりこりと嚙み潰しながら周りの森を見回す。

 このなかに食べられるものがどれくらいあるんだろう。そういえば桐原がミニリンゴを食べていたな。ああいうのがどれくらいあるのか。

 ちょっと不安になって、三分の一ほど食べたお菓子の箱をバッグにしまう。

 俺は草地に集う面々を見回した。

 表情は不安げだ。

 それはそうだ。この先なにが起こるのかわからないのだ。

 だが泣いている者はいない。

 仲間を失ったことはみんなわかっているだろう。

 それでももう俺たちは泣かない。泣いている暇なんかないのだ。

 無理をしてでも笑わなくちゃならない。心の均衡を保つために。

 こんなつらい状況でもみんなと笑い合うことので乗り越えていくのだ。


 俺はこっちへ来て以来、笑う時は心の隅ではいつも罪悪感のようなものを感じる。

 知人が、友人が死んだのにお前は笑っていていいのか、と、もうひとりの俺が俺を責めるのだ。きっといつまでも責め続けるだろう。

 しかし、俺は笑う。仲間たちと笑う。

 そうしないときっと人は生きていけないんだろう。人には笑いが必要だ。

 こんな時にトラが面白いやつだったらなぁ、と思う。いや、普段は面白いんだけど、笑わせようとしてくると、とたんに面白くなくなるのだ。

 今から面白いことを言います! みたいな気負いがダメなんだろうなぁ。


「おーい、集合だ! 上がってこい!」


 杉浦が草地のふちから河原に向かって叫んだ。これからのことを話し合うんだろう。

 俺は「よっこらしょ」と立ち上がるとすでに何人かが集まっている草地の真ん中に歩いていく。


「お年寄りみたい」


 とマモルが隣で笑った。




 みんなが草地のほぼ真ん中に集まり、なんとなく輪のような形に座った。

 二十八人。

 移動途中に俺が見た、火の玉にやられた男女ひとりずつ以外に男子がひとりやられたらしい。

 遺体は怪物たちに連れ去られたようだ。荷物も奪われたとのことだった。


「これからここで暮らしていくことになるが、どういう風にすればいいのか、なにか意見はないか」


 杉浦が言った。


「まずは家じゃねえの?」


 トラが言う。


「家とか無理っしょ」


 別の男子が言った。そうよねー、と女子の囁き声が聞こえる。


「だからー。四角形で三角屋根の家を想像してんの? まずは竪穴式だろ?」

「どんなのだよ、それ」

「そ、それはマモルが説明してくれるよ」


 トラはマモルに投げた。マモルは苦笑しながらあとを受ける。


「竪穴式は結構大変だから、何本かの棒を三角形になるように立てて、周りを草で覆う感じかな。蔓や木の皮の繊維で結ぶんだ。僕も詳しくはわからないから、あとは実際にやっていってどうするのがいいか考えればいいんじゃないかな」

「そういうことだよ」


 トラがなんだか得意そうに言った。


「じゃあ木と草と蔓を集めるか」


 別の男子が言った。


「その前に」


 マモルの言葉に、腰を浮かせかけた男子が途中で動きを止めた。


「木や草を集めやすくするのに道具を作らないと。石器をね」

「あ、そうか」

「うん、河原の石を割って作ろう。黒い石は鋭い石器が作れるかもしれないよ。石器が出来たら家の素材を集めよう」


 あー、マモルが河原で黒い石を見てたのはそのためか。


「あ、その前に」


 今度は女子から声が上がる。マモルのライバル、ジト目の但馬琴子だ。


「トイレの場所を決めといて欲しいな」


 そういうのも大事だよね。


「じゃあ女子はあっち、男子はこっちでいいじゃん」


 トラが、女子を山側、男子を川側に指差した。誰にも異存はないようで、


「うん、わかった」


 但馬が頷いてそう決まったようだ。


「よし、河原に降りよう」


 杉浦が言って、みんなで河原に移動する。

 河原に降りるとそれぞれが適当な石を手に取り、他の石にぶつけて割っていく。

 その音が対岸の岩場に反響し、静かだった渓谷がにわかに騒々しくなる。


「なかなか割れないな!」

「あー、反対の方が割れちゃったよ」

「お、いい感じに割れたぞ!」

「ちょ、危ない! 気をつけてよ!」


 俺もちょっと大きめの細長い石を持ち上げ、地面の岩に投げつける。

 大きな音がしたが、ちょっと欠けただけで割れない。

 拾い上げて、さっきより強くぶつける。きれいに直角に割れて角度が出ない。

 筋肉痛の体にはキツい。

 次の石を持ち上げぶつける。割れない。石って硬いな!

 四つ目を割ってようやくそれっぽい角度で割れた。六十度くらいだろうか。

 両手で持ち上げて木にぶつけるのにちょうどいい大きさ。


「割れた破片は危ないから一か所に寄せとけよ!」


 杉浦が上流寄りの崖下に石を放った。倣って小さいかけらを他の者が放る。


「危ないわね! 投げたら持って行けないじゃないの!」


 清水蛍が投げても届きそうにない石を抱えて怒鳴った。


「すまん……」


 杉浦が大きな体を小さくした。




 それぞれが大小様々な石器を携えて草地に戻った。


「じゃあ二十分ほど素材を集めよう。木はあまり太くなくていいと思うよ。しなる程度で。木や草や蔓などを集めたらみんなで簡単に作ってみよう」


 マモルがそう言ってみんなは森に入っていった。俺も石器を抱えて皆に続く。

 すぐにちょうどよさそうなのを見つけた。若木だ。可哀想だが仕方がない。

 俺は木の根元に膝をつくと石器を木に当てた。持ち上げて下ろす。樹皮に食い込んで止まった。いい感じだ。

 数度石を当てて、九十度横から当てられるように移動する。

 ものの数分で細く残るのみになったので、手で倒して折り取った。

 この調子だと木材は他の者が取った分で充分だろう。木の皮の繊維を取ってみようか。

 森を探すと、茶色い木の皮が浮いているようなのを見つけた。これだろうか。

 石器を高く構え、水平に切り込みが入るようにぶつける。

 小さな木の皮のかけらが顔に飛んできて俺は目を瞑った。

 目を閉じたまま何度か石器をぶつける。感触が変わった。皮の部分が切れたようだ。

 縦向きには切れ目が入っているので指を突っ込み引っ張るとべりべりと皮が剥がれた。皮の下の幹は白っぽい。

 大きな皮が外れた。一メートル半くらいはあるだろう。

 繊維がなんのことかわからないので、そのまま持って帰ることにする。

 石器を片手に持って脇に若木を挟み、反対の手に皮を持って引きずって戻った。


「お、丸川」


 草地に入るとちょうど草を腕いっぱい抱えて丸川鈴が戻ってきた。体操服姿だ。

 草を置いて再び森に入ろうとするのを呼び止める。


「ん?」

「枝を落とすのを手伝ってくれないか?」


 若木には何本か枝が出ている。このままじゃ邪魔だろう。


「いいよ。なにをすればいいの?」

「端っこを踏んづけておいてくれればいい」


 俺は脇を緩め若木を落とした。


「オッケー」


 丸川は両の踵で若木の根元の方を踏みつけた。

 俺は木の皮をその辺に放り投げると、丸川の方を向いて若木を跨ぐ。

 体を屈め、木の下側から上に向かって石器を振り、枝の根元に当てた。


「うわっ」


 若木がずるっと滑って転びそうになった丸川が声を上げる。もう一度やったが同じだ。


「丸川じゃ軽すぎるのかな」

「うーん」


 俺は腰に手を当てて、丸川は腕組みをしてなにか他に手はないかと考える。


「あ」

「あ」


 そこに蔓と草を抱えて大柄な女子が現れた。

 坂下桃子さかしたももこ。いつもほがらかに笑っているかと思えば、キツいジョークも言ったりする快活な人柄だがやはり特筆すべきはその体格だ。

 榊彩香がボンッキュッボンッなら坂下はボンッボンッボンッという感じ。俺より体重があるのは間違いないだろう。まん丸な顔は可愛らしいといえば可愛らしい。


「な、なに?」


 俺と丸川に見つめられて、坂下はじりっと一歩下がった。

 ちょうどいい時に現れたと思ったのは間違いない。しかし、この状況でお願いするのは失礼だろうか。ひょっとしたら怒らせてしまうだろうか。いや、悲しませるようなことになっては――。


「桃ちゃん、グッドタイミング! ちょっと手伝って!」


 丸川、グッドタイミングは余計じゃないか?


「どうしたの?」


 坂下は腰を屈めて蔓と草を地面にそっと置くと怪訝な顔をして近寄ってくる。


「この木の枝を切るんだけど、端っこを踏んでてほしいの! わたしじゃ軽くって!」


 丸川、わたしじゃ軽くっては余計じゃないか?


「あー」


 坂下は合点がいったというようににやりと笑った。


「いや、あの、違うんだ、その」


 俺まで余計なことを言いそうになる。


「この時のためにわたしは太ってきたのよ。まかせて!」


 坂下は明るくそう言うと若木にずしりと乗った。


「は、はは、頼むよ」


 これは笑っていいところだろうか。悩む。

 石器を振るった。びくともしない。


「お、いいぞ」

「さっすが、桃ちゃん!」

「なにもしてないけどね、あはは」


 俺は変に緊張しながら枝を落としていった。

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