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12 拠点


 森のなかを進むうち、草が多くなってきた。

 笹や細長い草、大きな葉が茎の上に広がるものなどで地面が見えなくなる。

 草を掻き分けていくのに桐原のスカートではつらそうだ。


「桐原さあ、なんで制服のままなの?」

「あ、臭い?」


 桐原は立ち止まって肩のあたりをくんくんと嗅ぐ。

 いや、そういう意味じゃないんだけど、と思いつつも鼻を近づけてくんくんしてみた。

 ちょっと汗臭い。そして、女の子特有のいい匂いがした。


「そうじゃなくて、草が多いと大変だろ」


 視線を落としてすらりとした白い足を見る。傷だらけだ。


「ああ、こんな場所を通るとは思わなかったからな。なんというか、節約?」


 桐原は腰をかがめて膝のあたりをごしごしと擦った。


「ふーん」


 まあ、洗濯機もないし、汚れ物は少ないほうがいい、のかな?


「まあ、せっかくここまでこれできたんだし、このままいくよ」

「わかった」


 俺たちはなるべく草の少ない場所を探して森を進んだ。

 しばらくいくと、森の向こうが開けて見えてきた。広い空間があるようだ。

 俺たちは足を早めた。森を抜けたその先には――。


「川だ!」


 結構な広さのある川が太陽の光を浴びて輝いている。

 ゆるやかに流れる水は、川底の石が見えるほど透明だ。浅い。

 川の両側には広い河原があって、大小さまざまな石が転がっている。

 それを俺たちは高い位置から見下ろした。

 そう、降りられないのだ。

 高さは数メートルほどだろうが急な崖になっている。

 石がごろごろしているところに飛び降りて怪我をするのも嫌だ。

 ああ、すぐそこに冷たそうで綺麗な水があるのに!

 俺たちは上流に向かって川沿いを歩く。

 数分で崖が崩れて降りられそうなところを見つけた。河原に降りる。


「やっほー!」


 桐原が水を求めて走っていった。

 転ばないかとヒヤヒヤする。結構尖っている石も多い。

 俺はゆっくりと歩いていった。

 桐原はバッグを放り投げるようにおろし、立ったまま靴と靴下を脱ぐと川に入っていく。


「うひょー、冷てえ!」


 その声を聞いて、俺も足を早めた。

 桐原は手を洗い、水を両手ですくって飲む。


「うまい!」


 俺は走った。

 川べりで俺と早川のバッグを下ろすと急いで靴と靴下を脱ぐ。

 河原の石は比較的丸いようだ。ちょっと痛いが怪我するほどじゃない。

 俺は体操服のズボンの裾を捲り上げると水に入った。

 冷たい。心地いい冷たさだ。

 俺は泥などで汚れた手をごしごし洗った。手を洗うのがこれほど気持ちいいとは。

 久しぶりになんの汚れも付いてない自分の手を見た。

 両手で水をすくう。飲んだ。うまい。ただの水なのにうまい。

 ごくごくと何度も水を飲む。体に染み込んでいく。

 顔を洗う。汚れや汗が洗い流されていくのがはっきりわかった。


 さっぱりすると、桐原のほうに顔を巡らせた。

 制服に裸足のヤンキーっぽいが一応女子高生が川で戯れている。

 手のひらですくって放り投げた水が陽光を受けてきらきらと輝いた。

 こんなに楽しそうに笑う桐原を見るのは初めてだ。

 俺も自然と笑みが零れる。その俺の笑い顔が引き攣った。


 桐原の後ろの水面が盛り上がっていく。

 五メートルほど後ろ。

 球形に盛り上がってくるのだ。

 なにかがいるようには見えない。

 それは高く伸びてきて人型になった。水でできた人間のようだ。

 女のように見えるが表面が常に流れるように変わってはっきりわからない。

 ありえない。これはなんだ。

 その人型がゆっくりと滑るように桐原に近づいていって、俺は我に返った。


「桐原! 水から上がれ!」


 俺は怒鳴った。

 桐原は一瞬きょとんとした顔になって俺を見たが、俺の剣幕になにごとかが起こったと察したらしい。

 すぐさまこちらに駆け出した。水を跳ねあげながら振り返る。


「なんだこれ!?」


 そう言った瞬間、バランスを崩して膝をついた。

 両手をついた拍子に水が跳ね、桐原の顔を濡らす。


「ぐわ、鼻に入った!」


 言ってる場合か!


「急げ!」


 桐原はすぐ起き上がって水から出た。

 桐原に近づいていっていた俺も河原に上がる。

 水の人型に目を向けゆっくり後退る。

 水の人型は移動をやめ、やがて、ぱしゃんと水に戻って波紋が広がった。

 その波紋もすぐに川の流れに紛れ、ただ穏やかな川面が広がるのみとなった。


「なに、今の」


 桐原がハスキーボイスで言った。俺は、


「ま、まさか幽霊――」


 と言って、


「幽霊なんかいるわけないじゃん!」


 と桐原に笑われた。超能力は信じてるくせに!


「いまのなーに?」


 とマモルが降りてきたところから近づいてきた。


「わからない――っていうか、マモル、なにしてたの?」

「うん、石を調べてた」


 マモルは黒っぽい石をいくつか持っていた。

 その後、おっかなびっくりペットボトルに水を入れたが、人型の水は現れなかった。




 川から上がって上流を目指して進むと、二十分くらいで目印のコンビニ袋が置かれた岩がある河原を見つけた。

 手前の河原は広いが向こう側は切り立った岩の崖になっている。

 その上から大きな木の枝がいくつも張り出していた。

 川幅も広く、手前は浅そうだが奥は深そうだ。

 下流には岩がいくつか頭を出している。

 上流は傾斜がやや急になり、岩も多く流れも早い。川幅も狭く、両側から張り出した木の枝がトンネルのようになってやや暗くなっている。

 河原から森へはかなり段差があるが、降りていくのに都合のよさそうな斜面がいくつかある。


「わー、綺麗な場所だなー」


 桐原が感心したような声で言った。


「ああ、上原はいい場所を見つけたな」


 と言って、俺は何人かがすでに水に入っているのに気がついた。

 手足を洗ったり、水をかけあったり、怒ったりしている。人型の水は見えない。


「下流で見たあれはここにはいないのかな?」

「幽霊だから、あの場所にだけ出るんじゃないの?」


 桐原がにやにやしながら言った。

 俺だって幽霊と思っているわけじゃない。ふと口から出ただけだ。


「まあ、そういうことにしとくか」


 そう言って俺は振り向いた。

 上原が拠点向きと言っていた場所だ。

 何カ所かに背の高い草むらはあるが、ほかは背の低い草が生えた平らな土地だ。

 何本か木が生えている。

 あまり広くはない。テニスコート四面分くらいだろうか。

 奥は森だが藪は少なそうだ。

 俺は草地に入った。

 結構石がごろごろ転がっている。こういうのも退けていかなくてはならないのだろう。

 俺は木の陰にバッグを下ろすとペットボトルを取り出した。


「ん? どうするの?」


 ついてきた桐原が言った。


「早川を――みんなを迎えにいく」

「あー」


 桐原が真面目な顔で声を上げた。


「会うのは難しいかもしれないけど探索にはいいかもね。付き合うよ」


 マモルがバッグを下ろしながら笑った。


「じゃあ、あたしも」

「――無理しなくていいんだぞ」


 怪物たちから逃げまわって桐原も疲れているだろう。まだ怪物がいるかもしれない。決して安全とは――。


「カッコつけちゃって」


 桐原が俺の腕を人差し指でつんつんする。


「カ、カッコつけてたか?」

「つけてた、つけてた」

「思いっきりつけてたね」


 マモルまで。


「さあ、行こう!」


 桐原が元気よく言って森に向かって歩いて行く。

 俺は慌ててあとを追った。




 あまり大きな木のない森だった。

 種類も雑多だ。

 まっすぐ伸びる木やうねりまくる木が無秩序に生えている。

 実をらせている木もあった。ピンポン玉くらいの丸い実だ。

 上半分は赤く、下にいくにつれて緑色になっていた。ちっちゃいリンゴのようだ。

 食べられるのだろうか。でもいまはそんな場合じゃないしなぁ。

 大体の場所を覚え、チビリンゴの木をあとにする。


「すっぱ!」


 桐原がチャレンジしたようだ。


「あ、でもけっこうイケるかも」


 きっとこういうチャレンジャーのおかげで人類は食べられる物を見つけてきたのだろう。

 あとはしばらく様子を見て害があるかどうかを判断しなければならない。


「あ、杉浦くんたちだよ」


 マモルが前方を指さす。

 結局いくらも行かないうちに担架や駕籠を運ぶ者たちに会うことができたのだ。

 ほかの男女も合流したようで結構な大人数だ。

 上原も一緒だったので直接目的地に向かうルートを通って来れたのだろう。トラや小滝もいる。


「おう、隼人。迎えに来てくれたのか」

「う、うん」


 杉浦の言葉に適当に返事をして早川を探す――いた。後ろの方をうつむいて歩いてくる。

 ひどく疲れているようだ。


「早川」


 俺が近づいて声をかけると早川は顔を上げた。


「隼人くん」


 早川が疲れた顔に力なく笑顔を浮かべ――体が傾いた。

 俺は慌てて駆け寄り、滑り込むようにしてすんでのところで早川の体を抱き止める。軽い。

 早川の顔からは血の気が引いている。意識はすでにないようだ。


「だ、誰か! 早川が!」


 尻もちをついたまま叫んだ俺の声が、森に響き渡った。

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