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10 移動と火の玉

 マモルに揺すられて目が覚めた。

 六時ちょっと過ぎだったが早めに眠ったので睡眠時間は充分だ。

 上半身を起こすとやっぱり体じゅうが痛い。

 よたよたと男子トイレに行く。と言ってもちょっと離れた森のなかだ。

 そういえばこっちに来てから大きいほうを出してない。緊張しているからかろくに食べてないからか。たぶん両方だ。

 しかし、それは必ずやってくる。生まれて初めての――いや、考えまい。ほかにすることは山ほどある。


 まずは担架の具合をトラを乗せて試す。


「うほ、快適快適」


 頭の後ろで腕を組んで愉快そうにトラが笑う。


「ちょっと横木の締め付けが甘いな」

「間に一本嚙ますか」


 トラを下ろし微調整する。

 榊の駕籠かごはバッグの強度が心配なので、明らかに榊より重いトラではなくマモルを乗せてみた。

 一応持ち上がるが念のためバッグの下に蔓を回そうということになった。

 八時をちょっと過ぎて準備が整った。

 藤井の横に担架を置く。

 藤井は青い顔で眠っているようだが、汗がひどい。体操服を着せられていた。


「動かして大丈夫かな?」


 俺はマモルに言った。


「わからない。でも水が必要だし、ここより環境はよくなると思うよ」

「大丈夫……わたしもみんなと一緒に行きたい……」


 藤井はうっすらと目を開けていた。つらそうだが無理に微笑んだような顔だ。


「よし、乗せよう」


 杉浦と秋葉で藤井を担架の上に移した。女子が藤井の横に来る。


「痛いところはない?」

「うん、大丈夫」

「ちょっとでも痛いところがあったら言うんだぞ。長い移動になるからな」


 杉浦が言った。


「うん」


 藤井はうなずいた。

 榊の準備も整ったようだ。すでに宙に浮いた榊は掴まるところをいろいろ試行錯誤していた。

 担架と駕籠は四人ずつで運び、途中で交代する。ちょっと左寄りのルートを通る予定だ。

 俺は藤井の担架を最初に担ぐことになった。


「忘れ物はするなよ! よし、行くぞ!」


 杉浦の声で俺たちは森を進んだ。



  ◇◇◇◇


 四十分ほど森のなかを進んで休憩になった。汗だくだ。

 ペットボトルからもうただの砂糖水のようになった炭酸飲料だったものをひと口飲む。

 残りはあとひと口かふた口になった。

 早く水を思いっきり飲みたい。

 どうせもうすぐ水場に着くのだ。もうこれ全部飲んでしまおうか。いや、この先なにが起こるかわからない。ああ、でも――などと考えていたら休憩時間が終わった。

 とはいえこれで俺の担架係は終わりだ。穴に落ちた時に打撲しているので一回でいいということになったのだ。

 俺自身はどこが打撲傷で痛いのかわからない。全身が痛いからだ。

 その気になればいくらでも休んでいられるのだが、そうすると目的地に着けないので第二陣の担架を見送ったあと、そう間をおかずに立ち上がった。


 後方に目をやると何人かの女子が歩いて来る。

 担架や駕籠は転倒するといけないのでゆっくり移動しているのだが、それより遅いのはおしゃべりに夢中になっているか、荷物が重すぎるかだ。

 大きな荷物を下げたスレンダー美少女早川愛梨がよろよろしながら歩いて来る。

 すっかり忘れていた。

 俺は来た方向に戻って早川に近づいていった。


「持つよ」


 早川は驚いたように顔を上げた。足元ばかり見ていて俺に気づかなかったのだ。

 汗だくで息が荒い。


「隼人くん」


 俺は早川のバッグに手をかけた。


「い、いいよ」

「いいから、いいから」


 俺は半ば無理矢理早川のバッグを預かった。


「ありがと」

「ん」


 ふたり並んで歩く。相変わらずバッグは重い。

 ふと気になった。


「食べるもの、持って来てたのか?」

「ううん」

「え、じゃあなにも食べてないのか!?」

「あ、そんなことないよ。蛍ちゃんたちが分けてくれたから」


 へー、あの清水が。意外。


「そうか」

「うん」


 ヤバい、会話が続かない。

 なーに、話すことが無ければ黙っていればいいのだ。

 しばらく黙って歩いた。


 それにしても早川は歩く速度がゆっくりだ。

 俺が荷物を持ったから少しは上がったんだろうが、担架はもう見えない。

 早く川に着いて水が欲しい。


「隼人くん」


 早川が話しかけて来た。


「ん」

「先に行っていいよ」


 む、態度に出たのだろうか? それとも心を読まれた?


「え、でも」

「わたし、歩くの遅いから。カバンも自分で持つよ」


 早川がストラップに手を伸ばす。そしたら到着できるかどうかわからないぞ。


「じゃあ荷物だけ先に運んでおくよ」


 早川が驚いた顔で俺を見る。


「いいの?」

「無問題。持っておきたい物とかある?」

「じゃあ、お水――」


 立ち止まって早川がバッグの中を探る間よそを見る俺の心遣い。

 ちーっとファスナーを閉める音がして顔を戻すと、早川は四分の一くらい入ったペットボトルを持っていた。それを見て閃いた。


「ちょっと待ってて」


 俺は近くの木に巻きついた細いつたを一メートルちょっと引きちぎると輪に結んだ。


「貸して」


 早川からペットボトルを受け取ると、口の出っ張りに蔦の端で作った輪を通し、ぎゅっと引っ張って固定した。

 早川の頭と片腕に通して肩から斜めにペットボトルを下げる。

 胸の間を蔦が通るがほぼぺったんこなので強調されることもない。

 簡易ペットボトル下げの出来上がりだ。

 早川は驚いた顔をしたが、


「ふふ、可愛い。ありがとう」


 とにっこり笑った。喜んでもらえてよかった。


「じゃあ先に行って待ってるからな」


 俺は足を早めた。


「うん!」


 後ろから早川の声が聞こえた。




 担架を追い越ししばらく行くとかなり右手を歩く集団があった。

 その中にマモルの姿を見つけ追って行く。


「マモル」


 声をかけると振り向いてにっこり笑う。


「そのバッグ――早川さんのだね。隼人は優しいな。それで早川さんは?」


 マモルは俺の後ろに目をやる。


「ああ、かなり後ろから来てる」

「前言撤回」

「あ、いや、早く水が、なんだその、そ、それよりお前、榊の駕籠を担ぐ番じゃないのか?」


 この時間だとマモルが榊を担いでるはずだが、駕籠は見えない。

 マモルが一緒に歩いてたのは水場を目指すだけの数人の男女の集団だった。


「うん、ホントはそうなんだけど、中西くんが続いて持ってやるって」


 トラか。あいつめ、榊の色香に惑わされたな。


「むしろお願いしますって感じだったよ」


 マモルが笑う。


「そっか。しかしこの連中ちょっと右過ぎないか? かなり他と離れてるぞ」

「そうなの? ついて来ただけだからわかんなかったや。でも隼人が落ちた穴はだいぶ前に通り過ぎたから大丈夫じゃない?」

「ああ、そう、うん、そうだな」


 あの洞穴は一部では〝隼人が落ちた穴〟になってしまっている。

〝秋葉たちが落ちた穴〟というべきじゃないだろうか?


 話をしながら歩いていたのでちょっと遅れてしまった。

 追いつき追い越そうと視線を上げた。

 俺たちの前には数人の男女が歩いている。一番近いのは五メートル先の男子だ。

 よし、まずはこいつを――。


 ぼうん!


 いきなり目の前の男子のさらに先を行く男女が燃え上がった。

 直径一メートルほどの火の玉が、ぶつかっていったように見えた。

 男女の上半身は激しく炎を上げて燃え上がる。

 手足を滅茶苦茶に動かしたがすぐに膝をつき横ざまに倒れた。

 燃え上がる凄まじい音を通してかすかに燃えるクラスメイトたちの悲鳴が聞こえた気がする。はっきりとはわからない。

 かなり離れているが顔に熱気が吹きつけてくる。熱くて腕で顔をかばう。

 なにが起こった!?

 驚きと衝撃で俺は動けなかった。


「怪物だ!」


 目の前のクラスメイトたちが左に走って行く。

 右手に目をやると十メートルほど先の草むらから、あの灰緑色の怪物が数匹飛び出して来た。

 あいつらが火を使うのか!


「隼人!」


 マモルが俺を押す。

 そうだ、逃げなきゃ。

 俺は走った。

 後ろには藤井や榊、そして早川がいる。左手に逃げるしかない。


「怪物だ! 逃げろ!」


 後方に聞こえればと大声で叫ぶ。

 右手の離れた位置を火球が飛んでいき、木に当たって弾けた。燃え上がる。

 なんだ、この火の玉は!

 灰緑色の怪物の仕業とは思えない。

 走りながら首を回して後方を見る。木の陰に隠れているのかそれらしい姿は見えない。

 俺は視線を戻す。思いっきり引き離して正面から見るのだ。

 俺は足に力を込めた。痛みは感じなかった。

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