追憶
馬車は異常に遅く進んでいた。囚人護送を強制された二人はもしかすると決定が覆るかもしれないと淡い期待をしていた。この国の貴族層も大半がホルスト派で、正直なところ腐敗していた。国王が改革しようとした矢先、病に斃れてしまった。だから本音はトリニティ王国に亡命したかった。
たが、悪い事に王都からトリニティ王国に向かうには、あの北の刑場の前を通過する必要があった。そこは峠の中腹にあり迂回する道は存在しなかった。別のルートも手前にあったが、その途中までホルストの一味がついてきたので逃げる事ができなかった。
「キャサリン様はああいわれたが、途中に教会があっただろ? そこに知り合いがいるから匿ってもらおう。後で脱出方法は考えるから」
老人は密かに御者に耳打ちしていた。それか刑場に近づいたら、馬車の速度を上げて逃げるのも考えていた。あそこからトリニティ王国まで半日かかるが、試す価値はあった。
「とりあえず、速度を限界まで遅くしてくれないか? あと馬の休憩所があったらそこで時間を潰そう」
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人生が終わる直前に人は走馬灯のように過去を思い出す。そういわれているがキャサリンは繰り返しある場面を見ていた。フラマン王国に来てから将来の王太子の婚約者になったのが7歳。それから10年間は王宮の奥の限られた敷地にお妃教育として幽閉されていた。実際のところキャサリンはフラマン王国にとってトリニティ王国を威嚇するための人質取り扱いだった。なぜ両親がそんなことをしたのか分からなかった。
両親は若くキャサリンの後にも弟や妹を儲けていたが彼女が14歳のとき悲劇が起きた。トリニティ王国で恐ろしい風邪が流行し、両親たちが他界してしまった。なぜ、そんなことになったのか分からないが、患者たちに寄り添う事をしたのかもしれなかった。両親は国民から慕われていた。
その時、残されたキャサリンがトリニティ王国の女王になる可能性もあったが、強硬に反対したのがフラマン王国国王、ヴィルヘルムの父親だった。彼はキャサリンとヴィルヘルムを早く結婚させて、国力に勝るトリニティ王国の王座を兼務する野望があった。しかし、それは叶わなかった。以後、フラマン王国の貴族たちからキャサリンの存在を疎ましく思う空気が形成されてしまった。
もともと女として見てこなかったヴィルヘルムさえキャサリンの元に来ることがなくなり、キャサリンが会えるのは身の回りの世話をする使用人や家庭教師だけだった。気分を発散できるのは護身術の練習の時しかなかった。そんな囚人のような暮らしをしていたとき、ある転機があった。トリニティ王国への一時帰国だ。