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獄中に届いた手紙

作者: 雨翠

意味が分かると怖い話風の掌編です。とてもみじかいのでさくっと読めます。

 トーマスは罪を犯し、牢に囚われていた。

 酒に酔い、口論になった女性に暴行を加えたのである。殺意まではなかったのだが、打ちどころが悪く、相手は死んでしまった。刑期は五年と決まった。

 トーマスにはジェシカという恋人がいた。事件以来連絡を取っておらず、合わせる顔もないと思っていた。しかし孤独な獄中生活の中で、気がつけば彼女のことを考えてしまう。どうしているのか気になってしまう。数ヶ月経った頃、彼はついにジェシカに宛てて手紙を書いた。元気にしているか、馬鹿なことをしてすまない、会いたいと。


「手紙が届いているぞ」

 数日後の夜、看守からトーマスに声がかかった。

「差出人の名前がないんだが、この住所に覚えはあるか」

 白い封筒を見せられる。書かれた住所は見間違えようもない、

「ジェシカだ」

「知り合いか? 悪いが一応中身を確認するぞ」

 看守が封を切る。ざっと便箋に目を通し、やがて微笑んでこちらへ渡してくれた。トーマスは貪るように手紙を読んだ。


トーマスへ

私もあなたに会いたい。

忘れようとしても忘れられません。ずっとあなたを待っています。早く出てきてください。


 かつての美しい筆跡は見る影もない、荒々しい文字の綴り方だった。

 しかし文面を目にした瞬間、トーマスが抱いたのは何かあったのかという懸念よりも大きな安堵と愛おしさだった。てっきり愛想を尽かされたのではと思っていたのだ。

 喜びに満たされながら、よければ面会に来てほしいと返事を書いた。しかし彼女が会いに来ることはなく、手紙のやり取りだけが続いた。


辛くて仕方ありません。

寂しいです。

あなたのことばかり考えてしまいます。


「一途な恋人じゃないか」

 不定期に、しかし頻繁に届くようになったジェシカの手紙は看守たちの間でも評判になり、今では中身を確認されることもなくなった。

「しかし、彼女は大丈夫なのか」

「大丈夫って、何が」

 看守の話に、トーマスは絶句した。犯罪者の恋人や家族であるとばれて、隣人から嫌がらせを受ける事例は後を絶たないらしい。

 手紙に名前が書かれていないのも、字がひどく乱れていたのも、心ない嫌がらせに怯えていたせいなのか。全ての謎が解けたようで、トーマスは申し訳なさに胸を痛めた。ジェシカはどれほど不安だろう。これ以上彼女に関わらない方がいいのではないかと悩んだが、結局手紙を無視することはできなかった。自分の言葉が彼女の支えになると思ったから、何よりトーマス自身が、手紙のやり取りに支えられていたからだ。


僕も寂しいよ。

元気でいるかい。

早く君に会いたい。


 短い愛の言葉を、飽きることもなく交わし続けた。

 投獄から五年が経とうとしていた。


「ほら、いつものだ」

 釈放間近となったある日、トーマスのもとにまた手紙が届いた。しかし、普段とは状況が違った。

「最後だからか知らんが、大盤振る舞いだぞ」

 手紙は二通だったのだ。

「どっちも、ジェシカからなのか?」

「お前に手紙を送ってくるのは彼女だけだろ。封筒だって同じだ」

 確かにそうだ。看守が去った後、トーマスは疑問と不安を抱きながら一つめの封筒を手に取った。初めて、しっかりと差出人の――ジェシカの名前が書いてある。胸騒ぎを覚えながら封を切る。便箋に並んでいたのは、美しく整った、記憶の中の彼女の字だった。


手紙を読んだわ。

早く会いたいですって? 冗談じゃない。五年も大人しく待っていたと思ってるの? 

悪いけど、わたしにはとっくに新しい恋人がいるの。あなたが釈放される前に、二人で遠くに引っ越すことにしたわ。金輪際わたしたちに関わらないで。


 頭を鈍器で殴られたようだった。

 どういうことだ。震える手でもう一つの封筒を開く。何度も何度も送られてきた手紙。恋人からだと信じきっていた手紙。


トーマスへ

もう少しで釈放ですね。

この日をずっと待っていました。早くあなたに会いたいです。

長い間手紙のやり取りをありがとう。おかげで私はひとときもあなたへの感情を忘れたことはありませんでしたよ。

ジェシカはあなたのことなどもうどうでもいいようですが、安心してください。釈放されたらすぐに会わせてあげますから。

逃げても無駄です。



 トーマスは全てを悟り、釈放前日の晩、自らの命を絶った。


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