アラスカ編 第一話
男は男らしく、女は女らしく。
そんな当たり前のことがセクハラと言われるようになって、どのくらい経つだろう?
しかし私は、やはり男は男であるべきだと思い、女は女であるべきだと思う。
それと同じことを今回の依頼主は正面切って訴えてきた。
私は問う。
では男が男らしくあるためにはどうすればいいのか、と。
依頼主は答える。
至極自然に当たり前であるかのように。
「簡単だよキミぃ、女たちには理解できないことをすればいいのさ」
「それは? 具体的にどういうことをするのですか?」
「そうさなぁ……よし! アラスカへ飛ぶか!」
「何をしに⁉ どのような目的で!」
「フジオカ隊長、逢いにゆくのだよ! アマビエとやらに!」
依頼主は誇らしげに漆黒のマントをひるがえした。
今回の服装は真っ白な詰め襟の軍服に勲章をジャラジャラとぶら下げて、漆黒のマントに黒光りする革長靴。
海軍将校なのか? 陸軍将校なのか区別のつかない、トンチキぶりである。
この男の名は鬼将軍。
世界に冠たる複合企業体『ミチノック・コーポレーション』の総裁である。
年の頃は三十代半ば、整髪料をつけぬ髪は直毛で前髪をおろし、インテリジェンスあふれる眼差しは眼鏡の奥で冷たく光っている。
そんな抜け目のなさそうな男が、またまたアラスカでアマビエに会うとかホザき出したのだ。
……私はフジオカ。
職業は冒険家である。
誰かが冒険をしてみたいと言い出せば、下調べをして準備を整え、冒険達成の手助けをすることを生業としている。
「しかし閣下、アマビエは我が国日本の妖怪! なぜアラスカへ!?」
「よくぞ聞いてくれた! キャプテン・フジオカ!」
先日まで隊長呼ばわりだったのに、今回は船長かよ。
「我がミチノック・コーポレーションは、手続きの不備からアラスカ支局に賞与を与え損なったのだ! 総裁である私としては遺憾! 大変に遺憾である!
よって……」
「銀行を通じて振り込むのですか?」
「否! 断じて否! この私みずからが賞与を担いで行って、一人ひとりに賞与を手渡しするのだ!」
私は叫んだ。
「アホかお前はーーっ!」
「しかしキャプテン、よく見て見たまえ!」
「あぁっ! いつの間にかトレジャーボートの舵を握っている!」
「さあキャプテン! 大海原へ乗り出そう!」
日本からアラスカを目指すため、北海道は根室からの出航である。
しかしそこには初っ端から難関が待ち構えていた。
いわゆる北方〇土、歯舞、国後、択捉、色丹の四島である。
そこにはすでにロシア軍が軍事施設を建設していたのだ。
私たちのクルーザーは早々に発見され、駆逐艦と思われる軍艦が現れたのだ。
「どうする、鬼将軍?」
私は舳先で腕を組み、仁王立ちしている男に訊いた。
「まったく……先を急いでいるというのに……」
男は眼鏡を外すと、ツルを胸ポケットに引っ掛けた。
そして指先までピンと伸ばした両腕を、胸の前でバッテンに交差させる。
クロスした両手を頭上に掲げ、ウネウネと上半身を旋回させた。
かなりの高速だ。
そしてその動きが風を呼び起こす。
知っている。
世界の武術格闘技に精通している私だからこそ知っている。
あれは現代剣道に大きな影響を与えた、北辰一刀流の赤胴〇之助先生が考案した必殺技「赤胴真空斬り」だ。
鬼将軍の生み出した風は竜巻となり、海水を巻き上げながら駆逐艦へと向かった。
突如発生した竜巻に、ロシア駆逐艦は進路を変えようとする。
しかし、間に合わない。
竜巻は意思がある生き物のように、駆逐艦の脇腹に突っ込んだ。
ロシア語の悲鳴が聞こえるが、なんと言っているかはわからない。
しかし鬼将軍の呟きはこの耳でとらえた。
「さてぃすふぁくしょ〜ん……」
お前、意味判らんで言ってるだろ?
ロシア駆逐艦はボッキリとふたつに折れて沈んでいった。
しかし駆逐艦を沈められて黙っているロシア軍ではない。
早々にジェット戦闘機が飛んできた。
「ふん、貧乏国家のくせにこういう時ばかり張り切るものだな。そうは思わないかね、キャプテン・フジオカ?」
「で、奇跡の男よ。あのカトンボをどう料理するんだい?」
私が訊くと、奴はニヒルな微笑みを見せた。
「料理などしないさ……」
鬼将軍は眼鏡をかけ直すと、戦闘機は攻撃体制に入った。
こちらに機首を向けて突っ込んでくる。
無線機には警告であろうロシア語が、やかましいほど流れ込んできた。
鬼将軍の背中に、戦気とも言えるオーラが漂う。
そして戦闘機に向かって、ウインク一発。
戦闘機は爆発した。
残りの戦闘機には投げキッス。
これも爆発、墜落した。
最後の一機には、声にこそ出さないが「ワ〜オ」と唇を動かすだけで墜落した。
鬼将軍VSロシア軍。
鬼将軍の完全勝利である。
完勝をおさめて鬼将軍は操舵室に帰ってきた。
そして無線機のマイクを手にする。
「聞くがよい、イクラ好きのウォッカ人め! 私の名は鬼将軍! ミチノック・コーポレーションの総裁だーーっ! ハーッハッハッハッ!」
そして誰も見ていないというのに、バッサバッサと漆黒のマントを翻すのであった。
となりで舵を握っている私としては、邪魔でしかないのだが……。
「こちらはロシア海軍、ハボマイ基地司令だ……」
さきほどまでロシア語だったくせに、奇跡の男の実力を知るや日本語で話しかけてきた。
「ロシア軍に被害が出たことを内密にするならば、そちらの航行を許可してもよろしい」
「負け犬のくせに居丈高な発言だな、総裁?」
「うむ、バカメと返信せよ」
「了解、バカメ・バカメ・バカメ。大事なことだから三回繰り返したぞ」
「デカしたぞ、キャプテン! この鬼将軍に無礼をはたらいた者がどのような目に遭うか、永久凍土のシロクマどもに教えてくれるわ!」
鬼将軍、ふたたび舳先へ。
そして眼鏡が発光する。
その輝きがレンズの一点に集まると、左右同時に光弾を発射した。
鬼将軍の攻撃は、狙い違わず軍事施設へ。
そして大爆発、炎上である。
鬼将軍は光弾による攻撃を繰り返した。
軍事施設、航空機、軍艦。
そのことごとくが炎を上げる。
おそらく軍事衛星で監視しているオクタゴンでは、拍手喝采か青ざめているかのどちらかであろう。
とりあえず私たちは、最初の難関を突破したのだ。
しかし私はこの男を評して『奇跡の男』と述べたが、これはそのまま『キセキノオトコ』と読んではいけない。
『歩くデタラメ』とか『世界一ふざけた男』と読むのが正しい。