欧州の吸血鬼編
男は男らしく、女は女らしく。
そんな当たり前のことがセクハラと言われるようになって、どのくらい経つだろう?
しかし私は、やはり男は男であるべきだと思い、女は女であるべきだと思う。
それと同じことを今回の依頼主は正面切って訴えてきた。
私は問う。
では男が男らしくあるためにはどうすればいいのか、と。
依頼主は答える。
至極自然に当たり前であるかのように。
「簡単だよキミぃ、女たちには理解できないことをすればいいのさ」
「それは? 具体的にどういうことをするのですか?」
「そうさなぁ……よし! トランシルバニアへへ飛ぶか!」
「何をしに⁉ どのような目的で!」
「フジオカ隊長、逢いにゆくのだよ! 噂の美少女吸血鬼とやらに!」
依頼主は誇らしげに漆黒のマントをひるがえした。
今回の服装は真っ白な詰め襟の軍服に勲章をジャラジャラとぶら下げて、漆黒のマントに黒光りする革長靴。
海軍将校なのか? 陸軍将校なのか区別のつかない、トンチキぶりである。
この男の名は鬼将軍。
世界に冠たる複合企業体『ミチノック・コーポレーション』の総裁である。
年の頃は三十代半ば、整髪料をつけぬ髪は直毛で前髪をおろし、インテリジェンスあふれる眼差しは眼鏡の奥で冷たく光っている。
そんな抜け目のなさそうな男が、またまたスーパーカブでトランシルバニアまで行こうとホザき出したのだ。
……私はフジオカ。
職業は冒険家である。
誰かが冒険をしてみたいと言い出せば、下調べをして準備を整え、冒険達成の手助けをすることを生業としている。
そしてトランシルバニアの森の中。
冬を目前に控えた晩秋の雨に、私たちは打たれていた。
なにもかもが湿っている。
そんな中で小枝をかき集めティッシュを丸めて火を着けて、ようやくこしらえた焚き火。
そこへ直にケトルをかけて湯を沸かし、どうにかありついた一杯のコーヒー。
こうしたコーヒーがまた、格別に美味いことを鬼将軍は知っていた。
「お味はいかがですかな、総裁?」
「いいね、たまらんよ……。やはりコーヒーは寒さに震えながら飲むに限る」
暖かく清潔で、光あふれる部屋で飲むコーヒーの方が絶対に美味しい。
女子供はそのように反論するだろう。
鬼将軍の行動など、とても理解などできはしまい。
だからこいつは男なのだ。
そしてこれは男の旅なのである。
いつの間にか、雨が止んでいた。
木々のすきまから月が見える。
……不吉なまでの満月だ。
そして月は、はるかのそびえる古城を照らし出していた。
その古城に、必ずヤツはいる。
美少女と噂される吸血鬼が。
私たちはそれを求めてこのトランシルバニアまでやってきたのだ。
今となっては主無き夢の跡でしかない古城。
その勝手口のような小さいドアを押して中へ入る。
私のヘッドランプが屋内お照らす。
そこは厨房のようであった。
そしてあまり健康にはよろしくなさそうな、カビのような匂いが立ち込めていた。
「こちらへ行ってみよう、フジオカ隊長」
燭台に挿したロウソクの炎を揺らめかせながら、鬼将軍が先に立つ。
そして明るい大広間のような場所に出た。
明るいのは照明器具やロウソクのためではない。
よく見れば無数の蟲たちが発光する明かりに照らされていただけであった。
そのような不気味な状況にも、依頼主はたじろがない。
広間の中央にたたずむ、少女の背中を睨みつけていた。
「よく来たな、人間ども。わざわざこの私の下僕となるために。そして我が糧となるために……」
少女が振り向いた。
血のようにまっかな瞳、そして口元には鋭い牙!
男を魅了するようなたわわに実ったボディは、これもまた血よりも赤いビキニで惜しげもなくさらしている!
「我が名は吸血鬼クリスティーヌ! 恐れるが良い! 慄くが良い! そして恐怖にブベラッ!」
鬼将軍による柔道殺法、必殺の大外刈りが決まった。
吸血鬼クリスティーヌは床で大の字だ。
っつーか依頼主、せめて名乗りくらいあげさせてやろうや。
しかし私の気遣いなどどこへやら。
依頼主鬼将軍はクリスティーヌを叱りつけた!
「女の子が破廉恥格好するものではない!」
「な、何を……貴様……」
クリスティーヌはよろめきながら立ち上がった。
「人間よ、私は吸血鬼だぞ? 不死人なのだぞ? 恐ろしくはないのか?」
すると鬼将軍は怒りも顕に、一本足からの原爆頭突き!
「その膨れきった乳を近付けるなっ! このバカ者がーーっ!」
不死人、二度目のダウン。
したたか後頭部を床に打ちつけた。
「私の名は鬼将軍! 育ち切った女には興味が無い男だっ!」
人、それをロリコンと呼ぶ。
というかグンバツボディのビキニ娘になんてことすんだ、アンタ。
「お、おのれ人間……いま思い知らせてやるからな……」
身を起こそうとする魔族のアゴ先に、輝ける魔導師の一撃。
そう、シャイニング・ウィザードだ。
私はタオルを投げ入れた。
そして同時に手持ちのゴングを打ち鳴らす。
セコンド兼ゴング係。
そして勝者鬼将軍の手を高々と掲げるレフェリーの役割だ。
そして再びトランシルバニアの森の中。
鬼将軍はブチブチと文句をたれていた。
「まったく、どれほどの美少女が待ってくれているかと思えば、とんだ無駄足ではないか! そうは思わないかね、フジオカ隊長」
「いや、不死人相手にKO勝利する閣下に、このフジオカ帽子を脱ぎます」
冒険隊長の証であるベレー帽を脱いで、私は頭を垂れた。
「で、閣下。次はどこへ冒険しますか?」
「そうだな……このような御時世だ。ひとつアマビエでも探してみるか?」
よかった。
次回は国内のようだ。
しかしこの男は鬼将軍。
何をおっ始めるものか、油断は一切できない。
次回からアラスカ編です。お楽しみに。