アフリカ編 最終話
鬼将軍は戒めを解いた。
散々なまでに痛めつけられていた巨牛は、頭を二度三度振っただけで立ち上がる。
おそるべきタフネスだ。
そして慈しみの眼差しで一度アンジェリカを見ると、さびしそうに背中を向けた。
「待って! 私、貴方についていくわ!」
なんと、アフリカの星は巨牛についていくというのだ。
「フジオカおじさま、わがまま言ってごめんなさい。でも私、この不幸な牛が二度と暴れないように、一緒にいてあげたいの」
「あ、あぁ……しかしいいのか、アンジェリカ? キミの幸せはどうなってしまう?」
アンジェリカもまた、寂しげに頭を振る。
「この地球上に、ひとりぼっちの巨大な水牛。そのそばにいるだけで、地球上にひとりぼっちなアフリカの星は十分幸せなんです……ごめんなさい」
巨大な水牛とアフリカの星は、地平線の彼方へと消えていった。
そう、彼女のために必死に闘った鬼将軍を残して……。
そして港町、セガール。
大西洋に沈みゆく夕日は、海の上にオレンジ色の道を描いていた。
その夕日を眺めながら、鬼将軍はチェアに腰を深々とおろし、手巻きの煙草をくゆらせていた。
目深にかぶったボルサリーノと、まぶたの傷を隠すティアドロップ型のサングラスが、彼の胸に満ちた孤独感を表していた。
だが、彼は孤独などではなかった。
テーブルには氷の浮かんだ、琥珀色の液体、バーボン・オールドクロウが居てくれている。
「フジオカ隊長……」
「どうしたんだい、総裁? 元気が無いじゃないか」
「私は駄目な男だ。たった一人の少女も幸せにできない……」
「ここには俺しかいないんだ、本音で行こうぜ」
「また私はモテなかったぞ! 一体どういうことかね、これは!」
「な〜に、人生は長いんだ。次の機会があるさ、どうだい? 次はヨーロッパなんて。聞いた話じゃ美少女の吸血鬼がいるらしいぜ?」
よし、それだ! といって鬼将軍は立ち上がる。
そうだ、この男は立ち上がる姿こそたまらなく眩しいのだ。
「フジオカ隊長、次はヨーロッパ冒険だ! 支度をしたまえ!」
「了解しました、総裁!」
そうだ、男って奴はこうでなくっちゃいけない。
女なんかに理解できるような行動しか取れない奴は、男の数には入らない。
男なら、冒険のひとつもできなくっちゃな。
スマホを捨てよう、冒険に出るんだ。
何故なら、俺たちは男だからだ。
次回、欧州の吸血鬼編は五月一日午前八時公開を予定しております。