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鬼将軍冒険譚  作者: 寿
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アフリカ編 第五話

私がハンドルを握るランドクルーザーと、鬼将軍を乗せたスーパーカブは、それから何日もかけてアフリカ大陸をひた走った。

港町セガールを目指すのだ。

そこには私の知り合いで高名な僧侶がおり、そこにアフリカの星であるアンジェリカを預けようということになったのだ。


アンジェリカにも、鬼将軍にも不服は無かった。

そうしなければいつまでも人は傷つけ合い、醜い争いを繰り返し、そしてアンジェリカの心もまた傷つくからだ。

アンジェリカがいま一番求めているのは、争いの無い世界。


心安らぐ日々なのだ。

もしも彼女にとってこの馬鹿げた冒険旅行のテント生活が、心安らぐ日々となっていたなら私としても幸いである。

焚き火にかけたフライパンの振るい甲斐もあるというものだ。


しかしセガールの港町を目前にした休憩ポイント『カエデ』という街で悲劇は起こった。

アフリカ旅行最後の給油を行っていたのだが、アンジェリカがアフリカの星であると知るや、店員の態度が急変したのである。


「なんだって⁉ この娘がアフリカの星だって⁉ なんでそんな娘を連れてくるんだ! ここいらじゃアフリカの星ってのは、災いと争いを招く不吉の象徴なんだぞ!

金はいらない、とっとと出てってくれ!」


いいたいことは分かるが、それは大人の事情であって幼いアンジェリカのせいではない。

そして店員の心ない罵倒に、アンジェリカは涙ぐんでいた。

鬼将軍などは外した眼鏡を、スーツの胸ポケットに引っ掛けている。


戦闘態勢だ。

しかしそのとき、轟くような地響きが聞こえてきた。

何事か?


大慌てで逃げ惑う人々の声をひろうと、アフリカ水牛の群れが、街に突っ込んでくるというではないか。

その情報は確かなのか?

そしてもし確かな話であるというのであれば、私は依頼主と小さな客人をどのように避難させるべきであるかを素早く判断しなければならない。


ということで、私は愛用のツヴァイスの双眼鏡を手にした。

最初に双眼鏡がとらえたのは茶色い土煙。

何かの集団がこちらに向かっているのは確かであった。


そして土煙を立てているのは、真っ黒なアフリカ水牛の群れ。

それも尋常な数ではない、まさしく大暴走スタンピートであった。


「まずいな、逃げよう!」


私はまず小さな淑女レディを車に乗せた。

そして運転席のドアノブに手をかけたとき、背中に依頼主ヤツの声。


「逃げるといってもフジオカ隊長、どこへ逃げるのかね?」


落ち着いている、心憎いまでに。

そして鬼将軍は続ける。


「第一、この大暴走スタンピートの原因が分からなければ、どこへ逃げても同じではなかろうか?」


見ろ、といって鬼将軍は指差す。

水牛の群れが立てる土煙の向こう、さらに大きな土煙が上がっている。

思わず私はツヴァイスを覗き込んだ。


そして信じられないものを見た。

アフリカ水牛の群れと、それを追い立てるような、アフリカ水牛。

しかしそのサイズが並みではない。


アフリカ象ほどもある巨大な水牛なのだ。


「つまり、これは?」


「うむ、この群れはおそらく、あのデカブツから逃げているだけであろう。そしてあのデカブツは、アンジェリカ。アフリカの星である君に引き寄せられているのだ!」


アンジェリカはショックを受けていた。

誰もが欲するアフリカの星。

それが災いの象徴のような、巨大水牛まで引き寄せてしまうとは。


驚愕の事実に、アンジェリカはヘナヘナと力無く膝を着く。

そんな……私がこの災いを招いただなんて……と、悪夢を見ているかのように戦慄わなないた。

その肩に、鬼将軍はポンと手を置く。


「心配するな、アンジェリカよ。この程度の災い、弾き飛ばせずになんの鬼将軍か!」


「でもオジサマ!」


「心配するな、美しい娘よ。そなたは車の中から冷たいコークでも飲みつつ観戦しておれば良い」


ネクタイをゆるめ、脱いだスーツの上着ジャケットを私に投げて寄越した。

ワイシャツの袖をまくりあげ、準備はすべて整った。

あとは接触コンタクトを待つだけだ!


パグシャーーッ!


無残な音が響いて鬼将軍は血を吐き出しながら宙を舞った。

当たり前である。巨象のごとき水牛のアタックを、真っ正面から受けたのだ。

むしろこれをどうにかできると思っていた鬼将軍の方が悪い。


キリモミしながら、鬼将軍は地面に激突!


「オジサマッ!」


アンジェリカの悲痛な叫びが響く。

しかし巨大水牛は、私たちの目の前で足を止めた。

間近で見る濡れた鼻と、ヨダレを垂らした口元は大変に不気味なものであった。


そして水牛は、ゆっくりと背後を振り返る。

憎悪の眼差しを向けているのだ。

そこには鬼将軍がいた。


膝を笑わせながら、ダウンから立ち直ろうとしていた。

肩で大きく呼吸して、震える拳をふたつ、肩での高さに構える。


「ヘイ、カマン!」


猛牛の突撃、そして鬼将軍はふたたび宙を舞い、地面に叩きつけられた。

かなり危険な落ち方をしたが、それでもヤツは身体を持ち上げる。

すごく重そうだ。


しかし、10カウントには間に合ったようだ。


「どうした、ベイビー。お前の力はそんなもんか?」


散々挑発しておきながら、鬼将軍に打つ手は無い。

またしても宙を舞う。

アタックされても、ダウンをしても鬼将軍は立ち上がった。


「何故……どうしてなの、オジサマ……私はきらわれもののアフリカの星なのに、何故そこまで私のために立ち上がるの?」


アンジェリカの声が聞こえたかのように、鬼将軍は人差し指を立ててチッチッチッと振った。


「アンジェリカ、私は素敵なレディであるきみのために立ち上がるのだ。そして私を信じろ……麗しの乙女が信じてくれるなら……この鬼将軍、天下無双なり!」


インテリ眼鏡が発光した。

猛牛が怯えたようにたじろぐ。

その隙を見逃す男ではない。


鬼将軍は巨牛の角を左右とも掴まえた。

まったく力など入らないような、腕長リーチ一杯の体制だ。


「このままでは危険だ! アンジェリカ、鬼将軍に応援の声を!」


「オジサマ、負けちゃいやーーっ!」


奴の全身が虹色に輝いた。

ついに必殺の一撃をお見舞いするつもりなのだ。

鬼将軍はよじるようにして身を投げ出す。


いわゆる捨て身技だ。

ドラゴンスクリュー!

相手の関節を損傷させる、危険な技だ。


頚椎を責められて、さすがの巨牛もキリモミして地面に叩きつけられた。

ズシンとか、バシンとか、とにかく湿った肉の音が辺りに轟いた。

しかしそれだけでは済まさない。


鬼将軍は掴んだ角を離すことなく、さらに回転を続けた。

首を責められた巨牛は悲鳴をあげる。

もはや勝負あり、だ。


しかし鬼将軍は手を緩めない。

水辺最強の生物、アリゲーターやクロコダイルのように、執拗に死の回転……デス・ロールを味わわせている。

そのとき、歌声が。


現地の言葉で平和と安らぎと神を讃える歌を、アンジェリカが歌い始めたのだ。

それは、闘いの幕引きを願う歌声でもあった。


アフリカ編最終話は短い更新ですので、午前九時に公開いたします。

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