アフリカ編 第二話
灼熱の大平原をスーパーカブは走る。
休憩は一時間に一度。
そのペースはなんとしても守ってもらう。
そうでなければ、依頼主の健康が保てず、この冒険が失敗に終わるからである。
休憩の際にはパラソルを立ててデッキチェアと冷たい飲み物を用意した。
彼はスーパーカブをパラソルの日陰に停めて、チェアでくつろぐ。
休憩は大切だ。
これ無くして偉業の達成はあり得ないというくらいに。
しかし私たちは、せっかくの休憩時間に無粋な来訪を受けることになった。
「フジオカ隊長……」
「……えぇ、囲まれてしまいましたな」
「果たしてこれは、危機と呼べる出来事かね?」
「えぇ、凡人ならば絶体絶命の危機と騒ぐでしょうな」
私たちは、いつの間にかライオンの群れに取り囲まれていた。
それも、狩猟の円陣に囲まれていたのである。
しかし鬼将軍という奇妙な依頼主は真っ白なスーツ姿で脚を高く組み、冷たいドリンクを楽しんでいた。
四方から浴びせられる、ライオンたちの殺気にもまるで動じない。
そう、まるでパソコンのモニターの向こうで繰り広げられている、サバンナの掟を動画配信で眺めているかのようにくつろいでいるのだ。
私はオートマチック小銃に弾を込めた。
ダブルライフルでは威力があり過ぎる。
そして二発までは連射できるのだが、ライオンの数はそれ以上だったからだ。
「フジオカ隊長、この場合悪いのは彼女たちかな? それとも私たちかな?」
「私たちでしょうね、迂闊に彼女たちの縄張に脚を踏み入れてしまった」
「なるほど、それでは穏便に事を運ぶしか無いな……」
ドリンクをテーブルに置くと、ネクタイを緩めながら鬼将軍は立ち上がった。
正面から雌のライオンが現れる。
身を低くして、いつでも鬼将軍に飛びかかれる体制だ。
だが依頼主は眼鏡を外し、スーツの胸ポケットに引っ掛けただけ。
あとは氷のように冷たい眼差しで、ライオンと対峙しているだけである。
ライオンたちの殺気を、鬼将軍はただ一人で受け止めていた。
そしてそれ以上の殺気で、ライオンたちを圧倒している。
ジリ……身を低くしていた雌ライオンが、後退した。
ジリ……ジリ……そして十分な距離を取ると、後ろを見せて去ってゆく。
遠くでひとつ吠える。
すると私たちを取り囲んでいた殺気が、どこかへ消え去ってしまったのだ。
奇妙なニホンジンの勝利である。
「いや、お強いですな、総裁」
「いやなに、私の懐には世界最強の凶器が忍ばせてあるからね」
鬼将軍は懐から凶器を抜き出した。
それは日本円の分厚い札束であった。
なるほど、それは確かに心強い凶器である。
そいつで殴られれば、いかに巨象であっても横たわるしかないだろう。
鬼将軍は眼鏡をかけ直し、カウボーイハットを目深にかぶり直した。
「それじゃあそろそろ行こうか、フジオカ隊長」
まるで遠足の小休止で、トンボでも追いかけていたかのように鬼将軍は言った。
「ゆっくりくつろげましたか、総裁?」
「あぁ、良いリフレッシュだったよ」
そして何事もなかったかのようにスーパーカブにまたがると、キック一発でエンジンに火を入れる。
旅の再開、冒険の再開である。
大平原を横断していると、今度は遠くに土煙が見えた。
依頼主に停止を乞うて双眼鏡で確認する。
象の群れであった。
しかし駆け足である。
まるで何者からか逃亡を謀っているかのようである。
私は群れの後方に双眼鏡を移した。
日本製のランドクルーザーが、象の群れを追いかけている。
密猟者だ。
これは冒険家として、見逃す訳にはいかない。
無線で事情を手短に説明して、依頼主鬼将軍の許可をとる。
密猟者退治だ。
私はランドクルーザーを密猟者たちに向けて走らせる。
すると鬼将軍はスーパーカブを群れのさらに先へと走らせた。
ニホンの公道では、時速三〇キロメートルの制限がかけられたバイクとは思えないほどの猛スピードだ。
わかる、わかるぞ鬼将軍!
君は確かに金持ちで、金銭で揉め事を解決できる男だ。
しかし今は違う!
男として、不正に立ち向かおうとしているのだろう!
その熱い魂が、スーパーカブに乗り移ったんだな!
だから常識外れな速度がでるのだな!
大平原というのは当たり前のように未舗装で、しかも整地さえされていない。
よって私の操るランドクルーザーは、シェイカーの中のジンのようにかき回された。
上を下への大騒ぎである。
しかし右足でアクセルを踏み、左足でハンドルを操作。
そして私の右目は、常に前方の車両の助手席。
ライフルを手にした男を捕らえている。
男と私の右目の間に、ウィンチェスターM70、ボルトアクションライフルが挿し込まれた。
挿し込まれただけで、スコープの中の十文字は、密猟者の肩をねらっている。
いただきだ。
私は躊躇なく引き金を引いた。
スコープの中で、銃を手にした密猟者が跳ね上がり、激痛を表現しているのが見える。
そして自分たちが狙われていることを知った、運転手の引きつった顔も。
私は機械のように、あるいは自分の身体の一部であるかのように、ウィンチェスターライフルのボルトを引いて空薬莢を弾き出す。
金属的なキーンという音が耳に届いた。
ボルトをしっかり押し込んで再装填すると、今度は車両の底部、燃料タンクを狙い引き金を絞る。
三〇ー〇六弾は燃料タンクに風穴を開け、火花をこぼれ落ちるガソリンに点火させてくれた。
私は急いで左手をハンドルに添えて、火災に巻き込まれぬようランドクルーザーを操る。
密猟者の車は炎に巻かれて停止した。
逃げ出すようにして、車から出てくる。
私も車を停めて、密猟者の足元に弾丸を送り出した。
密猟者たちは観念したように足を止めて、両膝を着く。
無線機で保安官事務所に連絡する。
事務的にさまざまなことを訊かれたが、私はすべてにすみやかな回答をした。
保安官事務所で、ヘリを飛ばしてくれるそうだ。
とりあえず私は二人の密猟者を置き去りに、依頼主である鬼将軍の元へ向った。
獅子にも勝る闘志を持つ男、鬼将軍。
しかし彼の装備は旧式ライフル。
西部開拓史に現れるような小口径のレバーアクションライフルでしかない。
しかし私の心配は杞憂に終わった。
象たちを待ち伏せしていた密猟者は、すべて膝をつき祈りのポーズで鬼将軍に許しを乞うていたのだ。
彼のライフルからは、硝煙など立っていない。
銃を携えていながら、素手で事態を解決したのだ。
密猟者グループを一箇所に集める。
ヘリも飛んできた。
保安官たちが我々に確認したのは狩猟ライセンスとパスポートだけである。
すぐに解き放たれ、保安官たちは密猟者グループをヘリで連れ去った。
「総裁、この先にオアシスがあります。今夜はそこで一泊しましょう」
「おまかせするよ、正義の男」
そう、私たちは正義に燃える熱い心で結ばれたのだ。