異世界編 第一話
男は男らしく、女は女らしく。
そんな当たり前のことがセクハラと言われるようになって、どのくらい経つだろう?
しかし私は、やはり男は男であるべきだと思い、女は女であるべきだと思う。
それと同じことを今回の依頼主は正面切って訴えてきた。
私は問う。
では男が男らしくあるためにはどうすればいいのか、と。
依頼主は答える。
至極自然に当たり前であるかのように。
「簡単だよキミぃ、女たちには理解できないことをすればいいのさ」
「それは? 具体的にどういうことをするのですか?」
「そうさなぁ……よし! 異世界へ飛ぶか!」
「何をしに⁉ どのような目的で! っつーか行けるのかよ、そんな簡単に!」
「フジオカ隊長、飲みにゆくのだよ! 異世界の酒を! そして暴れまくるのだよ、モンスター相手に!」
依頼主は誇らしげに漆黒のマントをひるがえした。
今回の服装は真っ白な詰め襟の軍服に勲章をジャラジャラとぶら下げて、漆黒のマントに黒光りする革長靴。
海軍将校なのか? 陸軍将校なのか区別のつかない、トンチキぶりである。
この男の名は鬼将軍。
世界に冠たる複合企業体『ミチノック・コーポレーション』の総裁である。
年の頃は三十代半ば、整髪料をつけぬ髪は直毛で前髪をおろし、インテリジェンスあふれる眼差しは眼鏡の奥で冷たく光っている。
そんな抜け目のなさそうな男が、またまた異世界へ行くとかホザき出したのだ。
……私はフジオカ。
職業は冒険家である。
誰かが冒険をしてみたいと言い出せば、下調べをして準備を整え、冒険達成の手助けをすることを生業としている。
そんなプロフェッショナルな私でも、さすがに異世界への案内はできない。
「困っているのかね、フジオカ隊長?」
「えぇ、いま確実に。なにしろ私の依頼主が、とんでもないことを言い出しましたので」
「なに、異世界ごときはこの鬼将軍、すでにチケットは手配済みだよ」
ピラピラと映画の前売り券かライブのチケットのような紙切れを二枚、私に見せびらかす。
その紙切れには「剣と魔法の世界デコーヌ王国入場券」と書かれていた。
ちなみに入場受付は二十五時二十五分、迷いヶ原専用通路とある。
どこのテーマパークだろうか?
そう思った私は間違っていないはずだ。
なにしろ日本語で書かれたチケットなのが怪しい、日本円でチケット代金が記されているのがおかしい。
だから私は訊いた。
「閣下、どのような経緯でこれを入手したのですか?」
「秘書に頼んだのだが、なにかおかしなことでも?」
すげぇな秘書、異世界行きのチケットまで手配できるのかよ!
「ちなみにこちらが異世界特集を組んだ旅情報誌だ、目を通しておいてくれたまえ。案内人はキミだ」
「かしこまりました、閣下」
私は情報誌を受け取ると、早速目を通してみた。
というか表紙をめくった途端、醜悪なゴブリンの群れが『写真』で大写しにされている。
最近の旅情報誌もなかなか気合が入っているものである。
というか、他の国にくらべて我々の赴くデコーヌ王国。
モンスターの出現率がハンパでないようであった。
怪奇なデザインのモンスターたちだが、そのほとんどがデコーヌ王国で見られるというではないか。
「閣下、あちらへ赴くにはライフルを携行してください。そうですね、30-06ごときでは足りません。可能な限り大口径の銃で、弾もたっぷり準備してください」
私などは日本国で所持がみとめられていない、バッファローライフルと呼ばれる水平ニ連銃を持っていこうと考えていた。
「ちなみにフジオカ隊長、今回はポリタンクにガソリンをパンパンに詰めなくてもよさそうだぞ?」
「ハハ……異世界にガソリンスタンドでも見つけましたかな?」
「観光バスが給油するのだろうね、ガソリンスタンドはそこかしこにあるようだよ」
まあ、そうでなくては旅情報誌も取材できないだろう。
「それではフジオカ隊長、今夜の二十四時三〇分、迷いヶ原に集合だ!」
こうして私にとっての理不尽な旅が始まる