バーボン編 第三話
アメリカの強い日差しを避けるように、パラソルを開いた日陰にデッキチェアを据える。
鬼将軍はそこに身を横たえて午睡を取った。
世界に挑むコングロマリットを率いる男、鬼将軍ではあるが昼食後の午睡は欠かさないという。
どれだけ忙しくても睡眠を重視する。
そして遊びも食事も飲酒もである。
人はなんのために生きるのか?
そのことを鬼将軍はよく理解しているのだ。
乾燥した風が眠りを楽しむ鬼将軍の、前髪をゆらした。
しかしこの男は目覚めない。
深く深く、短時間ですべての疲労を消し去るように眠っている。
おそらくは夢すら見ていないだろう。
そして15分。
きっかりと時計で計ったかのように。
鬼将軍は目を開いた。
軽く伸びをして、デッキチェアから脚をおろす。
「フジオカ隊長、君は昼寝をしないのかね?」
「閣下の貴重な午睡を邪魔する輩が現れぬよう、見張っておりました」
「そうか、ありがとう……」
そう言って掛け布団代わりの黒マントを羽織る。
そうすることによって、依頼主水樹隆士という男は鬼将軍になるのである。
ふたたび『無謀への挑戦者』となるのだ。
いや、それは凡人の目で見た場合だ。
この男の視点で見れば『浪漫への挑戦者』であるに違いない。
そこで私は、ヤツに浪漫のアイテムを提出した。
「閣下、ここから先は州が変わり道交法も変わります。こちらのアイテムをどうぞ」
私の差し出したアイテムは、カウボーイハットであった。
鬼将軍はミラーにかけていたヘルメットを私に寄越す。
そしてゴキゲンな笑みを返してきた。
「そうだな、フジオカ隊長。ここから先は日差しも強い。カウボーイハットは必需品だ」
この男には珍しく前髪を上げて、それからハットを頭に乗せる。
風でとばされないように、あご紐もキチンとしめている。
さあ、荒野へ。
舗装道路のアスファルトは、テキサス目指してまっすぐに続いている。
かつてはポニーエクスプレスも駆け抜けたであろうこの道を、スーパーカブが走ってゆく。
奇しくもポニーエクスプレスの平均時速も30キロだったそうである。
その一致を重視してか、鬼将軍もそれ以上の速度は出そうとしなかった。
歴史浅い合衆国の歴史ある街道を、二〇〇〇年代のいま現在、鬼将軍が鉄のポニーとも言えるスーパーカブで征く。
あの頃となんら変わることのない豚革のカウボーイハットをかぶってだ。
ひとつ違う点を挙げるならば、栄養の足りていない当時の馬よりも、スーパーカブの方が遥かに信頼に足るという点だ。
そう、そういてんはそこだけだった。
つまり街道を征く者を襲う者は未だに存在しているということだ。
丘陵地帯に挟まれた場所を通過するときだった。
鬼将軍のスーパーカブの前輪のすぐそばを、何かが弾けてアスファルトをえぐった。
そのえぐる音を聞いただけで私は、銃弾だと確信する。
私が無線で鬼将軍に危機を知らせるより早く、彼は道路を一杯に使って蛇行運転を始めた。
鬼将軍は丸腰である。
ウィンチェスターライフルもピースメーカーの拳銃も所持していない。
私は彼の楯になるためにランドクルーザーののアクセルペダルを踏み込んだ。
ランドクルーザーのボディに、銃弾が食い込むいやらしい音がした。
しかし私はパワーウィンドウをおろして、鬼将軍に銃弾をたらふく飲ませたウィンチェスターライフルを放った。
それに、実弾を挿したベルトもだ。
鬼将軍はライフルのスリングを咥えて、弾帯をたすき掛けに巻く。
それからレバーアクションライフルを操作して、薬室に装弾を送り込む。
賊は右側から発砲してきた。
スーパーカブから射撃するには辛い状況だ。
しかし鬼将軍はウィンチェスターライフルを撃てば回転させて次弾を装填。
撃っては次弾を装填の曲撃ちを披露。
賊の出鼻を挫いた。
私もピースメーカーの拳銃を運転しながら発砲する。
まだ、連中の姿は見えない。
いや、オフロードバイクで丘陵地帯から駆け下りてくる人数が見えた。
「閣下、不本意ではありますが闘うしかありません!」
「どうやらそのようだな、隊長。すまんが楯になってくれ」
「了解!」
私はランドクルーザーの後輪を横滑りさせ、スーパーカブの前に停めた。
鬼将軍はエンジンルームの陰から射撃姿勢をとる。
ボンネットに銃を乗せた委託射撃だ。
私もコルトSAAをホルスターに戻すと、後部座席から鬼将軍と同じレバーアクションライフル、ウィンチェスターM1873カービンと弾帯を手にして車を降りる。
鬼将軍がエンジンルームを楯にしたならば、私はトランクルームの陰からの射撃である。
オフロードバイクの集団は州法で認められているのだろうが、一様にノーヘル。
つまりヘルメットをかぶっていない。
おかげでファンキーかつ、パンクでカラフルな髪が色鮮やかに映えていた。
「フジオカ隊長、この州ではこのような場合発砲が認められているのかね?」
鬼将軍が訊いてきた。
賊は口々に「有り金をみんなだしやがれ!」とか「ブッ殺されてぇか!」などと口走っている。
「閣下、賊は明確にこちらの生命、身体、財産に危害を加えようとしています。緊急事態ともとれますし、この場合この州では自己防衛が認められています」
「要約すると?」
「賊は手前ぇで追っ払えと」
「よし、派手にやるか!」
「その前に宣言しましょう」
私は拡声器に口を近づけた。
「下品で猥褻なことを口走る諸君。これ以上の接近は私たちの自由と財産を脅かす行為と判断する。よって銃による自己防衛を取るので心しておくように!」
私の声が届いているのかいないのか。
ノーヘルにバイクではおそらく届いてはいないだろう。
しかし私たちは紳士としての手続きは踏んだのだ。
あとは行動するだけである。
連中もちょうど良く撃ち頃の距離に入ってきた。
「閣下、紳士の時間は終了です! 派手に行こうぜ!」
撃っては弾を込め、また撃っては弾を込める。
発砲のたびに黒色火薬特有の真っ白な硝煙で視界を妨げられるが、やはりアメリカの荒野というヤツはこうでなくっちゃいけない。
賊は肩を撃ち抜かれ、銃を弾き飛ばされて次々と落車した。
「ボス! あの東洋人ども、えらく銃の腕が立ちますぜ!」
「野郎! 日本人じゃねぇのか!?」
どうやら彼らは日本人イコール銃のひとつも扱えない腰抜け、という図式で襲撃してきたようだ。
しかし結果は御覧の通り。
鬼将軍も私も、狙った場所に誤ることなく銃弾を送りつけることができるのだ。
負傷者が増えるばかりの現実。
賊は落車した仲間を拾って、撤退を始める。
背中を向けたなら、例えそれが賊であっtwも、もう撃ってはいけない。
州法にしたがって、私たちは銃をおさめた。




