表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼将軍冒険譚  作者: 寿
15/25

バーボン編 第ニ話

アメリカのビッグアップル、ニューヨーク。

この街が眠ることはなく、いつも世界の中心でい続ける。

そのど真ん中、セントラルパークが旅の出発点であった。


鬼将軍は原動機付自転車、スーパーカブに腰をおろし、バイザー無しのヘルメットをかぶっていた。

もちろんいつもの真っ白な軍服に、ピカピカに磨かれた革長靴。

そして漆黒のマントを背負っている。


「閣下、準備はできましたか?」


「うむ、飛行機でぐっすりと眠ったせいか、ベストコンディションだよ。これならば世界チャンピオン相手に12Rだって闘える」


「それでは参りましょうか」


「うむ、美味いバーボンのために」


「美味いバーボンのために」


キック一発、鬼将軍は風になった。

私もいつものランドクルーザーに乗車。

いつものようにポリタンクに入った燃料を満載している。


ボクシングとプロレスの聖地『マディソン・スクエア・ガーデン』に遠回りしてから、リンカーントンネルをくぐる。

この地下道を用いることによって、かの有名なハドソン川を制覇することができた。


日本の道交法とアメリカの道交法は違う。

しかし鬼将軍は鉄の掟とばかり、時速30kmしか出さない。

私もランドクルーザーを同じ速度で走らせる。


交通戦争に慣れたニューヨーカーにとって、この速度は蝿が止まるような速度であろう。

たちまちチョッパー・タイプのバイクの集団に追い抜かれてしまった。

揃いの革ジャンを羽織っている。


ドクロにヘルメット、そしてクロスソードのマークとチーム名を刺繍していた。

ヘルスエンジェルズ。

ここいら界隈を根城にしているのであろう、バイク・ギャングである。


しかしこのチーム名は、日本語に訳すれば「湘南爆走族」というくらいに、あちこちに存在するチーム名だ。

このチームのメンバーはあと二十年もすれば、「俺の過去に触れないでくれ」と頬を染めることになるだろう。

私はそんな「湘南爆走族」を多数知っている。


彼らは一様に過去を語ろうとしない。

出発は午前八時。

交通法規を遵守しながら、鬼将軍は四時間走った。


走行距離は八十キロほどだ。

もちろん西部の荒野など遥か彼方である。

しかしこの時間ともなれば腹が減った。


「フジオカ隊長、ここいらでランチといかないかね?」


ヘルメットに仕込んだ無線で、鬼将軍の声が届く。


「結構ですな、閣下のお好きな店に入りましょう」


そう言うと鬼将軍は、ちょうど現れたガススタンドに付属したレストランを選んだ。

レストランといっても、ハンバーガーかホットドック、それに冷えたコークが売りというような店だ。

そして鬼将軍がウインカーを点滅させたときに気づいたのだが、チョッパー・タイプのバイクが多数停まっている。


「ヘルスエンジェルズか?」


独り言はマイクが拾わなかった。

その証拠に鬼将軍は、淀みない右折でレストランに入ってゆく。

そう、ワルツでも口ずさむような優雅さでだ。


鬼将軍は躊躇うことなく、チョッパー・タイプのバイクのとなりにスーパーカブを停める。

そしてヘルメットを脱ぐと爽やかな笑顔を見せた。


「フジオカ隊長、さすがアメリカだな。走っても走ってもアメリカだよ」


「その通りですな、閣下。しかしこういう場末のレストランを選ぶのは、いかがなものかと思いますぞ?」


「いいんだよ、フジオカ隊長。こういう店でいいんだ」


ニューヨークを始めとして、基本的に欧米諸国は飯マズというのが普通だ。

とくにニューヨークのハンバーガーなどは、日本人の口に合わないことはなはだしい。

日本人に合うハンバーガーは、やはり大手フランチャイズに限る。


それがビッグアップルで暮らしたことのある私の結論だ。

しかし鬼将軍は、やはり怖気づく様子もなくドアを押した。

オールデイズというクラッシックなロックンロールが、ジュークボックスから大音量で流れている。


そして先ほど追い越しをかけられた、ヘルスエンジェルズの面々が瓶ビールをラッパ飲みで食らっている。

鬼将軍が入店すると、彼らは一様に胡散臭そうな眼差しを向けてきた。

その視線に臆することなく、ヤツは店を横切る。


そしてカウンターのスツールに腰をおろすと、ハンバーガーとコークを注文した。

愚かなことに、ヘルスエンジェルズは鬼将軍を嘲笑った。

コークなんてガキの飲み物だろう! ガキはロリポップでも舐めてお家に帰りな!


下品で、耳障りな笑い声であった。

しかし鬼将軍は白手袋を脱いで、サービスのウェットナプキンで手を拭いた。

バカはさらに笑う。


「見てみろよ! あいつハンバーガー食うのに、ナプキンで手を拭いてるぜ!」


「おい、誰かナイフとフォークを用意してやれよ!」


だが、鬼将軍はそれでも動じない。

まったく普通に料理が出てくるのを待っている。


「おい、アイツ耳が聞こえないのか?」


「もしかしたら米語がわからねぇのかもしれねぇぜ」


メンバーの一人が立ち上がり、鬼将軍に近づいた。


「おい、そこの東洋人イエロー! お前耳が聞こえないのか!」


肩を掴んだ。

その途端膝が折れる。

大東流合気柔術の手だ。


「野郎! なにしやがんだ!」


なにしやがんだも何もない。

肩を掴んだのはチンピラ、コケたのもチンピラ。

鬼将軍は何もしていない。


「何かあったかね?」


鬼将軍はスツールを回転させて連中を見た。

世界に挑む、冷ややかな目で。

私も彼らに向き直り、ゆっくりと革ジャンのファスナーをくつろげる。


もちろん鬼将軍の言葉は米語である。

つまり彼らの嘲りはすべて耳い届いていたということだ。


「…………っ! くっ……!」


逆に嘲られていたのは自分たちの方だった、干からびかけた脳細胞でもそれが理解できたのだろう。

リーダー格の男は顔を朱に染めた。

そして頭にはきているが、この得体の知れない東洋人に警戒心を抱いているのだ。


だからすぐには、やっちまえ! と言えないのである。

仕方がない、ここは大人である私が折れてやるとするか……。


「君たち、私たちがランチを楽しむ時間をくれないか? ニューヨークから走り通しで、腹がペコペコなんだ」


「ニューヨークから? ここまで?」


「ボス、覚えてますぜ。こいつらマディソンの前をトロトロ走ってたヤツでさぁ」


「それで? どこまで行くんだい?」


鬼将軍はニヤリと笑った。


「テキサス」


「あのスーパーカブでかい? イカれてるぜ!」


「ボス、こんなファンキーな東洋人、見たことがありませんぜ!」


「東洋人ではない、日本人だ」


「ジャパンかよ! また日本人が何か始めたのかよ!」


店内は爆笑の渦である。

しかし今度の笑い声は、鬼将軍を讃えるものであった。

王冠が外された瓶のコークが出てくる。


最高に冷えていた。

そして日本ではおめにかかれないような、ビッグサイズのハンバーガー。

バンズにはさまれた、肉。


もちろんお味は下の下である。

しかし合衆国の青空の下、通りがかりの安っぽいレストランでかぶりつくハンバーガーは、高級ホテルのステーキよりも美味い。

乗り物を運転しない方であれば、ぜひともビールも御賞味あれ。


きっと年代物のワインよりも、はるかに旨さを感じるだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ