バーボン編 第一話
男は男らしく、女は女らしく。
そんな当たり前のことがセクハラと言われるようになって、どのくらい経つだろう?
しかし私は、やはり男は男であるべきだと思い、女は女であるべきだと思う。
それと同じことを今回の依頼主は正面切って訴えてきた。
私は問う。
では男が男らしくあるためにはどうすればいいのか、と。
依頼主は答える。
至極自然に当たり前であるかのように。
「簡単だよキミぃ、女たちには理解できないことをすればいいのさ」
「それは? 具体的にどういうことをするのですか?」
「そうさなぁ……よし! テキサスへ飛ぶか!」
「何をしに⁉ どのような目的で!」
「フジオカ隊長、飲みにゆくのだよ! 極上のバーボンを!」
依頼主は誇らしげに漆黒のマントをひるがえした。
今回の服装は真っ白な詰め襟の軍服に勲章をジャラジャラとぶら下げて、漆黒のマントに黒光りする革長靴。
海軍将校なのか? 陸軍将校なのか区別のつかない、トンチキぶりである。
この男の名は鬼将軍。
世界に冠たる複合企業体『ミチノック・コーポレーション』の総裁である。
年の頃は三十代半ば、整髪料をつけぬ髪は直毛で前髪をおろし、インテリジェンスあふれる眼差しは眼鏡の奥で冷たく光っている。
そんな抜け目のなさそうな男が、またまたテキサスで極上のバーボンを飲むとかホザき出したのだ。
……私はフジオカ。
職業は冒険家である。
誰かが冒険をしてみたいと言い出せば、下調べをして準備を整え、冒険達成の手助けをすることを生業としている。
「では閣下、上陸地点はやはり西海岸?」
「フジオカ隊長! そんなことをして誰が喜ぶというのかね!」
ヤツのインテリ気取りの眼鏡に男の怒りが集中して、怪光線となって放たれた。
間一髪、私はそれを空中前転伸身後方宙返りという仮面ラ〇ダーXもびっくりな体術で躱す。
しかし今夜の鬼将軍は私の身のこなしを讃えるでなし、己の怒りを直接私にぶつけてきた。
「いいかねフジオカ隊長! 私たちは男なのだ! そんな効率の良いことをしてなんとなるか!」
わかっております、わかっておりますとも、閣下。
故にこのフジオカ、すでに東側、ニューヨーク行きのチケットはすでに手配しております。
そして閣下の代名詞、スーパーカブ50も。
現地調達で手配しておりますとも。
それを告げると鬼将軍は、大層ゴキゲンな笑顔を向けてきた。
「わかっているじゃないか、フジオカ隊長」
「しかし閣下、バーボンウイスキーはケンタッキー州の名産。なぜテキサスまで?」
ケンタッキー州は東寄り、そしてテキサス州は南寄りである。
両者に関連性は、無い。
「フジオカ隊長、それが婦女子の判断というものだ。酒というものは艱難辛苦を乗り越えて楽しむからこそ、極上の味わいとなるのだよ」
「では閣下は山積みの決済待ち書類を片っ端から片付けて、それから旅に出ると?」
「マッコイ、君も医者を名乗るのならば、患者の痛いところには触れないでくれ」
よう、鬼将軍。
お前でも痛いところはあるんだな?
しかしヤツの目は死んではいなかった。
まさしく鬼火の宿るような眼差しで、私に注文を出してきたのである。
「フジオカ隊長……三日だ……三日で仕事を片付ける。だからチケットをキャンセルなんてしないでくれ……」
「オーケイ、ボス。それじゃあ三日後の朝、迎えに来るよ」
「約束だぞ」
そして三日後の朝、ヤツは目の下に隈を作っていたが、颯爽とマントを翻していた。
「ハーッハッハッハッハッ! 私の名は鬼将軍! 私の辞書に不可能の文字はないのだっ!」
本当に山積みの仕事を片付けやがった。
この男、遊びに掛ける執念はとんでもないくらいに凄まじい。
「ではゆくぞ、フジオカ隊長! 荒っぽい西部の荒野が、酒を抱えて私たちを待っている!」
アメリカへ、アメリカへ。
私たちは銀の翼に乗って荒野を目指す。