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鬼将軍冒険譚  作者: 寿
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マチュピチュ編 第三話

会場に不気味な高笑いが響く。

屋外会場で晴天だったはずなのに、にわかに立ち込めた黒雲により辺りが薄暗くなった。

ステージ上のマヌエルとマリアは、何事かと周囲を見回す。


するとステージ下手しもてでボワン! と小爆発、そして立ち上る黒煙。

その中から漆黒のマントをひるがえし、鬼将軍っっ推っ参っっ!

もちろん高笑いもコイツのものだ。


「誰だっ、貴様はっ!」


「私の名は鬼将軍! 日本から来たミチノック・コーポレーションの会長だっ!

民衆が楽しみにしている天の祈り手コンテストを不正の手で汚すなど、悪魔が許しても私が許さん!」


「やかましい! おいっ、コイツをつまみ出せ!」


怖い顔をした黒服のお兄さんたちがステージに上がる。

仕方ない……プロテクター入りの革スーツ姿なのだが、私もステージに上がるとするか。

すでに鬼将軍を中心に、黒服の男たちが円形に囲んでいる。


「HEY、お前たちの相手はここにもいるぜ」


声をかけておいて、振り向いてくれたところを一本背負い。

我ながらカミソリのような切れ味の技だ。

二人目は大外刈り、三人目はプロレス技のボディスラムで、豪快に床に叩きつける。


しかし敵は複数だ。次々とかかってくる。

仕方ない、ここは講道館柔道の大技だ。

必殺、フジオカハリケーン!


触れただけで敵をキリモミさせながら投げ飛ばす、三船十段もビックリな必殺技である。

そして我らが総裁、鬼将軍閣下はというと……。


「札束チョップ! 札束チョップ! 札束チョーーップ!!!」


右に左に敵を張り飛ばす姿は、まさにちぎっては投げちぎっては投げである。


「チキショウ! こうなったら……」


マヌエルは上手かみての控えに声をかける。

迷彩服の兵隊だ。

手に手に機関銃マシンガンを抱えている。


鬼将軍の身体を包んでいた炎のエフェクトが、さらに大きく燃え上がった。


「このっ、大馬鹿者どもめがーーっ!」


鬼将軍が怒気を発すると、兵隊たちはビクッと身を震わせた。

日本語で叱りつけたのにだ。

何故ならこれは男の怒りだからである。


「己の美を信じ、壇上へと登りし乙女たちに不正を働くなど、辱めを与えるも同然の愚行! 男子として恥を知れっ!」


「かまわん、撃て! 撃たんかっ!」


張り切っているのは悪党マヌエルただ一人。

兵隊たちはただただうろたえている。


「えぇいっ、貸せっ!」


機関銃をもぎ取ったマヌエルが構える。

危ない! と警告するが、鬼将軍は泰然としている。

ダダダン! と銃声がした。


鬼将軍は小さく「ウッ」と唸る。

その光景に制服姿のエリーは恐怖の悲鳴を上げた。

しかし、鬼将軍は倒れない。


むしろ優雅とも言える足取りでエリーに近づいて、美しい黒髪を優しく撫でる。

チラリと見えたのだが、真っ白な海軍制服には穴が開いて、夥しく出血しているようだった。

あの勇者アホに駆け寄って、すぐさま応急手当てをしてやりたかったが、黒服どもが邪魔してくれる。


鬼将軍の声が、エリーに語りかける声が聞こえてくる。


「怯えることはない、美しい乙女よ。男というものは、美しい乙女のためならば銃弾ごときに屈することはない……フンッ!」


力を込めると、傷口から潰れた弾頭が飛び出した。

そのとき一緒に血液も飛び散った。

そのひと雫がエリーの頬にかかる。


「……………………」


エリーは無言で白目を剥いた。

そして失神、昏倒する。

鬼将軍はその可憐な肢体を抱き止めた。

そして叫ぶ。


「おのれマヌエル! 許さんぞ!」


お前、それは無いだろう。

しかし男の怒り、乙女のための怒りと言うやつは、常に正義なのである!

札束が足指の間に差し込まれた。


そして鬼将軍は駆け出す、意識を失ったエリーを抱えたまま。

上半身を捻った。

遅れて下半身が追従する。


一百零八はあるという鬼将軍の必殺技だ。

フワリと鬼将軍の身体が浮き上がる。

大回転竜巻式旋風脚である。


鬼将軍の脚が命中するより早く、マヌエルはその脚が巻き起こした風圧に飛ばされた。

まさに、風の渦に巻き込まれてキリモミして飛んでゆく。

そしてドテポキグシャ、という愉快な音を立てて観客席に墜落する。


マヌエルの着地点から、遠い客は拍手喝采。

近い客は意識の無いマヌエルに暴行を加える。

しかしこれは野蛮な暴力ではない。


まさに民衆の怒りという奴だ。

戦いは終わった。

正義を宿した男の怒りと、民衆の怒りが勝利したのだ。


そして黄昏時。

ホテルのチェアに腰をおろし、鬼将軍はバーボンウイスキーをオンザロックで味わっていた。

目深にかぶったボルサリーノ。


そして沈鬱な表情。

頬には、エリーに引っ叩かれた手の平の跡。

そう、鬼将軍は今回もまた、女の子にモテ損なったのだ。


キャメルの紙巻き煙草を咥えて、ガスライターで火を着ける。

薄紫の煙は、エアコンの風に弄ばれた。


「何故こうなのかな……いつもいつも……」


いつもいつも、女の子に嫌われてしまう。

そのことを男は嘆いていた。

しかしそれは当然のことである。


女の子に理解でにない冒険旅行に出ているのである。

そんな男がモテる訳が無い。

しかし、あえてそのことは教えてやらない。


「ですが閣下……」


私は酒を注いでやる。


「酒はいつも側にいてくれる」


「あぁ、それだけが幸いだ……」


今日も異国の日が落ちる。

男涙の日が落ちる。

そして酒だけが、男の涙を知っている。


次話バーボン編は五月十日午前八時の公開です!

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