マチュピチュ編 第一話
男は男らしく、女は女らしく。
そんな当たり前のことがセクハラと言われるようになって、どのくらい経つだろう?
しかし私は、やはり男は男であるべきだと思い、女は女であるべきだと思う。
それと同じことを今回の依頼主は正面切って訴えてきた。
私は問う。
では男が男らしくあるためにはどうすればいいのか、と。
依頼主は答える。
至極自然に当たり前であるかのように。
「簡単だよキミぃ、女たちには理解できないことをすればいいのさ」
「それは? 具体的にどういうことをするのですか?」
「そうさなぁ……よし! ペルーへ飛ぶか!」
「何をしに⁉ どのような目的で!」
「フジオカ隊長、逢いにゆくのだよ! 天の祈り手とやらに!」
依頼主は誇らしげに漆黒のマントをひるがえした。
今回の服装は真っ白な詰め襟の軍服に勲章をジャラジャラとぶら下げて、漆黒のマントに黒光りする革長靴。
海軍将校なのか? 陸軍将校なのか区別のつかない、トンチキぶりである。
この男の名は鬼将軍。
世界に冠たる複合企業体『ミチノック・コーポレーション』の総裁である。
年の頃は三十代半ば、整髪料をつけぬ髪は直毛で前髪をおろし、インテリジェンスあふれる眼差しは眼鏡の奥で冷たく光っている。
そんな抜け目のなさそうな男が、またまたペルーで天の祈り手に会うとかホザき出したのだ。
……私はフジオカ。
職業は冒険家である。
誰かが冒険をしてみたいと言い出せば、下調べをして準備を整え、冒険達成の手助けをすることを生業としている。
「しかし閣下、天の祈り手とはいかなるものですか?」
「よくぞ訊いてくれた、フジオカ隊長! 天の祈り手とは、マチュピチュ村イチの美少女として選ばれた娘のことなのだよ!
毎年この時期に選び出され、映えある栄冠を手にした乙女は神へ五穀豊穣と無病息災を祈るべき者として讃えられるのだ!」
「して、閣下。その天の祈り手に会ってどうするのですか?」
「愛でる以外になにがあろう。よもやフジオカ隊長、この私が天の祈り手と懇ろになってあ〜んなことやこ〜んなことを望むと思うてか!」
いや、健康的な成人男性ならば、女性とそういう関係を結びたいと思うだろう、普通。
と考えたところで、私は思い直した。
目の前にいるのは鬼将軍。
健康的でもなければ普通でもない。
生粋のロリコンである。
まともな価値観など適用除外の生き物なのだ。
「フジオカ隊長、いま私に対して大変に不名誉なことを考えていないかね?」
「いえ、ちっとも」
私はすっとぼけた。
「では閣下、いつものようにスーパーカブで清らかなる乙女のもとへ参じますか?」
「うむ、今回はフジオカ隊長もカブに跨ってくれたまえ」
「何故に私まで?」
「今回のコンテスト会場まで、一般道路が通じているのだ。あまり冒険チックではないのだよ」
そんな理由で私までカブ友に引きずり込まないで欲しい。
とはいえその程度のわがままなら聞いてやらなくては。
なにしろ私はプロフェッショナル。
依頼人の満足するような旅を演出するのが、私の仕事なのだから。
ということでペルーへ入国。
クスコからスーパーカブにまたがり、一路マチュピチュ村を目指す。
当たり前のようにガソリンスタンドが存在し、当たり前のように飲食のできる店が立ち並んでいた。
ふむ、確かにこれでは冒険譚と呼ぶには楽すぎる。
そんな甘い考えをしていた私たちに、マチュピチュの急勾配は突如として牙を剥いてきた。
登り坂がハンパじゃないのである。
世界に誇るスーパーカブをもってしても、ローギアでなければ途端に力を失うのだ。
スーパーカブは日本中のあらゆる登り坂を制覇できるように作られている、というのは有名な話だ。
しかし世界は広い。
日本ではお目にかかれないような急勾配も存在する。
とにかく私たちはこの急勾配を征服するために、一旦ヒラリとカブから降りて、スロットルを開けながら一緒に歩いて登るという反則技まで使用した。
そんな私たちを横目に、地元のオヤジがよりポンコツ臭いカブでノタ〜リと登ってゆく。
「おのれ、ジモティーめ! 隊長、私はカブにまたがるぞ! 奴にできて私にできないことは無いはずだ!」
「閣下、落ち着いてください! 私たちは飽食の国ニッポンから来ているのです!
つまり体重がまったく違うのですから、痩身短躯のジモティーの真似はできません!」
「えぇい、口惜しや! 私とてニッポンではひょろ眼鏡の部類だというのに! それなりにある身の丈が恨めしいわ!」
悲痛なまでの叫びではあったが、その地元のオヤジもカブをヒラリと降りて私たち同様カブを空走りさせながら歩き始めた。
それを見た鬼将軍は「フッ……口ほどにもない……」とどこか満足げに微笑んだ。
マチュピチュ村に到着。
村はどことなし、日本の温泉街のような雰囲気であった。
それもそのはず、マチュピチュの初代村長は日本人だったということだ。
そして天の祈り手コンテストという、いわばお祭りのために大変なにぎわいを見せている。
そしてこのペルーはマチュピチュ。
美少女というならば日本人によく似ていて、鼻が低い。
そして全体的に丸顔というか、とにかく日焼けした日本的美少女というのが似合っている。
黒い瞳がまた昭和チックでもあり、素朴な味わいが心を和ませてくれる。
「良いものだな、フジオカ隊長!」
鬼将軍はロリコンである。
しかし今回ばかりは彼の意見に同意した。
派手な日本の娘に飽いたら 海を渡ってペルーへおいで ここは実もある花もある
そんなふうにひと節うなってみたくもなる。
私は屋台で串焼きを買って齧りついた。
鬼将軍は食用ネズミの唐揚げを頬張っている。
その他にもこの国ではアルパカも食するようであった。
日本では触れ合いアルパカ牧場なるものが各地に点在しているが、私としては一度食してみたい家畜としてしか映らない。
帰国までにはなんとかしてありついてみようと考える。