クロス
なんか・・本当・・・あ〜あ・・・・
あの人の言葉が心に残る。
あの人の顔が目に焼きついていて。
目を閉じると浮かぶ、あの人との思い出。
それは、優しくて残酷な、暖かくて、冷たい。
病院に赴いた尚は綺麗は花を花瓶に刺すこともなく、
片手で握ったまま向かいにいる人物に目をあわせられず、座っていた。
「・・・あの・・・・」
「ん?」
目の前の和春は一向に話す気配はなく、窓の外を見つめていた。
「・・・・・・・・・あの・・・・なんつーか・・・」
「・・・・・・・・うん。」
沈黙が続き、尚の顔に汗が流れた。
しかしそれでも和春は涼しげな顔をしている。
10分、20分と沈黙が続いていた。
和春が入院してから1週間がたった。
もうすっかり元気になったのだが、足の骨折が思いのほかひどいため、
全治3ヶ月となった。
そして今日。尚が花を持って見舞いにいくと、
後藤と和春が話しており、その話題は聞き取れなかったが仕事の話だと検討はついた。
そのまま何も見なかったかのように病室に入り、花を取り替えようとしたら、
和春に呼び止められ、ベッドの目の前にある椅子に座らされたのだ。
「・・・・・・・俺今、28なんだよね・・・。」
「え・・・あ・・・ああ・・・年ですか・・・」
「そう、28歳、三十路近いんだよね・・・」
「・・そ・・・ですね・・・」
「いいよね〜。尚も夢も若いもんね〜・・・・」
「・・・・・・・・・はぁ・・・・」
長い沈黙の末、やっと和春が話しを始めたと思ったら、
意味の分からない話題を始め、尚が肩を落とした。
今までの緊張はなんだったんだ。とばかりに、ため息を思いっきりついて
心を落ち着かせる。
「で。」
「はい?」
今までずっと窓の外に目線を向けていた和春と初めて目があった。
まっすぐな瞳で、尚に
「夢のことなんだけど・・」
と切り出した。
「いいません。」
尚がそう言い切ると、和春は一度驚いた顔は尚を見つめてから、
微かに笑った。
「察してくれたのか、さすが、尚だな。」
「・・・・和さん・・・」
「話・・・少し聞いてくれるかい?」
「はい・・・」
そういうと、尚はゆっくり語りだした。
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自動車のエンジン音がこだまする都会。
和春は1人スクランブル交差点の真ん中を歩いていた。
家と飛び出してから1週間。
とくにやることもなく路上で過ごす生活で、
仕事も探すことができず、家に帰る金もなく、
ただ毎日都会を放浪しているだけだった。
そんな毎日。
だけど自由を感じた。
なぜか幸せだった。
束縛のない世界。
自分だけの世界。
「・・・雄大?」
突然腕を捕まれ和春は振り返った。
白髪の混じった髪に、黒いスーツを着て、
杖を持っている男性が、和春の腕をつかんでいた。
「何おっさん。」
和春がそういうと男性はにっこりと笑っていた。
男性の周りには30代ぐらいの黒いスーツの人物が4〜5人立っていて。
サングラス越しに和春を見つめていた。
「お前、雄大・・・・・だよな?」
「は?違うんだけど。人違いじゃねぇの?」
「え・・でも。」
「俺は和春!中間和春つーの!わかる?」
「・・・・」
そういうと男性が悲しい顔をして掴んでいた和春の腕を放した。
「本当・・そっくりだよ。」
「あっそ。」
こんな人に構っていたくない。早く離れたい。
和春はそのまま歩いていった。
別人と間違われたのは初めてだった。
そっくりといわれることに抵抗があるわけではないが、
ただなんとなく、あの男性の顔が頭に残るのを感じた。
「・・ユウダイ・・って誰だ?」
そう思いながらも2度と会うことのないだろうあの男性のことを
忘れようとしていた。
「・・・・・・薫・・・・?」
尚が街中をさまよっていると1件のお店にたどり着いた。
安いホテルだった。街中のはずれの人気のない場所にあって
今にも潰れそうな雰囲気ではあったが、どことなく入りやすいと思った。
「ここはホテルじゃないよ?」
「え?」
「和春くん・・・だったかな?」
「おっさん・・・」
それはさっき和春をユウダイと呼んだあの男性だった。
相変わらず後ろに黒いスーツの男を何人も引き連れていて
昼間の何倍もの人数が彼の後ろの付いていた。
「・・・えっと・・ホテルじゃないって?」
スーツの男に圧倒されてつい言葉使いに気をつけてしまう。
「ここはホテルとしてはやっていけなかったからね。
ついこの間、バーにしたんだよ。だから看板とかはそのままだけど。
今は、『バー薫』だよ。まぁ売り上げあがってないけどね。」
「・・・・・へぇ・・・・」
「和春くんは今何歳だい?」
「え・・18・・」
「そうか・・・じゃあ・・雄大と・・・あっすまん。」
「・・・いや。」
「さぁ中に入って。ご飯ご馳走するよ。ノンアルコールカクテルなら君も飲めるしね」
「あ・・・ああ。」
そういって男性が扉を開けると、和春はバー薫の中にはいっていった。
外装と違って中はちゃんとしていた。
ただ、客があまりいなく店内がガラガラだった。
そこに和春と男性をはじめとした、
スーツの男が何十人。
店的にはうれしい客だろう。
「これはこれは!天弥さま。いらっしゃいませ。」
明るい声で迎えると店員はいつものですね。と確認をし、厨房に入っていった。
和春はどこに座ればいいのか分からずとりあえず目の前の椅子に座る。
男性と向かい合う形になってしまい。
席を変えたほうがいいのかこのまま座っていいのか分からなかったので。
周りの空気をみてこの場に座り続けることにした。
「君は何を食べるかい?」
とメニューを渡され目を通していく。
特に食べたいものがないのでサンドイッチセットを注文し軽く食事を済ませた。
みんなの飲み明かし程よく酔いが回ったころ、
天弥と呼ばれた男性が外に出て行くのが見えた。
和春はなんとなく後を追った。
「おっさん?」
「あ〜・・和春くんか。」
「そうだけど。戻んないの?寒くね?」
「・・・そうだね・・・」
「・・・・・・・」
ふっと突然笑い出すと天弥は話し出した。
「どこまでも君は雄大に似ている。」
「え?」
「雄大もこの店がホテルだったころからサンドイッチセットをよく頼んでいた。」
「・・・・・・・」
「大好きな卵サンドを一番最後に残すところも。そっくりだ。」
「・・・・・・・・」
「君は他人に似ていると言われるのがいやなのかね?」
「いや・・そんなことねぇけど・・・雄大って誰かなって思って・・」
そういうと天弥の笑顔は消えた。
そんな悲しげは顔に気づくと和春は自分は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと思った。
そのまま沈黙を続けていると天弥が話だした。
「雄大は私の・・息子だよ・・」
「・・・息子?」
「5年前に・・死んでしまった・・」
「・・え・・・」
「彼は自殺だった。遺書にはこんなことがあいてあったんだ『ヤクザの家になんか生まれたくなかった。普通の生活がしたかった。組長になんかなりたくない。組長をやれというのなら僕は死を選ぶ』ね」
「・・・・・・ヤクザ?」
「雄大の母が死んだとき誓ったのに、この子は自分が守るって。
なのに守れなかった雄大にとって私は・・・」
「・・・おっさん。」
「息子を守れなかった・・・・」
そういうと悲しげに瞳を閉じた。
そのとき。天弥の拳から小さいクロスが儚く落ちていった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!