過去
なんかカオス。
―あんたなんか生まなければよかった―
―この恩知らず・・・―
何度そういわれたことか、
小さいころから親にやさしい言葉をかけられたことは無かった。
いつも自分は1人で、暗い部屋で泣いていた。
慰めてくれる人もいない、かばってくれる人もいない。
ただ泣くことしかできなかった。
瞬時に現実の世界に戻った尚は自分が、いつの間にか寝てしまっていたことを理解した。
テーブルの上に置いてあるものを片付けて自分の部屋へと降りていく。
「・・・いやな夢みた・・」
「呼んだ?」
階段の下から夢が顔を出す。
尚は急いで訂正をする。
「違うよ?夢じゃないよ!夢!夢!ドリーム!!」
「あ〜・・」
納得すると夢は自分の部屋へと階段を上がっていく。
夢を見送ると尚も自分の部屋に入り、ベットに転がる。
はぁ、と大きくため息をつくと自然にさっき見た夢のことを思い出した。
「・・・・・・・・・・」
夕日で赤く染まった天井を見つめながら自分の過去の思い出に浸った。
小さいことから何をやってもだめだった。
トロイとか、どんくさいとか、そんなことを何度もいわれ。
勉強も運動もできなくて、ものわかりも悪かった。
簡単に言えば馬鹿だった。
直そうと思えば直せるものかも知れない。
理解しようと思えば理解できるのかも知れない。
でもそれができなかった。
そんな自分を親は嫌った。
こんな自分、自分が一番嫌いで悔しい。
努力だってしている。
それでも、親は自分に冷たい言葉を浴びせた。
―お母さんに恥ずかしい思いさせないで―
親の期待に応えようとしてその度に失敗して。
親を失望させた。
いつの日か頑張ることもやめて。
親に反抗するようになった。
今考えればただの反抗期だが。
現にそれが取り返しのつかないものになった。
親に何を言っても、何を言われてもお互いに傷付かないほどになり、
不仲は悪化し、
とうとう、尚は家を出た。
―あんたなんか生まなければよかった。―
18年間の悔いを母親にぶつけられたとき、尚は考えるより先に体が動いた。
―じゃあ出て行ってやるよ。こんな家。―
後はもう、自分の気分次第に進んでいくしかなかった。
「・・・どうしてるかな・・・」
あれから一ヶ月。
長かったようで短い期間だった。
親からは毎日のように電話がかかってきたいたが、次第に間隔があき、
1週間前には完全に電話は途絶えた。
そっと腕に手を当てた。
それは今でも自分の腕に、くっきりと、記憶とともに刻み込まれていた。
尚の過去、そして、決意の証だった。
思い出に耽っているとこみ上げてくる想い。
下を向くと涙が零れ落ちそうで天井を睨む形で上を向いていた。
ずっと長い時間。それでもあふれる涙を、必死に止めようと、
拳を握り締めた。
++++++++++++++++++++++++++
「はいるよ〜。尚?ご飯できたよ?」
「・・・・・・」
「尚?」
夢が部屋に入ったとき尚は寝ていた。
返事の無い尚に夢は顔を近づけた。
「寝てる?な・・・お・・・?」
気づいてしまった。
尚の目からこぼれる涙と、腕のそれを。
夢が慌てて部屋から出ようとすると
足元の大きな貯金箱を蹴ってしまった。
「・・・ぁ・・・」
大きな音を立てて倒れた貯金箱を夢は慌てて直した。
「・・・ん?夢?」
「え・・あ・・・あの・・・」
見てはいけないものをみた。
そんな風で、珍しく焦った顔をしていた夢を、尚は怪訝な顔で見つめた。
「ごっ・・ごめん、すぐでるから・・・あ、ごはん・・できたから・・」
そういって、足早に部屋を出ようとした、夢を尚の手が引き止める。
後ろから抱きしめる形で、立った2人は、そのまま沈黙する。
「尚・・・?」
「見た?」
「え・・」
「見たんだ・・・」
「・・ごっ・・・ごめん・・・なさい・・」
涙のことか、腕のことか、夢にはわからなかったが
どっちも見てはいけないもの、
尚が怖くて謝ることしかできなかった。
「な・・なお・・・あの・・」
「ごめん、しばらくこうしてて。」
そう弱くいうと尚は夢を抱きしめたまましばらく立っていた。
夢はどうすることもなく、だたいつもと違う尚に戸惑いそっと自分の首に回る
尚の腕に手を添えた。
今の自分にはそれしかできない気がした。
その腕には、大きな切り傷を縫った後と、その上から重ねるように刻まれた黒い
バラの刺青が見えた。
「大丈夫?」
そう聞くと後ろで尚が声を殺して泣いているのがわかった。
「俺・・どうしちゃったんだろう・・」
涙声に語りだした、尚。
自分の過去、腕のこともすべて夢に話した。
夢はそれを黙って聞いていた。
時々腕を擦ってくれる小さな細い手が暖かくて大きく思えた。
「親にいわれちゃったよ・・お前なんか生まなければよかったって・・」
「尚・・・」
夢はどうすることもできなくて、何をすればいいのかも分からなくて、
気が利いたことも慰めることもできないけど、
それでも自分が思っていることははっきり伝えようと思った。
「私は・・尚が生まれてきてくれてよかった。
私たちが会えたし、和も前より笑うようになった。
私も、毎日が楽しくて、尚と一緒にいるとうれしい。
たとえ尚の親が、尚をいらないっていっても、
世界中の人が尚を否定しても、私と、それと和は、絶対に尚を必要とする。
きっとそう。
こういう形じゃなかったかも知れない。でも私たちはどんな出会いであれ、
きっと出会ってた。そうい運命なのかなって思う。」
「この家の人は暖かいよね・・」
すこし笑い混じりにいうと夢は安心したように返した。
「私今すごい恥ずかしいこといったね・・・」
「でもうれしいありがとう。」
そういうと、夢の首から尚の腕が離れ夢は後ろと向いて尚の顔を
見ていいのかどうか戸惑った。
「夢。」
不意に名前を呼ばれ後ろを振り向く。
少し赤くはれた目で、優しく微笑む尚がそこにいた。
「ありがとう。」
「・・・どういたしまして。」
「っさてと!ご飯冷めちゃったかな?いこっ!」
さっきまでのことが嘘のようにいつのも明るい尚に戻ると。
夢の手を引いて部屋を後にした。
++++++++++++++++++++++++++++++
笑い声が響く。
苦痛に耐えながら、相手をにらみつけた。
「なんだよ。まだそんな顔しやがって。」
髪の毛をつかまれ立たされる。
「まだまだって顔してるな?」
「・・当たり・・前・・・だろ・・う。」
「ふん。いきがりやがって。」
「おいおい、兄貴、殺しちゃったら意味ないぜ?」
「そうだな。おい。」
男は顔を近づけると微かに笑みを浮かべながらいった。
「いい加減島渡せってんだよ。若頭さんよぉ?」
「だれが・・・」
腹を蹴られ蹲る。
「お前のいない一家なんか潰そうと思えば簡単に潰せるんだよ。まぁ今ここでお前も潰れそうだな。」
笑い声が高く響いた。
痛みと屈辱に絶えながら、思い出すのは自分の部下のこと。そして守ると決めた
2人のこと。
「夢・・尚・・・」
とどめの一発で和春は意識を失った。
男たちは笑いながら去っていく。
その晩は和春の血を洗い流すかのように強い雨が降っていた。
ここまでよんでいただきありがとうございます。
そろそろ、本番に入ってきました。