それぞれの影
なんか、自分でもどう進めればいいのかわからなくなってきた・・・
きっとここが、俺たちの場所になる。
そう信じていた。
「よし!これでOK!」
朝起きると、曜日を確認し、当番を確認。
今日は、猫に餌をあげること、
多すぎず少なすぎず、3匹の猫が喧嘩をすることのないように、均等に。
そして一番重要なのは、食べている間の猫に触れないこと。
触るとかまれる。
そのあとは洗濯。
自分の服は自分で。
これがこの家のルールだ。
服を干し、自分の割り当てられた部屋の掃除をする。
これも毎日のことだった。
ほかの当番は、夜の夕飯作りと、お風呂掃除それ以外は暇なので、
今日は、2階のフロアにおいてある求人案内を見て電話を片っ端からかけていく。
仕事探しのためだ。
この家にきてから2週間。ここの生活にはすっかり慣れ、
今では家族同然。
宿主の、和春も「うちは3人兄弟だ!」と、胸を張っていうほど。
そんな暖かい家庭が尚にはうれしくてたまらなかった。
「なんだ?もうご飯なねぇよ?」
さらに餌を催促しているのか、猫が尚の足に擦り寄ってくる。
猫の名前も完璧に覚えた。
左から、クロ、シロ、グレ。
色に大して代わりがなく、顔もそっくりなため覚えるのに苦労はしたが。
気づけば自然と覚え、
どの猫がどいつか。という区別も完璧につくようになった。
そう、尚はここの生活にすっかり定着していた。
「・・・おはよ〜。」
「あっ!夢ちゃん、おはよ〜。」
11時になって夢が起きる。
日曜日だからというのもあるが昨日勉強会で帰りが遅かった。
「和さんが作った炒飯あるけど。食べる?」
「あ〜・・うん、食べる。」
そういって目をこすりながら、いすに座る夢にちょっとまってね。と
一言いってキッチンへ入る。
すでに盛り付けられている炒飯をレンジで温めて、
夢に渡す。
「そういえば和は?」
「和さんなら今日も仕事だよ?大変だよね〜。」
夢の前の席に座り、夢が食べるところを見ていた。
ときどき、おいしい?と聞くと夢は、黙って頷く。
「でも、今日日曜日だよ?」
「うん。なんか急に仕事ができたんだって。トラブル?とか?」
「そうか・・・」
兄が日曜日に仕事に出かけるのは相当珍しいのか、夢は、怪訝な顔をしながらも、
炒飯を口にした。
「さてと〜、俺は仕事探しでもすっかな〜。」
そういいながら席を立つとすぐそこのソファーに座り、求人案内のチラシを見た。
「あっそういえば。」
「ん?」
「尚って、動物好きだよね?」
「うん。」
「友達の家がペットショップで、この近くなんだけど、社員募集してるんだよね。」
「まじ!?」
中野アニマルランド、夢の友達の家で、この辺では有名のペットショップだった。
動物好きな尚にはうってつけ。
自給も悪くない!尚はすぐに電話を入れ、
夢の友達のコネクションもあり、すぐに面談。
そして、採用へと、ことが進んだ。
事務室から出てくると、そこに夢がいて、犬を眺めていた目を尚に向ける。
若干心配をした顔をしていた夢に尚は親指を突き立てて、面談の結果を伝えた。
「仕事の途中でも大丈夫かな?」
「いいんじゃん?それに仕事決まったら真っ先に電話しろっていったの和だし。」
「そだよね?」
そういって携帯電話を取り出し和春さんと表示されたメモリを開く。
電話はすぐにつながった。
『もしもし?尚?どうした?』
「あっ和さん?仕事中に大丈夫でしたか?」
『ん?あ〜。大丈夫大丈夫』
「そうですか!あの!仕事決まりました。」
報告を終え、それではと電話を切ると、尚は清々しい顔を夢に向けた。
その顔は逆に清々しいすぎて、気味の悪いものになっていたかもしれない。
夢が少し怪訝な顔をした。
「今日ね!」
「うん・・・・」
「和さんが就職祝いのパーティー開いてくれるって!」
目を輝かせて尚がいうと、夢は呆れたように、しかし馬鹿にした感じはなく、
「よかったね。」
と笑った。
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「買ってきたぜぇぇぇぇ!!!」
仕事を急いで切り上げた和春が大量の食材を持って帰ってきたのは、2人が猫と戯れて
和んでいる最中の6時だった。
「ちょっと遅くなっちゃうけど今からご馳走作るぜ!今日は尚当番免除!
和君がんばるよ〜!夢手伝って!」
「あいよっ。」
軽く返事をして、夢が立ち上がると、尚は1人猫たちに猫じゃらしを
向けて遊ぶしかなかった。
しばらくして、ご馳走が出来上がったときには、猫は遊びつかれて尚の膝の上で
夢の中。
猫を起こさないようにゆっくりどけてテーブルへと向かった。
「それでは、尚の就職を記念して!」
「「かんぱ〜い!」」
夢が乾杯といわなかったのは気にせず、3人でコップの中身を飲む。
「ぐっ・・・和!これ酒・・!」
「え!?あ〜〜!!!ごめんごめん!」
「あっ本当だ。」
1人のコップに注がれていたのは日本酒。
水かまたはサイダーだと思って飲んだ夢は、当然咽る。
尚は飲む直前で日本酒だとわかったが、若きころに散々のんでいたので、
酒に抵抗はなかった。
今でも酒は飲もうと思えば飲める。
「つか・・尚は何で平気な顔してんのよ!涼しい顔してる!」
半分涙目で、夢が尚を指差す。
尚は笑いながらいった。
「俺は〜。反抗期に飲みまくったからさ〜あはは」
「え?そうなの?」
「ええ。はい。」
すこし間が空いてから、和はふぅんと一言つぶやくと
「じゃあ食べよっか!」
と、食事に手をつけた。
「ふぅう・・」
パーティーは終わり、夜にベランダで余韻に浸る尚。
その顔はかすかに過去を見つめているようだった。
静かになった都会で、星を探すように空を見上げた。
都会の光が強くて星はあまり見えない。
次第に切なくなってきて、服の上から腕に手を添える。
そこに刻まれたそれの存在を確かめるかのように。
そして、自分の決意を新たにするかのように。
「尚?」
不意に呼ばれた名前に、尚は驚き腕を隠した。
そこには夢が立っていて、隠した腕に少し目を向けたが、その後話を進めた。
「どうしたの?」
「なんでもない。楽しいパーティーだったなって。」
「そうだね。」
隣に立つと、フェンスに体を傾け空を見ていた。
「和が楽しそうだった。」
「俺も楽しかったよ?」
「そう。」
「うん、ありがとうね。夢ちゃんのおかげ。」
「それなんだけど。」
「ん?」
いきなり夢が尚の前に指を突き立てた。
「ちゃんってのいらない、夢でいい。」
「あっ。そう?」
「うん。」
「わかった。そう呼ぶよ?夢。」
聞こえているのか聞こえていないのか
夢の反応はなかった。
ただずっと空を眺めて。
星を探すだけ。
そんな夢の横顔を見て尚は微笑む。
素直じゃないけど、夢も自分を家族だと思ってくれている。
そう思うと暖かい気持ちになった。
「ありがとう。夢。」
その言葉に驚いたように夢は尚をみる。
尚は空を見上げながら笑っていた。
「ねぇ。尚。」
「ん?」
「あれ、ぺガ?」
「逆方向ですけど?」
「うっそ〜!」
そんな光景を影で見つけながら和春は険しい顔でつぶやく。
手には、シルバーのクロスを持って。
「決して奪わせはしない。2人もあいつらも、俺のすべてをなくしも。
あいつらだけは・・・。」
「守ってみせる。」
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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ついでに次回は多分今週中にあがると思います。