第十八話。‐招待状‐
「あらやだインテリホスト」
「サンクス」
着替えのバーテン服を身に纏った私を斜め方向で褒め、とりまそれを素直に受け取る。仮面は付けずにドライヤーの役割と同じ魔具で髪を乾かしたため前髪がオールバック。いやぁ世界が見やすいねっと。
「以前から出来たら真白ちゃんを内で働かせようと用意していた制服があって良かったわ。でも二年以上前のだから少しきつそうね? 新しいのを用意しておくわ」
「いや働きませんよ? てか二年以上前のが少しキツイだけで着られるとは……」
流石に幾分か私の成長を見越して大き目のサイズであったと期待して下がったモチベーションを立て直す。
「制服は下? ちょっと洗って乾かしてくるから作っておいた軽食でも食べて待ってて」
座っていた場所に目を向けると、カウンターの上にはポテト主体の軽食がホカホカと湯気を立たせて置かれていた。
「腹の虫で返事しない……嬉しいけども」
と、通り抜け様にコテンと頭を軽く叩かれて叱られる。腹の虫は子供の頃の私以上にワガママで素直なようだ。
私はワガママな腹の虫に少し意地悪するようにゆっくりと軽食を食べ終え、二杯目の水を飲み終えた時に丁度マスターが私の制服を持って戻ってきた。
「乾いたわ。お日様の匂いがしないのは勘弁ね?」
「いや寧ろ結構ですよっと」
あれってダニの死骸が原因なんでしょう? と、小学生の頃にテレビで得たトリビアが脳裏を過り背筋が少し痒くなる。
――二年以上前のバーテン服――クリーニング――と、背筋の痒みで余計な事が浮かび上がったが無理矢理振り払って私が着ていた制服一式を受け取った。
「ん? なにこれ?」
と、懇切丁寧に畳まれた制服一式の上に置かれた生徒手帳、ハンカチと言った生活雑貨の中に見覚えのない折り畳まれた紙が目に入った。
「あら? それ下の貸し切りパーティー用の招待券じゃない」
折り畳まれた紙を開くとそこにはこの店の”ジパング”の名前があり、マスターの目が招待券に釘付けになる。
「しかもその二年前の奴ね? 日付はっと…………え?」
「ん? どうかしました? ……え? この日って」
戸惑うマスターに釣られて招待券の日付を見ると、忘れもしない二日間のその始まりである二月二日が記入されていた。
「母が亡くなった日」
「そして真白ちゃんが研究会のルール【研究会の命令無く各国の重要機関に攻撃、又は侵入を禁ずる】を破ってこの国の技術開発専門機関”Schwarzwald(黒の森)”に単独で侵入した日ね」
と、私とマスターはその日、二月二日に会った事を口ずさむ。
母の容体が最悪の想定通りになったと病院から受け取っていた魔具によって知らされ、私は母の最期の願いを叶えるべく母が愛し続けていた最愛の男――私の父に会いに行った。ただ私は内心の黒い感情を優先して息子である事を伏せ、十の智慧研究会の構成員”NK727”として技術開発専門機関”Schwarzwald(黒の森)”に単独侵入。だが心情が滅茶苦茶だった為に冷静に事を運べず大量の死傷者を出しながらも極秘で父に母が危篤だと知らせる事が出来た。
「真白ちゃんが技術開発専門機関”Schwarzwald(黒の森)”に侵入して暴れていると研究会から知らされた時、本気で焦ったわ。なんせ各国の重要施設の無断潜入と攻撃は一発アウト。今更だから言うけど真白ちゃんには殺害命令が下されたのよ?」
「あ、やっぱり? あの時、マスターが愛刀ではなく転生特典の短刀”千年夜桜”を所持してたからそうじゃないかと思ってました。……よっと」
受け取った荷物を隣の席に置いて立ち上がる。そしてマスターと向かい合って頭を深々と下げた。
「遅くなりましたが、この度は本当にご迷惑を掛けました」
きっとマスターは私の為に色々と手を尽くした筈だ。この国を、このクローズ大陸を出て旅に出る様に諭してくれたのはマスターだったし、こうしてこの国で生活できているのもマスターが研究会に色々と手を打ってくれているからだと思う。
「……ふふっ、謝罪は要らないわ。私は私の勝手で動いただけだもの。それにね? こうして私の希望通り色んなお土産を持って帰って来てくれた。謝礼はそれだけでたんまりよ。……まぁ一応、どうしてあんな無茶をしたのか気になっているけどねん?」
「聞きたいですか?」
顔を上げてマスターの目を真剣に捉える。二月二日と三日に合った出来事は笑い話には出来ないから。
「ずるいわね……なら私はこう答えるわ。――真白ちゃんは私に知って欲しいの?」
”ずるい”そう言われた瞬間、内心微かな焦りと憤り……そして安堵が生まれる。この人は私自身ですら隠し、目を伏せたい部分を知っている。でも私が知らない、理解していない良い部分もしっかり見てくれている。
――なら、と私は首を縦ではなく横に振る事にした。
「いえ。もしもその時が来てしまったらで良いです」
思い出話に消化されているなら笑って酒を交わしながら話す事が出来た。でも残念ながら笑えないし酒を交わしてもきっと酔えない。時間を費やし忘却させた出来事は帰国した時点で再び荷となり私を心に小さな毒針となって突き刺さっている。
「そう……そのもしもが来ない事を願いながら待っているわ」
「えぇ。……さて」
と、椅子に座り直して隣に置いていた荷物の中から例の招待券を手に取って再度中身を読み返し、記憶を遡った。