第十七話。‐原因‐
「ほーん」
と、いつものジパングの二階のバーにてマスターの気の抜けた返事がオーダーした料理と共に出る。
先生が教室を去った後、それを追う形で私も教室を後にした。その際、置いて行かれていた泣きホクロの男子生徒を背負って医療棟へ赴き、運悪く居合わせなかった医療科の生徒と先生の代わりに最低限の治療を済ませてさっさと退去させて貰った。最低限と言ってもNガレッジ生徒の私が勝手に学園の備品を使用したのだ。それがばれたら色々と不味いし、先の教室での一軒もある。これ以上面倒事を増やしたくはない。
そんでもって多少だが溜まってしまったストレス解消の為に学園から直帰でマスターの元に足を運んで今日の出来事を報告した訳です。
「それにしたって……あー…………んっ」
湧き上がる不安、苛立ちをかき消す為に出された食事を手に取る前に飲み掛けのカクテルを全て飲み込んだ。
「これっ! ヤケ酒禁止よ」
「ん……ハグッ」
頭を小突かれたがお構いなしにオーダーした料理を頬張る。
――うん! 旨い!!
「ヤケ食いも禁止だってーの!」
手に取ろうとしたパンにマスターが愛用しているアイスピックがマスターの手から投げ入れ突き刺さる。
「そうやって後悔なり罪悪感から一時の満腹による幸福感で逃げるくらいなら助けてあげれば良かったじゃない。呪禁の力が無くたって真白ちゃんには旅先で手に入れた新しい力があるんでしょう? 呪禁に変わる強力なアドバンテージがさ?」
「……罪悪感? 後悔ィ……? …………なぁいねぇ」
と、パンごとアイスピッケルを持ち上げてトマホークステーキに見立ててかぶり付く。
「んっ……んむ……うっん……おむ……!? ムグッ」
「あーもう! はいはい」
呆れた様子で手早く空きのグラスにミルクを注いでパンを喉に詰まらせた私の前に置き、私はそれを先程のカクテルより勢い良く飲み干した。
「はぁ……後悔も罪悪感もこの先マスター以外には一切感じませんよっと。例えこの世界での父親であってもきっと感じないし、感じてしまう程一緒の時間をすごしゃあせんよぅ。……ん? なに?」
一人静ににやける不気味な笑みのその理由を問うなりマスターは手慣れた手捌きでカクテルを作って私に進めてきた。
「うん? ……若い肉体に引かれてるのか子供みたいだなぁ……って思っちゃてね? あとちょっと照れてる」
「?」
最後、何処に照れる要素があったのか分からずに頭の上に? を思い浮かべた。
結局マスターが何に照れたのかは教えてもらえず、当人に巧くはぐらかされ、つい喉が渇いて先程作って貰ったカクテルをまた一気に飲み干そうとグラスを天に仰いでその中身を口内に流しこむ。
――と、
「ムベッ!?」
舌を無数の針で刺されたかのような刺激と鼻腔を駆け巡る刺激臭、決め手となった喉を焼かれる様な痛みに思わず吐き出し天を仰がせていたグラスを手放す。
カウンターの向こうで「ギャア」と野暮ったい悲鳴が聞こえたが、私も私で似た様な悲鳴を上げていた。
問い。頭より高い位置に上げたグラスを手放したらどうなりますか? ――答え。自由落下でグラスの中身が全身に降り注ぎます。
「マッ、マスター……? なにこれ? 再会して最初に呑んだ酒よりきつかったんですけど」
「えぇ……? 真白ちゃん用の甘味カクテルレシピの中から選んだんだけど?」
「……ん」
カウンターに落っこちたグラスを拾い上げ、マスターに手渡す。マスターはグラス内の匂いを嗅ぐなり眉を顰めてグラス内の側面に指をあてがう。そして側面の微量な酒をすくい上げて舐めた。
「えっ……なにこれ? …………あっ、これかぁ……」
マスターは一つのジャム瓶を掴みあげる。ラベルには”リポル”と書かれていた。
「リポルって確かこの国所か大陸一不味い果実じゃなかったっけ?」
リポル。それはこの国の隠れた名産品。ただ名産品と言っても前世の世界から見た日本の小豆やハワイで言う所のココナッツみたいな扱いではなく、フィンランドのサルミアッキと同じ分類だったと思う。食べた事は無いがリポル自体はこの国でなら良く見かけていし、最近では【虚空の森】で見かけていた。
「違うっ! この子は人を選ぶだけよ!! この子は悪くないわっ!!」
「人を選んでいる時点で悪なのでは?」
冷めてしまっている使用済みのおしぼりでとりあえず顔を拭く。
「……ごめんなさい。ゆずジャムとこの子を間違えちゃったみたい」
「あぁラベルの文字以外全部似てますね……てかこの世界にゆずジャムがあったとは……」
前に前世の煙草は一切ないと言われてそれ以降そこら辺の話をしていなかった。一度マスターにこの世界には前世の品がどれほど流通しているのか教えて貰おう。
そう心に決めて席を立つ。髪、肌、服に染み込んだアルコールとリポルのせいで酷く臭い。早くシャワーを浴びて着替えたい。
……確か脱衣場とシャワー室は一階の従業員室を通るんだっけか?
「マスター。シャワー借ります。それとマスターのバーテン服か、下の従業員用の制服の予備が有れば貸してください」
下の酒場の営業が終了してたら最悪脱衣場に完備しているバスタオルだけでも良かったが、生憎と絶賛営業中。この容姿でバスタオル一枚は非常に不味い。
――フルチン? 恐ろしい事にこの国では十人に一人はバイセクサシャル様なのです。
「良いわよ探しとく。真白ちゃんがシャワーを浴びている間に脱衣場に置いておくから先にいっといで」
「ども。……風呂上がりに飲むキンキンに冷えたサイダーがあると泣くほど嬉しい」
「……炭酸水に蜂蜜とガムシロップ、それと私の愛情を入れておくわ♥️」
「……うん」
色々とツッコミたい所ではあるがグッと抑えて一人一階へ降りて脱衣場へと向かった。
ストックが無くなったので週三投稿になります。