第十六話。‐嵐は去り、けれど波乱と惨事が幕開ける‐
「すみません。それでもこの仮面は外せません」
迷う余地なくきっぱり言い放ち、この場の全ての視線が集まる中であっても撤回せずに言葉を紡ぐ。
「この仮面は呪具なんです。着けた母にしかこの仮面はとれませんし、その母は二年前に亡くなってしまいもう壊す他ありません。そして残念ながら仮面を壊す気は毛頭ありません。幼少期の頃から常時着けていた仮面です。愛着があり、何より唯一の母からの贈り物なんです。クラスメイトの過半数ならまだしも、たったの2,3人は軽いです。そうですよね? ロータス様」
貴族相手に”仮面はもう壊す他ない”と嘘を言ってでも素顔を隠す。そうして最後に頭を垂れて問うてみた。
私を除いて十四名のクラスメイト。例え学園の統括理事の特権、高位の貴族特権を行使しようと助けられるのは精々それ位の筈だ。王命である以上学園に在中する貴族出身の教員達が動く。その中にはあの二人よりも立場が上の人達もいる。
「……そか」
ロータス卿は身体を反転させ、生徒会執行部と夜会委員会に撤収の合図を出す。
「腹の卵は薬品で強制的に孵化を止めているが、チョーカー内にある薬物が胃酸と交わった瞬間孵化するよう調整してある。チョーカーは魔術によって指定した日、時間に内部に隠されている注射針が飛び出し内部にある薬物を喉元から直接体内に流し込む仕組みだ」
と、ロータス卿は予備なのかクラスの皆に着けたチョーカーを懐から取り出し、近くの机の上に置いてその輪の中に同じポケットから取り出した布袋を投げ入れた。
そして、約一名を除いた全ての生徒会執行部、夜会実行委員が退出し最後の一人としてロータス卿が退出しようとした瞬間、チラリとだが"絶対に逃がさない"と言わんばかりの眼光を私に向けたのだった。
――。
――――。
――――――。
あれから数分後。
「……」
私はまだ教室にいた。
――否、動けずにいたのだった。
教室内は嵐が去ったというのに嵐の前の静けさと言わんばかりの不気味な静けさを保っており、夕陽が完全に落ちこの世界では蛍光灯代わりとなっている魔具の照明が更にこの場の不気味な静けさに拍車をかけていた。
更に生気をまるで感じられないクラスメイト達が俊敏ではないものの敏感に必ず私の行動に反応してくる。一歩動けばその死人の成り損ないみたいな面々が向けられて本気でおぞましくて動けない。
「……チッ」
と、沈黙する教室内に小さな舌打ちが鳴り響く。私と同じでその場から動けずにいたイルザ先生の苛立ちが遂に沸点を超え、舌打ちをした途端にその苛立ちを顔に出した。
「飼い主様に捨てられたんなら潔く死ね。それが自らの力で飛ぶ事を拒絶した怠け者に与えられた末路だ」
「「「っ」」」
先生の暴言に過半数のクラスメイト達が怒りに身を震わせて顔が憤怒に歪む。
が、イルザ先生が睨み返した途端、身を打つ程の怒りが嘘の様に消えて虐待を受けていた子供の様に怯えて縮こまった。
「あぁ……本当に悍ましくて気持ちが悪い」
と、イルザ先生は自分の生徒を見上げながら卑下し、一人教室から出ていってしまうのだった。