第十二話。‐星に願いを‐
「――ぅ……んっ」
無意識に薄っすらと瞼が開き、目の奥を押し潰すような痛みで一気に意識が覚醒する。
「ぁ……れ……?」
薄っすら開いた瞼を何度も開閉させ、ようやく視界からボヤが晴れると、辺り一面が白で統一された世界に違和感を覚えた。
ここは天国? と、思った瞬間、頭のすぐ隣に見覚えのある男子生徒が座っていた事に気づく。
「ぇ……と……クラスメイトの……」
まだ頭がボーとしているようで、掠れる声で思い付いた事をそのままの言葉にして出す。
「あと二十分程で医療騎士の先生が来る。動けないならそのままこれを渡して診て貰え」
そう無愛想に言った台詞の後に、枕の傍らにあった一枚の折り畳まれた紙を代わりに広げて私に見せた。
「え? あ、それ診察申請の……あ、イルザ先生の名前と教員判……」
それは私達Nガレッジ生徒にのみ義務付けられた治療・診察要請の要請書。私達が医療棟の治療室を借りるには自分の担任、又は専属雑用契約した教師か生徒の直筆のフルネームと教師なら教員判子、生徒なら生徒手帳のセットがなけれここを利用できない決まりになっている。
つまりここは医療棟の多数ある治療室か。
「ぁ……待ってっ」
クラスメイトの男は広げて見せた紙を再び折り畳んで元の枕元に戻すと、一人立ち上がって仕切りの白いカーテンを掴んでおり私は慌てて声を絞り出す。
「自分の身体の状態を知りたいのなら俺じゃなくてデグレチャフ先生かこの後に来る医療騎士の先生に聞きな。痛み止め等の薬はテーブル。……あ、伝言で動けるようなら明日も何時もの場所に来いだと」
クラスメイトの男は早口で聞いてもいない色々な事を一気に言う。その様子から察するに恐らく彼は自分の仕事に戻りたいんだと判断する。
よくよく考えてみれば、何故私の側に居たのが私をボコボコにしたイルザ先生ではなくクラスメイトの男子だった?友達でも何でもないのに。
――答えは至極簡単。たまたま医療棟に来る途中に彼を見つけて無理矢理一緒に連行したのだろう。そしてある程度傷の手当てをして先生は退散。クラスメイトの彼は私が起きるか誰か医療騎士が来るまで寝ている私の側で待つようにイルザ先生に命令された。
恐らくこんなところではないだろうか、彼の態度とイルザ先生の性格を察するに。
そうと分かれば私がやる事は1つだけ。簡潔丁寧に謝罪とお礼を述べましょう。
「色々と御迷惑をお掛けしました。ありがとうございます。……ん?」
立ち去ると思っていたが、彼がカーテンから手を離してゆっくりと振り返った事に少し驚いた。
「お前、変わったな? 言葉数が増えたし、なにより前と比べて他人を見ている」
「いやっ……あぁ……うんまぁ……あの時は色々と厄介事を抱えてて周りに意識を向けられなかったと言いますかぁ……あはは」
彼の言葉にもどかしさを感じ、言葉を濁したまま薄ら笑いを浮かべて彼の質問の返事を曖昧にしてしまう。そんな私の気持ちを察したのか、クラスメイトの男は再び私に背中を見せてその手にカーテンを握り締めた。
「そか。良い方に変わったんだな……でも」
カーテンを掴む彼の手から力が抜け、少し下がった位置で再びカーテンを掴む手に力が込められて留まる。しかも込められた力はさっきよりも強く、カーテンに出来た皺はさっきより深くて長かった。
「もう何もかも手遅れだ。お前と俺達は別の道を進んでる。……あぁそだ、もしチョンと飛び出したアホ毛がチャームポイントの腰まで伸びたクルクル癖毛のクラスメイトの女を見かけたら礼を言っとけよ? 廊下を無様に引きずられたお前を真っ先に見つけたのがそいつだ」
「……そうなんですか? 了解しました」
今の前半の台詞を引きずりながらそんな子同じクラスに居たっけ? と、記憶を探りながら条件反射で承諾の言葉を口に出す。
「んくっ! ……いや今のは忘れてくれ……俺から言っておく。あいつが極度の人見知りだった事を忘れてたっ」
「え? はぁ……あ」
息をせき止めたかと思えば突然声が震え出したクラスメイトの背中を見続けるていると、震えているのが声だけじゃなくカーテンを掴む手も若干震えているのが見て取れた。
「出来るならもうこれっきりにしてくれ。じゃあ」
そう言ってまるで逃げる様に治療室から早々に出て行ったクラスメイト。その姿に多少の何か、負い目にも似た切なさを感じながら悲鳴を上げる身体をゆっくり起こす。ベットから立ち上がり薬品の戸棚近くの机に治療・診察要請の要請書を置いて私も治療室を出た。
「――あ、流れ星」
学園でふと夜空を見上げると、タイミング良く小さな星が夜空を流れた。私は願い事三回の代わりにとある流れ星についての言い伝えを思い出す――。
「ヨーロッパでは昔は”星が流れる=人の死”なんだっけか? そういやマッチ売りの少女って、星が流れたのを見てその翌日には死んでたんだっけ?」
前世のテレビで得た情報と子供の頃に呼んだ童話を口に出す。そして遠い目で綺麗な星空を見上げて願う。
「――」
日本人らしく星に願いを。
と、帰りの列車の中でも星空を眺め、帰宅して眠くなるまで煙草を抓みながら星空を眺めた。
その日、奇妙な夢を見た。流れ星が真っ黒な何かに食べられてしまう――そんな奇妙な夢。夢から目覚めた時、暖房を付けていないのに、ましてや厚着をしていた訳でもないのに額に汗を流していたのだった――。
第0章。完結です。
1日のインターバルの後、第一章を投稿します。
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