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「間者を一人捕まえました。今は牢にいます」
俺が捕まえたのは、とある貴族の使用人に紛れて働き、国の重大機密を持ち出そうとした奴だった。騎士団の構成人員の詳細なプロフィールなど、持ち出されてはたまらない。
「良くやった」
そう姫様に礼を告げられた。姫様は段の上、俺はその下に跪く。これが俺の選んだ生き方だ。姫様に感謝され、必要とされる。この瞬間に俺は自分の生を実感できる。
国民の殆どは気づいてないが、隣国からこの国には沢山の間者が放たれている。この国は豊かだ。隙あれは我が物にしたいと、隣国が狙っている。それなら俺のやることはただ一つ。彼らに弱みを握らせない。国力的には対等なのだ。今の力の均衡を崩さなければ、平和は保たれる。
「フランシスはいつも良くやってくれる」
珍しく姫様に褒めてもらった。
「全て貴方様のためでございます」
「何か褒美をやろう。欲しいものがあったら何でも遠慮なく申してみよ。金か?権力か?」
「いえ、貴方様のお側にいられるだけで幸せでございます」
「ふん、無欲な奴だな」
そうは言われても、俺は姫様を見守るだけで十分だ。
その時ふっと、アンリエット嬢に自分が言った言葉を思い出した。俺も世界を変えるために一歩踏み出してみようか。
たまには俺も自分の気持ちに素直になってみても良いだろうか。
「ご無礼を承知で申し上げますと、私が欲しいのは貴方様だけですので」
さっき幸せそうな、アンリエット嬢とフランシス君を見たからだろうか。俺の口からつい叶うはずのない願望が出てきてしまう。
「へえ、私が欲しいのか物好きな奴め。でも残念だが、この体は国のものだ。やはり女が良かったのか。他の女ならいくらでもくれてやる。どんな女が好みだ?」
彼女は面白そうに笑う。
知っている。彼女は国民のために生きているから。もし、他国の王子と政略結婚の話が持ち上がったら、相手がどんな人であろうと応じるだろう。
「いえ、他の女性は結構です。正確に申し上げますと、貴方様の心が欲しいのです」
「ほう、生意気な事を言うようになったな。妹を殺されて人生に絶望していたガキが」
「出過ぎた事を申し上げてしまい、申し訳ありません」
「いや、良い。ガキの成長に感心しただけだ。そうだな、一人前の男になってから出直してこい。私からすれば、まだまだ青臭いガキだからな」
「はっ、寛大なお言葉ありがとうございます」
新たな目標ができた。彼女に認められる男になるのだ。
「休む間もなくて悪いが、次の任務だ。危険はあるがお前なら大丈夫だろう。まあ、死んだら少しは悲しんでやるよ」
「はっ、かしこまりました。しかし、姫様のために死ねたら本望です」
俺が死んで姫様が悲しむならそれで十分だ。報われる、そんな思いが心をよぎった。
「死ぬなよ」
「はい!」
姫様が小さくつぶやいた一言。この一言で俺は生きて帰って、姫様に任務達成の報告をしたいという思いを新たにした。
一週間後。俺は任務完遂の報告をしに姫様のもとへ参上した。
「間諜たちの本拠地が割れました。襲撃の手配をしてます。間もなく制圧されるでしょう」
俺の任務は、本拠地を突き止めること。あとは、荒事に特化した者たちが片付けてくれる。
「良くやったな。前任者は失敗して帰って来なかった。向こうの警戒も増しただろうに、お前は上手くやったな」
きっと優しい姫様は帰って来なかった前任者のために心を痛めている。姫様の心労を増やすことなく無事任務が達成できて良かった。
「はい、全ては貴方様のため」
「相変わらず、殊勝だな。褒美は何が良い?」
「個人的なお願いでも構いませんでしょうか?」
「なんだ?言ってみろ」
「よろしければ、私とともに街を散策していただけませんか」
かなり遠回しだが、デートに誘ってみる。姫様もここ何日か忙しい日々が続いているようだし、気分転換にもなればよいのだが。
「へえ、そんなことで良いのか。良いだろう。明日の夕方、この部屋で待っていろ」
「はい、私のために時間を割いていただき、ありがとうございます」
姫様が俺と共に街を歩いてくれる。そう思うと楽しみになってきた。
翌日、日が傾きかけた頃姫様は姿を表した。
「遅くなってすまない。仕事が立て込んでたものでな」
「いえ、滅相もない。来てくださりありがとうございます」
表れた姫様は、身分がバレないようにだろう簡素なドレスを着て、結い上げた髪をベールで覆っていた。とはいっても姫様の美しさは隠せるものではなく、お忍びの貴族のご令嬢に見える。まあ、まさか姫様が出歩いているとは誰も思わないから大丈夫だろう。
「さあ、行こう」
そう言って姫様はスタスタと歩きだす。
「姫様、護衛は?」
「お前がいるから良いだろ?それと、姫様はやめてくれ」
「はっ、もちろん我が身に代えてもお守りします。しかし、なんとお呼びすれば?」
「レーリーでどうだ?」
姫様の名前はヴァレリー。そこからとったのだろう。彼女に親しげに呼びかけることを許されたのが嬉しい。
「はい!」
「そうだな、お前の妹、……いや、恋人と言うことにしておこうか」
妹と言う言葉に、俺の表情に一瞬影が落ちたのを彼女は見逃さなかった。姫様は人の心の機微を読み取る事にも長けている。
「ありがたき幸せにございます」
「王宮を出たらその言葉遣いもやめてくれ。どこの世に恋人に敬語を使うやつがいる」
「はっ、承知しました」
「お手をどうぞ」
城下に出たところで、俺はそっと姫様に手を差し出す。
「なんだ緊張してるのか?色男も台無しだな」
差し出した俺の手が震えているのを見た、姫様がからかう。
確かに俺は柄にもなく緊張している。いつもなら、好きでもない女性に適当に甘い言葉を囁いて、なんの造作もなく情報だって引き出しているのに。
「ええ、意中の人の手など、畏れ多くて触れたことも無いもので」
「そうか、今日はエスコートを頼むよ」
姫様はそんな俺の様子にふっと笑いをもらすと、優しく俺の手を掴んだ。
姫様の手は、普段剣を握ることもあるから、何もしない深窓の令嬢みたいな可憐な手ではない。しかし女性らしい細い手だった。
俺は姫様と街を歩く。彼女は普段城下に行くことは無いから、物珍しそうに色々な店を見ている。
と、彼女の目線がある店の前で一瞬、留まった。
「何を見てるんですか?装身具?そういえば、普段レーリー嬢は装飾品をあまり身につけませんね」
なんだかんだ言って、彼女も年頃の女性だ。綺麗な装飾品に興味があるのだろうか。
「ああ、そんなもの身につけていたら、いざという時に動けないだろ?」
「確かにそうですね」
「まあ、綺麗な装飾品も嫌いではないぞ」
「そうですか、こちらのイヤリングなんかは貴方の瞳と同じ色で似合いそうですね。いいや、レーリー嬢がつけるには少し地味ですかな」
目についた銀のイヤリングを彼女の耳の辺りに当ててみる。小ぶりだが凝った細工がされていて、中心に紅い宝石が埋め込まれている。
これなら動きの邪魔にはならないだろうか。
「いや、そんなことない。悪くない趣味だな」
「では、購入してきますので少しお待ちを」
「あっ、おい!」
今日の記念に彼女に贈り物がしたかった。彼女に制止される前に代金を払って、店主から購入してしまう。
「さあ、どうぞ。恋人からのプレゼントです。受け取ってくださるでしょう?」
「……ふん、恋人からの贈り物なら仕方ない」
少し躊躇ったが彼女は受け取ってくれた。王宮に戻れば彼女は姫。たとえ、この場だけだとしても、彼女が受け取ってくれたことが嬉しかった。
後日、豊穣祭で姫様が舞を披露した。俺は文官たちと共に、見物に行った。
みんな姫様の美しさにため息をもらす。いつ練習したのやら、姫様は華麗な舞を披露した。
「いやー、やっぱり美しい姫君だね」
「ああ、しかし、もっと豪奢なアクセサリーを着けてもいいのにね。姫君なんだから。かえって、周りのご令嬢の方が派手な格好をしているよ」
確かに彼女が身にまとっている装飾品は、金の腕輪に紅い小さな石の付いたイヤリングだけだ。
「それがいいんだよ。それが、姫君の本来の美しさを引き立ててるんだよ。なあ、フランシス君もそう思うだろ?」
「うん、そうだな」
彼女が着けている、イヤリング。あれが俺のプレゼントであることは、俺と姫様の秘密だ。
番外編も完結です。ここまで、お読みいただきありがとうございました。
表示は完結にしますが、筆がのったら小話を載せるかもです。




