表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泡沫の夢  作者: ウサギ
7/10

7


婚約破棄騒動から数日後。


「アンリ、珍しい茶葉が手に入ったんだ。一緒に飲まないかい?」


「あら、そうなの。是非」


いつもと変わらない様子で、ジュリーは私をお茶に誘った。断る理由も無いので、誘いに乗る。

ジュリーは紅茶が大好きだ。温かい紅茶ってほっとしない?とか言いながら、真夏の暑い日でさえも熱い紅茶を飲んでいた。


「さあ、召し上がれ」


「ありがとう。ところで、ジュリー元気?」


「どうしたの、急に」


ジュリーが怪訝そうに眉を寄せる。眉を顰めた様が美しいとは、どこの東の国の三大美女だ。国が滅ぼされてしまう。閑話休題。


「婚約破棄したって聞いたもので……」


「ああ、そのことかぁ。完全にみんなの噂の種になったちゃったね」


「ねえ、ジュリー。どうして公爵家との婚姻断ったの?」


気になっていたので、つい聞いてしまった。私のストレートな質問にジュリーは苦笑を浮かべた。


「直球だね」


「ごめんなさい、思ったことがすぐ口に出てしまうもので……」


「いやいや、謝まらなくっていい。僕としては、はっきり言ってくれた方が好ましいよ」


「そう、それなら良いけれど」


「今回の婚約は断ったんじゃないよ。断られたんだ」


「どうして?ジュリーは地位もあるし素敵な人なのに、一体何が不満だったのでしょう。長男じゃないから?でも、向こうは婿入りを求めてたんでしょう?」


「お世辞でもそんな言葉を聞けるなんて光栄ですね」


「本気で言っているのに」


「ありがとう。単に僕が悪かっただけなんだ」


「何をやったの?」


「向こうのご令嬢にね、手紙を書いてたんだ」


「へえ、ジュリーが?珍しい」


筆まめな方では無いと思ったんだけど。少なくとも私には全然手紙をくれないし。それとも、本当に相手のご令嬢が好きだったから、手紙を書いたのだろうか。私は別に好かれてないからってことだろうか。考えていて悲しくなってきた。


「父上に言われて仕方なくね。先方に失礼があってはいけないから。実は以前別の縁談の話があった時に、僕が仕事が忙しくて後回しにして、先方に一切連絡をとらなかったら、いつの間にか破談にされたことがあってね。反省はしてるんだ」


「ふーん、そう」


「ところがねえ、手紙を書いている途中に仕事が入ってきて、仕事をしているうちに手紙の事を忘れてしまったんだ。それで、そのまま書きかけのまま、送ってしまったんだよ」


「書きかけだって怒るなんて、随分気の短い方だったのね」


「違う違う、僕はね『君はサルビアのように美しい朱い髪を持っているね』って書こうと思ったんだ。でも、『君はサル』って所で切れたまま送ってしまったんだ。だから、向こうは『サルのように毛深いって!?それともサルのように低知能って!?良いわよ、いつもつまらなそうにツンとして!私のことを馬鹿にしてたんでしょう!』といった感じで怒ってしまってね」


「さすが、ジュリー……」


なぜサルビア?その花の名前を書いたところで相手に通じるのか甚だあやしい。仕事で忘れる?そのまま出した?ツッコミどころが有りすぎて笑うことしかできない。そしてやっぱり、ジュリーは仕事中毒の気がある。






「僕にはどうやら結婚なんて向いてないようだよ」


ひとしきり私が笑い転げていると、ジュリーがぼそっとつぶやいた。


「えっ、そんなことはないでしょう?」


「もう何回か破談になっているしね。もう、僕と結婚したい人なんていないよ。いつも全然笑わないで、お高くとまってって言われるし。いいんだ、家は兄が継ぐしね」


フランシス様はジュリーはなんとも思ってないとか言ってたけど、そんな事はなかった。悲しそうにしている。


「ねぇ、ジュリー」


「なんだい?」


「それなら、私がジュリーの結婚相手に立候補してもいい?」


傷心の相手につけ込みたくないとか言っておきながら、つい口から言葉が出てしまった。


「アンリが?光栄だなぁ。でも、アンリにはもっと相応しい人がいるでしょう?」


「えっ?」


「フランシス君と最近仲が良いらしいね。彼はいい人だし、君の結婚相手にぴったりじゃない?」


全く、どこから聞きつけたのやら。私の心が決まってないから、婚約するかもなんて結局まだお父様にも言ってないし、フランシス様との間の内密の話だったのに。


「フランシス様とはそういう関係ではありませんよ」


「ふーん、そう。この前楽しそうに笑い合ってるの見たんだけど。僕に隠し事するなんて悲しいな」


なんだかジュリーが拗ねている。少しは私に嫉妬してくれているのなら嬉しい。


「隠し事って。ジュリーも婚約の事教えてくれなかったくせに」


「僕の婚約ってそんなに重大事?」


「ねえ、私本気でジュリーのこと好きなのよ」


「うん」


「だからね、ジュリーが私以外の人と結婚したら嫌なのよ」


「そう。僕もね、本当は結婚するならアンリがいいんだ」


「じゃあ……」


「でも、僕は君に相応しくない。こんなに、年も上だし、女性の扱い方もなってないよ」


「私が相応しいかどうかは、決めるわ。私、ジュリーがいいの」


「本当に、後悔しない?」


「しないって。もう、本当に疑り深いのね」


「アンリを悲しませるくらいなら、僕は幸せなアンリを見守っていたいからね。でも、アンリが僕を選んでくれるなら、もう逃さないよ」


「ええ、どうぞ。初恋を拗らせてるのは私の方ですから」


「へえ、奇遇だね。僕と一緒だ」


そうやってジュリーが笑いかけるものだから、恥ずかしいやら嬉しいやらで目を反らしてしまった。


「さて、アンリ。こうなったら、善は急げだ。アンリの気が変わらないうちに、ルーアン伯爵にお願いして結婚式も挙げてしまおう」


「ええ、そうね」






お父様のところへ向かっていると、フランシス様とすれ違った。彼が目で、上手くいったか?と聞いてくる。私は小さくVサインをした。するとフランシス様もVサインを返した。


「アンリ、フランシス君と何やってるの?」


ジュリーが私とフランシス様のやり取りを目敏く見つけた。


「ジュリー?」


「アンリは俺のもの。離さないって言ったでしょ」


そう言って、私との距離を詰めてくる。今までにない積極性に戸惑う。


「ち、近いよ!」


思わず、ジュリーを突き飛ばして逃げてしまった。体温を感じるまでそばに寄られて、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。頬が熱い。


「あーあ、逃げられてやんの」


「フランシス君、僕のアンリに変なこと吹き込んだら許しませんからね」


「言うねえ、僕のだって」


「ええ、アンリを幸せにするのは僕の役目です。誰にも譲りません」


そうジュリーは宣言すると、遠くで様子を伺っていた私のところにやって来て、しっかりと手を握った。


「これでもう、逃げられませんよ」


私を見て、ちょっと挑発するように言う。だから私も言い返してやった。


「ええ、私もジュリーを離しませんから」


「それは、嬉しいなぁ」



向こうでフランシス様がバカップルめと言う声が聞こえるが、そんなの知ったことじゃない。やっとジュリーに想いが伝わって、幸せなのだから。




一応、完結です。読んで下さりありがとうございました。

2、3話程度番外編をつけるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ