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婚約破棄騒動から数日後。
「アンリ、珍しい茶葉が手に入ったんだ。一緒に飲まないかい?」
「あら、そうなの。是非」
いつもと変わらない様子で、ジュリーは私をお茶に誘った。断る理由も無いので、誘いに乗る。
ジュリーは紅茶が大好きだ。温かい紅茶ってほっとしない?とか言いながら、真夏の暑い日でさえも熱い紅茶を飲んでいた。
「さあ、召し上がれ」
「ありがとう。ところで、ジュリー元気?」
「どうしたの、急に」
ジュリーが怪訝そうに眉を寄せる。眉を顰めた様が美しいとは、どこの東の国の三大美女だ。国が滅ぼされてしまう。閑話休題。
「婚約破棄したって聞いたもので……」
「ああ、そのことかぁ。完全にみんなの噂の種になったちゃったね」
「ねえ、ジュリー。どうして公爵家との婚姻断ったの?」
気になっていたので、つい聞いてしまった。私のストレートな質問にジュリーは苦笑を浮かべた。
「直球だね」
「ごめんなさい、思ったことがすぐ口に出てしまうもので……」
「いやいや、謝まらなくっていい。僕としては、はっきり言ってくれた方が好ましいよ」
「そう、それなら良いけれど」
「今回の婚約は断ったんじゃないよ。断られたんだ」
「どうして?ジュリーは地位もあるし素敵な人なのに、一体何が不満だったのでしょう。長男じゃないから?でも、向こうは婿入りを求めてたんでしょう?」
「お世辞でもそんな言葉を聞けるなんて光栄ですね」
「本気で言っているのに」
「ありがとう。単に僕が悪かっただけなんだ」
「何をやったの?」
「向こうのご令嬢にね、手紙を書いてたんだ」
「へえ、ジュリーが?珍しい」
筆まめな方では無いと思ったんだけど。少なくとも私には全然手紙をくれないし。それとも、本当に相手のご令嬢が好きだったから、手紙を書いたのだろうか。私は別に好かれてないからってことだろうか。考えていて悲しくなってきた。
「父上に言われて仕方なくね。先方に失礼があってはいけないから。実は以前別の縁談の話があった時に、僕が仕事が忙しくて後回しにして、先方に一切連絡をとらなかったら、いつの間にか破談にされたことがあってね。反省はしてるんだ」
「ふーん、そう」
「ところがねえ、手紙を書いている途中に仕事が入ってきて、仕事をしているうちに手紙の事を忘れてしまったんだ。それで、そのまま書きかけのまま、送ってしまったんだよ」
「書きかけだって怒るなんて、随分気の短い方だったのね」
「違う違う、僕はね『君はサルビアのように美しい朱い髪を持っているね』って書こうと思ったんだ。でも、『君はサル』って所で切れたまま送ってしまったんだ。だから、向こうは『サルのように毛深いって!?それともサルのように低知能って!?良いわよ、いつもつまらなそうにツンとして!私のことを馬鹿にしてたんでしょう!』といった感じで怒ってしまってね」
「さすが、ジュリー……」
なぜサルビア?その花の名前を書いたところで相手に通じるのか甚だあやしい。仕事で忘れる?そのまま出した?ツッコミどころが有りすぎて笑うことしかできない。そしてやっぱり、ジュリーは仕事中毒の気がある。
「僕にはどうやら結婚なんて向いてないようだよ」
ひとしきり私が笑い転げていると、ジュリーがぼそっとつぶやいた。
「えっ、そんなことはないでしょう?」
「もう何回か破談になっているしね。もう、僕と結婚したい人なんていないよ。いつも全然笑わないで、お高くとまってって言われるし。いいんだ、家は兄が継ぐしね」
フランシス様はジュリーはなんとも思ってないとか言ってたけど、そんな事はなかった。悲しそうにしている。
「ねぇ、ジュリー」
「なんだい?」
「それなら、私がジュリーの結婚相手に立候補してもいい?」
傷心の相手につけ込みたくないとか言っておきながら、つい口から言葉が出てしまった。
「アンリが?光栄だなぁ。でも、アンリにはもっと相応しい人がいるでしょう?」
「えっ?」
「フランシス君と最近仲が良いらしいね。彼はいい人だし、君の結婚相手にぴったりじゃない?」
全く、どこから聞きつけたのやら。私の心が決まってないから、婚約するかもなんて結局まだお父様にも言ってないし、フランシス様との間の内密の話だったのに。
「フランシス様とはそういう関係ではありませんよ」
「ふーん、そう。この前楽しそうに笑い合ってるの見たんだけど。僕に隠し事するなんて悲しいな」
なんだかジュリーが拗ねている。少しは私に嫉妬してくれているのなら嬉しい。
「隠し事って。ジュリーも婚約の事教えてくれなかったくせに」
「僕の婚約ってそんなに重大事?」
「ねえ、私本気でジュリーのこと好きなのよ」
「うん」
「だからね、ジュリーが私以外の人と結婚したら嫌なのよ」
「そう。僕もね、本当は結婚するならアンリがいいんだ」
「じゃあ……」
「でも、僕は君に相応しくない。こんなに、年も上だし、女性の扱い方もなってないよ」
「私が相応しいかどうかは、決めるわ。私、ジュリーがいいの」
「本当に、後悔しない?」
「しないって。もう、本当に疑り深いのね」
「アンリを悲しませるくらいなら、僕は幸せなアンリを見守っていたいからね。でも、アンリが僕を選んでくれるなら、もう逃さないよ」
「ええ、どうぞ。初恋を拗らせてるのは私の方ですから」
「へえ、奇遇だね。僕と一緒だ」
そうやってジュリーが笑いかけるものだから、恥ずかしいやら嬉しいやらで目を反らしてしまった。
「さて、アンリ。こうなったら、善は急げだ。アンリの気が変わらないうちに、ルーアン伯爵にお願いして結婚式も挙げてしまおう」
「ええ、そうね」
お父様のところへ向かっていると、フランシス様とすれ違った。彼が目で、上手くいったか?と聞いてくる。私は小さくVサインをした。するとフランシス様もVサインを返した。
「アンリ、フランシス君と何やってるの?」
ジュリーが私とフランシス様のやり取りを目敏く見つけた。
「ジュリー?」
「アンリは俺のもの。離さないって言ったでしょ」
そう言って、私との距離を詰めてくる。今までにない積極性に戸惑う。
「ち、近いよ!」
思わず、ジュリーを突き飛ばして逃げてしまった。体温を感じるまでそばに寄られて、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。頬が熱い。
「あーあ、逃げられてやんの」
「フランシス君、僕のアンリに変なこと吹き込んだら許しませんからね」
「言うねえ、僕のだって」
「ええ、アンリを幸せにするのは僕の役目です。誰にも譲りません」
そうジュリーは宣言すると、遠くで様子を伺っていた私のところにやって来て、しっかりと手を握った。
「これでもう、逃げられませんよ」
私を見て、ちょっと挑発するように言う。だから私も言い返してやった。
「ええ、私もジュリーを離しませんから」
「それは、嬉しいなぁ」
向こうでフランシス様がバカップルめと言う声が聞こえるが、そんなの知ったことじゃない。やっとジュリーに想いが伝わって、幸せなのだから。
一応、完結です。読んで下さりありがとうございました。
2、3話程度番外編をつけるかもしれません。