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フランシス様の契約結婚の提案は魅力的だった。
お父様とお母様は私の事を心配しているから、早く結婚して安心させてあげたい。でも、たとえ私の事を大切にしてくれる人と結婚したとしても、私が相手を大切にできるか不安だ。そもそも、そんな不誠実なことはしたくない。
それならいっそお互い割り切っている、フランシス様と結婚してしまった方がいい。フランシス様と私なら年も家柄と釣り合っているし。考えても仕方ない、最終手段はあるのだから大丈夫。そう思ったら、気が楽になった。
翌日。私はすっきりした気持ちで王宮に行くことができた。
「おはよう、アンリ。昨日は一体どうしたの?何か悩みがあるのなら聞くよ?遠慮なく言って」
早速、ジュリーと入り口で鉢合わせしてしまった。でも、もう大丈夫。気持ちは決まった。
「あら、ジュリー、おはよう。昨日はごめんなさいね。ちょっと一人になりたくて。でももう大丈夫。夜寝たらすっかり元気になっちゃった」
何事も無かったように、にっこりと微笑む。そう、これが私の答え。
「そう、それなら良いけれど」
ジュリーは顔に心配の色を浮かべて、納得いかない表情だったが、とりあえず私の言葉に頷いた。
こんな優しい人を困らせてはいけない。私はとっとと話題を仕事のものに切り替えた。
「そういえば、先日ジュリーがお父様に提出された書類なんだけど、去年のデータが空白になってるけど大丈夫?」
「ああ、それ?別紙になってない?入りきらなかったから紙を分けたんだ」
「そうなの?お父様から渡されなかったわ」
「おかしいな、ルーアン伯爵には渡したと思ったんだけど」
「じゃあきっと、お父様の机の山に埋もれてるわね。探さないと」
「もし、見つからなかったら教えて。こっちでも探しておくから」
「ええ、ありがとう。お願いしますわ」
こうして私と、ジュリーの関係は表面上平穏に過ぎていく。
「アンリエットちゃん、おはよう!」
「あら、フランシス様。おはようございます」
あの日を境に、フランシス様が私に話しかけて来るようになった。どうやら同志認定されたらしい。
「聞いて驚くなかれ!」
「なんでしょう?」
「なんと、今度の豊穣祭の責任者に任命されたぞ!」
豊穣祭は、年に一度秋の収穫に感謝して国をあげて行われる祭りだ。三日三晩、無礼講のお祭り騒ぎが続く。責任者は国民に振るわまれる食べ物の用意から、儀式やパレードの準備、そして騒ぎに乗じて事件が起こらないように警備の手配もしないといけない。大変な仕事だが、任されるということはそれだけ国王の信頼も厚い。実際、豊穣祭の責任者を務めた人は将来的には、宰相の任を命じられることが多い。
「まあ、フランシス様が?大抜擢ですね。出世街道まっしぐらじゃないですか!」
「まあな。それより、今年の豊穣祭には姫様が舞を披露するんだ。楽しみだなぁ」
「そっちか……」
「何が悪い!俺はもともと姫様のために働いているんだからな」
ここまで、はっきり開き直られると、もうなにか言うのも馬鹿らしい。いっそ清々してくる。
「せいぜい、姫君の舞に見惚れて失敗しないようにね」
「おお、言ったな。見ていろ。姫様のために成功させてやる」
「そう、頑張って」
「ああ、応援ありがとうな」
フランシス様の行動原理は姫君だ。ここまでぶれずに自分を貫けるのはすごいと思う。少し憧れてしまう。私なんてまだ、街でジュリーが婚約相手の令嬢と歩く姿を見かけるたびに、心を揺らしてしまうのに。
「アンリ、今時間あるかい?」
夕食後、まったりと本を読んでいるとお父様に声を掛けられた。いま、良いところだったのに。残念だけど読書を中断し、本を閉じる。
「なんでしょう、お父様?今日までの仕事は片付けましたよ」
「ああ、お疲れ様。いや、仕事の話じゃないんだ。あー、えっと、求婚者のリストには目を通してくれたかな?それとも、もう誰かいい人でもいるのかい?」
「いいえ、そんな。リストは見ましたけれども、みなさん素敵な方ばかりですし、どの方が良いのか決めかねております」
今一つ、結婚したいと思える相手がいないのだ。やっぱりジュリーのことが忘れられない。こういう時に思い浮かぶのは、ジュリーの顔だった。
「そうか、ここ最近ずっと部下たちがね、アンリを嫁にくれとうるさいんだよ。そろそろ誰か一人決めても良いかと思ったんだけどね」
「そうですか」
「でも、慎重であることに越したことはないよ。なんたって大事なアンリの一生が決まるからね。あ、いや、結婚したあとでも、気に入らなかったら、家にもどってきていいぞ。後処理は喜んで私がやるから」
「お父様、まだ嫁いでもないのに、縁起でもないこと言わないで下さいね」
「ああ、悪かった悪かった。まあ、今日はもう遅いし寝なさい」
「はい、お父様。お休みなさいませ」
「お休み、アンリ」
私はベットの中でお父様の話を反芻していた。先延ばしにしても、状況が変わることではないし、そろそろ潮時かもしれない。
現状で一人選べと言われたら、フランシス様が妥当だろう。お互いの利害が一致しているのだから。
明日会ったら、フランシス様にもう一度確認をとってお父様にも伝えてしまおう、そう思っているうちにいつの間にか眠りについた。
ところが、ジュリーの婚約騒動は唐突に終わりを迎えた。私が王宮に行くと、婚約が破棄されたらしいという噂で持ちきりだった。ジュリーはそのことについて何も触れなかったが、それを裏付けるかのように、その日以降ジュリーと相手の令嬢の二人で出歩く姿はぱったり見られなくなった。
「アンリエットちゃん!ちょっと!」
フランシス様が声を潜めて、向こうから手招きをしている。
「どうしました?」
「こっちきて」
近寄ると、そのまま奥の部屋へ連れて行かれた。
「なにか人に聞かれなくない話でもあるんですか?」
「いや、大ニュース。ジュリアーニ君の婚約破棄は本当だ。昨日、彼の兄上の口から裏付けをとったぞ。今がチャンスだぞ!」
「あら、わざわざ教えてくださってありがとうございます。でも、私、傷心の人につけこむような真似はしたくありませんの」
「ジュリアーニ君が傷心?ははっ、アンリエットちゃんも面白いこと言うねえ」
「でも、婚約が破談になったのでしょう?」
「いやー、別にあいつ相手の令嬢のこと、なんとも思ってないしな」
「そうなのですか?」
「ああ、家が決めた縁談だから、上手くやらないとって頑張ってたけどね」
「へぇ」
「彼女は僕じゃなくて、僕の後ろに理想の王子様を見てるからって言いながら、鏡の前で笑顔の練習をしてたよ」
「ふふっ」
相手の令嬢のことを思って、必死にその王子様を演じようとしているジュリーの様子が思い浮かぶ。そんな彼の妙に誠実というか、真面目な姿勢に惹かれたのだった。
「きっと、今頃ほっとしてるんじゃない?」
「有り得そうですね」
「だろ?だから、いま、ジュリアーニ君を落としてこいって!」
ジュリーはどうやらいつも通りらしい。
それは良いとして(?)、私を気遣ってくれたフランシス様の事も気になる。私の方も同志として話しているうちに、彼に情が湧いてしまったらしい。たとえこれでジュリーとうまく行ったとしても、フランシス様を裏切ったような気がしてしまう。
「それに、せっかく、フランシス様が契約結婚を持ちかけてくれたのにねぇ。悪いですわ」
「なんだ、全然悪いと思ってない言い方してるな。まあ、俺のことは気にしなくていいぞ。契約結婚の相手なんて人間の女性で利口な人だったら誰でもいいんだから」
「誰だって?」
「ああ、相手の女性の容姿なんて気にならないぞ。姫様の輝きに比べたら、それ以外のみんな大差ないしな」
「まあ、フランシス様らしいお言葉ね。でしたら、フランシス様、なぜ私に声をかけましたの?私でなくても、フランシス様と婚約したい女性なんていくらでもいるでしょう?」
残念ながら私の好みではないが、フランシス様は美男子である。ふんわりとした柔らかそうな金髪に、揃いの金色の瞳。どこかの王族と見間違えてもおかしくない、整った容姿をしている。もちろん、舞踏会にいくと女性からは大人気だ。
「なーに、簡単だ。俺は姫様に心身ともに捧げたい。その気持ちを理解してくれる女性がいいんだ」
「それ、意外と難しいのでは……」
「まあ、いいさ。世の中妥協も必要だしね。でもね、アンリエットちゃん。せっかくのチャンスだ無駄にしない方がいいよ。俺も応援してるから」
「とか言って、面白がってるだけでしょう?」
「バレたか……」
悪びれもせず、フランシス様は笑う。私がフランシス様の明るさに助けられているのは間違いない。
フランシス様の恋も叶ったら良いのになと無責任だが、思ってしまう。
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