恋。後編 (恋愛もの)
日曜の朝、ラインの着信を告げる音で目が覚めた。相手は山田先輩。
「今日早めに仕事を上がれそうだから、ドライブに行こう!」
「暖かい服装で待ってて」
「仕事が終わったら、また連絡する」
デパート勤務の彼と普通のOLの私は休みが合わず、最後に会ったのはいつだっただろう。
あの結婚式の後、二次会会場でぐでんぐでんに酔っ払ってしまった私は、気づけば山田先輩にお持ち帰りされていた。
といっても先輩のアパートのベッドの上で服を着たまま寝かされていただけなんだけど。先輩は、というとこたつで寝ていた。
目覚めた先輩に迷惑をかけてしまったことを謝ると、「大切な服が皺になるかもって思ったけど、意識が無いからって、勝手に脱がすことは出来ないし、……だからクリーニング代は俺が出すよ!!」と大慌てで、顔を赤くして頭を下げてきた。それでそれまで先輩を激しく誤解していたことを知った。(初対面が悪すぎたもので、ただ、ただエロいのかと……)
「私が勝手に酔いつぶれてたんですから、そんなの頂けません。それより……」
大人な気遣いをくれた山田先輩に興味が湧き、先輩が入れてくれたコーヒーを飲みながらいろいろと質問をしてみた。
「そんなに一度に質問されても……」
そう言った先輩の顔は、いつか見たちょっとスケベな顔だった。どうやら嬉しかったり恥ずかしくなったりすると、こういう顔になるようだと発見した。
このとき、あの飲み会のときに田中先輩と話していた動画サイトの人物が、当時はまだ中学生の男の子であったことを知った。てっきりウェブアイドルの女の子かと思い込んでいた。
先輩には実家に年の離れた弟さんがいて、とても仲がいいということだった。動画を配信してる男の子が弟さんと似てるらしく、彼の動画を楽しみにしていたのだそう。
「10歳も離れてるからねー。可愛いんだ、ウチの弟♪」
そう言って顔をくしゃくしゃにして笑った。
その顔にやられた。…………まいったな、昨日完璧に失恋したばかりだぞ。
私にも弟がいることを告げ、「弟って子犬みたいな可愛さがありますよね」と言ったら、先輩が「分かるっ!」と爆笑し会話が弾んだ。それが心地よかった。
その日から、山田先輩と少しずつ連絡を取り合うようになり、自然と私たちは付き合うようになった。
そして知った。これが恋愛なのか、と。
『恋は勝手に一人で出来るもの』と言ったのは誰だったか。映画の台詞だったのかもしれないし、大人ぶった、訳知り顔の学生時代の友人だったかもしれない。言われてみれば確かにそうだ。田中先輩への気持ちは、私の一方的な想いでしかなかったんだから。一組の完璧に出来上がっているカップルに、勝手に横恋慕をしていただけだ。
でもこの山田先輩への気持ちは、私だけのものじゃない。それが本当に嬉しい。受け止めてくれて、返してくれる人がいるというのは、こんなにも幸せな気分になれるのだなぁ。そんな風に思えるのにそれほど時間はいらなかった。
「暖かい服装、か……」
ドライブって言っても先輩は仕事終わりだし、どこへ行くつもりだろう? ご飯は合間にどこかで食べるのかな? それともコンビニかファーストフード店でドライブスルー?
……何か温かいスープでも用意しようかな。このところ激務だったみたいだし、一人暮らしの先輩はろくな物を食べてないだろうし。スープくらいなら他にご飯を食べに行ったとしても、お腹の負担にはならないだろうか。
今日は2月にしてはいいお天気になりそうだし、さっさとやることを終わらせて買い物に行こうと思った。
「ドライブってどこへ行くの?」
「風倉山だよ」
迎えに来てくれた先輩の車の助手席に乗り込むと、早速聞いてみた。ここから車で30分ほどの距離にある風倉山は、標高はそれほど高くなく、けれど街の灯りが一望出来る人気のデートスポットだ。
といってもそれは春から秋にかけてで、一応山道だから曲がりくねっているし、冬は路面の結露や、気温によっては凍結もあるのであまり好んでドライブする人はいない。
まあ、今日は2月とは思えない暖かさだったから道路は日陰が濡れているくらいだろう。
「珍しいね、ドライブ。どちらかというとインドア派かと思ってた」
「うん、ちょっとな」
久しぶりに会った私の軽口に、先輩の返事がいつもより固くて重い。なんとなく隠し事をされているような気がした。
……あれ? これ、私がフラれちゃうパターン?? それは想定してなかったぞ。
嫌な想像というものは瞬く間に全身に広がるものだと思う。いつもより口数の少ない先輩に、こちらもつい押し黙る。妙に背筋に緊張が走る。
何度めかのカーブを過ぎて、頂上付近の公園の駐車場についた。
「今日さ、満月なんだって。それで見晴らしのいいところで一緒に月を眺めたいと思って。月とか星とか眺めるのが好きでさ。ま、詳しくは無いんだけど。……車から降りてみないか?」
「待って、スープ作って来たの。温まってからにしない?」
以前先輩が私のアパートに来たときに作って好評だった、ミネストローネ・スープ。ちょっと酸っぱくて、いろんな野菜が入っていて、マカロニが入っているから小腹を満たすのにもいい。
私はトートバッグからスープ用のポットを出すと、プラスチック製のマグカップにそれを注ぎ先輩に手渡した。
「ありがとう。これ、大好きなんだ」
そう言って先輩は嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔が嬉しくて。この笑顔を久しぶりに見れたことが、ただただ嬉しくて。
例えばこのあと、何を彼に言われたとしても、私が彼を好きなのだから全て受け入れようと思った。別れ話だとしても、そうじゃないとしても。
夜6時過ぎの駐車場には他にも車が何台か。同じように夜景や月を眺める人がチラホラいて、中には望遠レンズの付いたカメラを構える人も。
「ほら」
先輩が指差す方向に、まんまるのお月さま。暗闇をあたたかく神々(こうごう)しく照らしていた。
「きれい」
月なんてしみじみと見上げたのはいつだっただろう。薄い光彩が月を縁取り、ふり降りて来る。
静かに見とれていると「左手で親指と人差し指を丸めて、月を摘まむようにしてごらん」と先輩が言う。
「こう?」
「ほら、指輪みたいだね」
「ほんとだ」
私の丸めた指先に優しく光るお月さま。ごちゃごちゃした私の想いを、指先から浄化してくれているみたい。心が透き通っていくような感覚が訪れた。
そのとき、突然先輩が私の手を取って指輪をはめてくれた。薬指で光る、ムーンストーン。
「これ……!」
「俺と、結婚して下さい」
ムーンストーンは、6月生まれの私の誕生石。今どきは誕生石と関係なく、ダイヤモンドを贈られることが多いと聞くけれど、私はこの淡い光が好きだった。
「…………私でいいの……?」
「お前しかいない」
月明かりが指の上で照り返す。その光が涙でぼやけてちゃんと見えない。
先輩に抱きしめられ、抱きしめ返し、私はただ、小さく「はい」と答えるのが精一杯だった。
えっと、すぐに後書きだと余韻が無いかと思い、少し空白開けました。
お読み下さった方はお気づきかもしれませんが、前編と後編の文字数がね、本来なら同じくらいにするべきなのでしょうけど整いませんでした。
『なろう』だけなのか、他のサイトもなのかは知りませんが、連載小説は毎回同じくらいの文字数がいい、と聞いたことがあります。
ハリポタとか読んでると1章1章長さが違うんですけど(ちゃんと調べたことは無い)、ネットならではの読みやすさや、満足感を考えたらそうなのでしょうね~。
と、こんなところも企画へ参加するのを諦めた要因です。後編を削れなかったのです。もしくは前編を膨らませられなかった、というか。内容的には前編・後編と分けて良かったと思います。
今回は内容は置いといて、書き方の自己分析をしてみました。