恋。前編 (恋愛もの)
二月終わり近い連休に、私は教会でその時を待っていた。会場内にはパイプオルガンの荘厳な音楽が響いている。
もうすぐ、あの扉が開いて彼がやって来る。正装に身を包み、胸元には花が飾られて。……いつものトレードマークの、ボサッとした髪はどんな風にまとめられているのかな? それを想像すると、ちょっと照れる。……いけない、顔を見たら笑っちゃいそう! あーあ、何だか緊張してきちゃうな。
私は夢見るような気持ちで、ただ扉をじっと見つめていた。
彼と出会ったのは四年前。大学のサークルでの、新入生の歓迎コンパだった。親友の恭子と参加したその飲み会で、私と恭子は下心スケスケの、山田先輩にロックオンされていた。
「ほんと、未成年ですしー、お酒苦手なんですよぉ」
すすめられたビールに二人で必死に抵抗していたとき、彼はするりと私達の側にいた。
「山田ぁ、昨日の○○ちゃんの配信見た?」
「あーっ! 忘れてたっ!!」
「うっそ、マジで? お前、ファンだって言ってたじゃん」
「……くぅ、この店Wi-Fiねーのかっ!! あー、気になる、見たいーーっ」
騒ぐ山田先輩は彼との会話に夢中になり、その彼はさりげなく手で私達に合図をくれた。『アッチニ行ッテイイヨ』と手が告げていた。
私と恭子は顔を見合わせ、女子の先輩たちが話しているところへ逃げたのだった。
それから数日後。その日は朝から雲っていた。天気予報は『ところによりにわか雨』だったと思う。
この日は恭子も私も予定がなかった。どちらともなく「一緒に帰ろう」となった。
降りだした雨に折りたたみ傘を開いたときだった。視界の端っこに彼がデイバッグを頭にのせ、小雨の中に飛び出すところが見えた。
私はこの日、下ろし立てのパンプスをはいていた。目では彼を見つつ、頭ではパンプスを気にした。汚れるのが嫌だった訳ではない。踵が濡れて滑ったらどうしよう、と思ったのだ。それはほんの一瞬の考え事だったと思う。
「田中先輩っ。良かったら一緒に帰りませんか?」
傘の外へと飛び出したフレアースカートの裾が濡れるのも気にせずに、恭子は駆け出した。
ねぇ、待って、待ってよ! 私も先輩を誘いたい。置いてかないでよ!!
心に浮かんだ言葉は、私の口から発せられ無かった。
先輩を傘の中に招き入れることを成功させた恭子は振り返ると、一緒に帰ることの同意を求めてきた。
「うん。……あっ、私、この間部室のロッカーに忘れ物をしてたんだった! 先に帰っていいよ」
「待ってようか?」
「いいよ、雨だし。先輩、恭子をお願いしますね」
私がにこやかに告げると、恭子は口の形だけで「ありがとう」と言った。そして「じゃあね、後でラインするね」と言葉を残し、寄り添い歩き出した。
私はすぐさま踵を返した。相合傘の隣を歩くなんて、耐えられそうに無かった。醜い私の心は、小さな嘘をついたのだった。
この日をきっかけに二人は付き合い、私が完全に出遅れたことを知ったのは、その日の夜だった。
それから始まる、田中先輩と恭子の日常。ときに直接、ときにスマホでそれは語られた。
彼の笑顔のまぶしさ、人となりを表す口ぶり、手の厚みと温度と湿度、それから……。
私は親友と一喜一憂して、二人の恋愛話を聞いていた。私はちゃんと親友をやれていたと思う。初デートの服を一緒に選び、ケンカをしたと聞けば慰め、甘いささやきをこっそりと教えて貰う、そんな四年間だった。
だけど時に、私の恋心は私を責め立てた。
うそつき。
うそつきっ。
うそつきーーーーっ!!
そんな、そんな、四年間だった……。
南側の大きなステンドグラスに射した、やわらかな日射しが、客席に複雑な陰を落とす。その淡い紫色の光を浴びながら思う。
ーー今日、私の、この恋は、死ぬ。
自分を偽り続けた代償に、……幸せそうな二人を眺めながら、……疑似恋愛に、終止符を打つんだ。
私は最後まで新婦の親友という仮面をかぶり、笑顔を貼り続けたまま椅子に座っている。心で泣きながら、座り続ける……。
こちらの作品は遠井moka様の「あたたか企画」に投稿しようとして、締め切りに間に合いそうになかったので企画での投稿を諦めた作品です。(汗)
しかも前編が重すぎて、ちっともあたたかくないという……。
後編をお楽しみ下さいませませ。