さよならを君へ
「お~い! ケパ! どこまで行くんだ!」
秋水は一体どこまで……、いつまで追いかけて来たのだろうか。
息を整えながら空を見上げると、タンポポの綿毛のような奴は、やっと気が済んだように留まっていた。
ここが琵琶湖のどこであるのかは、何となく分かる。
目の前に湖面から伸びる赤い鳥居があったからだ。
日本で水上に立っている鳥居があるのは、安芸の宮島にある厳島神社以外、もう一つしか知らない。
滋賀県高島市の白鬚神社だ。
ケパは白鬚神社の鳥居の上空まで彼を導いてくれたのだろうか。
湖側から眺めると、鳥居前の水上に何かが太陽光を反射してキラキラ輝いている事に気付いた。
「あれは…………もしや……」
もう秋水は走る事もなかった。ゆっくり、確実に歩を進める。
「………………」
彼は黙ったまま、静かに大鳥居のすぐ傍にまでやってきたのだ。普段見かける水鳥や、人の姿は全く見えなかった。道路に走っている車やトラックまでもが、嘘のように消え失せている事実に驚きを隠せない。
やがて秋水は確認する事ができた。
神秘的な鳥居の前に、神々しい物体が宙に回転している事を。
――それは眩しく光を反射させる儚げな宝石……。
本当に見た事もないほどの、美しい金剛石だったのだ。
信じられないような大きさ、純水のような透明度、文句なしの色、理想的なカット、どれもが高レベルのバランスで、素人中学生の目からも神懸かったような逸品だった。
そして西田秋水は、これが何であるのかは、一瞬で分かってしまった。
「これは…………ティケ……!!」
そう、その石は魔法使いが現実世界、いやミラクル14に顕現するために依代に使っていた宝石に違いなかった。
彼女はHPと共有しているというMPを使い果たしてしまったのか、あるいはワイバーンと相討ち覚悟で爆発に巻き込まれてしまったのか……。
「ティケ……、こんな所にいたのか……」
秋水は優しく大粒の金剛石を手に取ると、大事そうに両手で包み込んだ。
すると自然に膝は折れ、その場に祈るような姿勢で崩れ落ちたのだ。
目の前に、両手の中で輝きを放ち続ける金剛石。
その存在感、混じりっ気なしの透き通るような心、比類なき硬い意思、全てを内包するその美しさ、まさに宝石はティケそのものだった。
「――――…………!」
こみ上げてくる感情に、秋水はついに耐える事ができなくなった。
やっと巡り会えた嬉しさと、変わり果てた悲しさ……、それに際立つ美しさの宝石に心を打たれ、秋水は久々に大声で泣いた。男泣きに泣きじゃくった。
幼子のごとく、心の赴くままに、いつまでも泣き続けたのだった。
だが、時が彼を許す事はなかった。やがて全てが終焉する時を迎えたのだ。
「……シュウスイ……」
「……ティケ!?」
いるはずのない人から、あるはずのない声が届いたのだ。
「どこだ? ティケなのか?! いたら返事してくれ!」
「サヨウナラ、シュウスイ……」
「待ってくれ、ティケ!」
「コレハ、私カラノ、最後ノ魔法……」
遙か頭上から、ケサランパサランの声が聞こえた時、両手の中で輝く金剛石に七色の光が宿った。
「これで終わりなのか!? いや、まだ終わらせない!」
「……僕は、諦めないぞおおおおおお!」
西田秋水が叫んだ瞬間、金剛石が爆発的に朝日みたいな強い光を放ったかと思うと、粉々に砕け散った。
「うわああああああ!」
世界はログアウトした時と同じく暗転し、淀んでいた時間が再び流れ始めた。
絶景としか言いようのない湖から眺める山水の風景は、無数にある構成要素の粒子と化し、やがて絶対的な無の静寂が訪れた。
ミラクル14は、こうしてあっけなく終わりの刻を告げたのだった。




