偽りの時間
時が止まったままの湖の上で、ひたすら秋水は彷徨っていた。
死んだような時間が過ぎ去る中で、彼の頭の中には様々な記憶が去来する。
――だがそれは、かりそめの世界での出来事。
精巧に作られたシミュレーションゲームの世界で、彼は馬鹿みたいに血眼になって奮闘していた事になる。
誰もが14歳となった世界。
その名も――ミラクル14……。
可愛く若返った母親の顔、同い年の姿になっても優しく、変わる事のない愛情で接してくれた父親。
嬉しそうに現場復帰を語ってくれた高田のじっちゃん。
急成長した赤ん坊のマキちゃんは愛らしい。
幼馴染みの寺島行久枝……は、現実ではどういった関係性で、どの位の親密度だったかな?
一緒にデートもしたりしたけど、全てが妄想の産物だったんだ。
それに襲いかかってきた、数々のモンスターども……。
狼女に狂戦士兄弟、それに影男に夢魔、更に女小鬼と……、最後は悪意と疫病の二足竜まで出てきた。
ははは、ゲームの趣旨から逸脱しすぎだろうよ!
ゲーム、……そうだゲームなんだ! みんな、全てがゲームの世界!
ただシミュレーションで疑似体験しただけだったのか!
それでは、カゲマルは!?
……ヴァンパイア忍者なんて、あからさまに安易な設定じゃないか。……彼もプレイヤーの一人? それともAIが動かすキャラクターの一部だったのだろうか?
魔法使いティケ! あちら側の立場なのに、最後まで人間のために命がけで戦ってくれた。お尋ね者だろうが、デビルハーフでも構わない。もっともっと親密に、仲良くなりたかった。せっかく現実世界に馴染んで、これから楽しくやろうとしていた矢先だったのに!
いや、そもそも、ここは現実世界じゃなかったんだ。
ティケ! 君も僕が生み出した、理想を具現化した幻で、この世に実在しない人物なのか?
もし傍にいたのなら答えてくれ。僕に確かな物を与えてくれ。でないと僕は、僕はもう……。
固まった白い波頭に蹴躓いて倒れた。
琵琶湖の時間は今だ停止したままだ。
歩きに歩き続けた末、対岸は見えてきたけど、西田秋水は起き上がれなくなった。
心の中の揺るぎなかった物が、一瞬のうちに音を立てて崩れ去り、目の前が闇に閉ざされたみたいだ。
「誰か、僕に進むべき道を……、教えてくれ!」
偽物の太陽を背に、秋水は顔を上げて宙に手を伸ばした。
何もない。本当に誰もいない。
秋水は死人ように動けなくなった。
何か気配を感じて顔を上げた。
風の吹き抜ける音が聞こえ、碧い空を見上げると、何か白い物が漂うように飛んでいた。
「あ、あれは! 確か……」
固い水面から顔を起こした秋水は、再び立ち上がった。
自慢の視力で空中の白い物へと、必死に目を凝らしたのだ。
そこには白い毛玉のような物がフワフワ……。
「ケパ! ケサランパサランのケパじゃないか!」
秋水の呼ぶ声にも知らんぷりで、白い毛玉妖怪は風に乗り、自由な空中散歩を楽しんでいるようだった。
「ま、待てよケパ! どこに行くんだ~!」
彼は必死になって叫ぶと、毛玉をひたすら追いかけ続けた。
手の届きそうな距離にあるようで、天空近くを漂っているようでもある。
「待ってくれ~!」
抜けるような青空の元、少し駆け足のように歩き続けると、いつの間にか湖岸が見えてきた。
霞がかった山の麓辺りに、見覚えのある何かが迫ってくる。




