臨界突破
秋水はカゲマルから、ドラゴンメイスに付けた竜涎石の役割について聞かされた。
無尽蔵の魔力を生み出せる、希代にして希有の魔法使いティケ。
強大すぎて手に余る、自らの魔法を今までセーブする事ができたのは、魔力を適度に吸収する効果を持つ竜涎石のおかげでもあったのだ。
魔力を抑制する術を失ったティケは、今や制御棒をなくした原子炉に同じ。
――臨界超過に達して暴走状態。……周囲のあらゆる物を超自然的な力で破壊し尽くすだろう。
「……ティケ!!」
西田秋水はカゲマルを制止して、すぐ戻るように伝えた。そのまま横転した2トントラックの陰に隠れる。
「秋水殿、その気持ちはよ~く分かるが、もはや我々にはどうする事もできないのだ」
「逃げるって、オイ! 自分一人だけで逃げられっか! 街の人は? クラスの皆は? 家族は? もう、どう足掻いても逃げ切れないんだろ?!」
悲壮感を隠しきれないヴァンパイア忍者の長髪と襟巻きが、嵐のようになってきた突風のなすがままとなっている。
「…………」
「カゲマル、最後のお願いだ。僕をティケの所まで連れて行って欲しい」
気圧の関係なのか、俄に空は灰色に濁り、渦巻く風の中心には舞台となった南守山中学校……、あの悪意と疫病の二足竜とディアブルーン最強の魔法使いが今も破滅的な戦いを続けているはずだ。
西田秋水は、涙と雨風にグチャグチャとなった顔で、なおも続けた。
「お願いします……、カゲマル……! これほどの魔力が解放されたら、ティケのMPは間もなく0になる」
「秋水殿……」
✡ ✡ ✡
目も開けていられないような、つむじ風の中心に怪鳥音が聞こえてくる。そこに禍々しいワイバーンはいた。
両翼は強風に翻弄され、ハーケンのごとくビルに打ち込んだ4肢の爪で何とか地面に巨体を繋ぎ止めている状態だ。
ティケは自ら湧き出してくる魔力を、何とかコントロールしようと必死に抵抗を重ねていた。
「……もうダメ! 私にはこの魔力を抑えきる術はない」
魔法円の前に跪くティケは、懐からケサランパサランのケパを取り出すと、そっと風に乗せた。
「ティケ、最後マデ、諦メルナ」
「ケパ、あなただけでも!」
白い毛玉妖怪が見えなくなると、青白く発光する魔法使いは立ち上がり、ワイバーンの方へと向かった。
逆巻き、溢れ出す嵐のような魔力を伴った小さな魔法使いを前に、翼を持つ竜は炎ような眼を細めると、更に紅いマグマのようなドラゴンブレスを放つ。
すると紅蓮の炎がティケの体を襲う前に、見えない壁のような物が全てを遮断した。そう、すでにワイバーンは巨大な球状の結界に閉じ込められつつあったのだ。
「可哀想だけど、あなたは道連れよ」
ティケは両手を胸に当てると、余りある魔力の一部を使い、瞬間移動をかける魔法の呪文を古代語で詠唱し始めた。
「最後の場所は……、そうね、私のお気に入りの美しい風景」
「さようなら、皆……ありがとう」
「……ありがとう、大切な人達……」
「秋水…………。またどこかで会えるといいね」
魔法使いとドラゴンを包む、白い満月のような結界が渦巻く嵐の中心に浮かび上がると、眩い光を放ちながら収縮を始めた。
「……ティケ――――――――――――――!!」
「――!! ……秋水?!」
制服に身を包んだ銀髪の魔法使いは、確かに聞いた。
建造物が崩壊し瓦礫と化する喧騒の中でも……。
風に掻き消されそうな、自分を呼ぶ声が、確かに聞こえたのだ。
美しい魔法使いの頬に、更に麗しき宝石のような涙が伝い落ちた。




