一触即発
首がちぎれ飛んだワイバーンの大きなボディは徐々に色褪せてゆき、生命活動そのものが無くなっているように見える。生物学的な考えで述べると、これは死亡と呼ばれる状態ではないか。
奴が眠り込んでいるうちに、校舎からは何百人もの生徒や職員達が裏口から脱出を完了させており、事態は収束に向かっている。誰もが怪物を倒した安堵と、勝利の喜びに浸りつつあった。
――正にその時だった。巨大な死体の翼がピクピクと動き始め、やがて羽ばたきを再開し始めたのだ。集まり始めた警官や野次馬が一斉に悲鳴を上げたのは言うまでもない。
ティケの懸念通りだった。ゲームでも中ボスランクのモンスターが、たったの一撃で簡単に倒せる訳がない。
眉間に皺を寄せたカゲマルが、思い出したように言う。
「奴は悪意と疫病の二足竜……だったよな。ひょっとして……」
首なしワイバーンの胴体は羽ばたきを繰り返し、ついに伏せた状態から完全に立ち上がったのだ。
周囲で事の成り行きを見ていた人々の、驚嘆と失望による声にならない声が聞こえてくるかのよう。
「そうね、皆をもっと遠くまで避難させた方がいいかも……」
ティケが心配そうに街を見回した瞬間、ワイバーンが無くした首と別の所からズルッと新しい首が生えてきた。粘液と血にまみれた頭は膨張を始め、数分後には元の大きさと寸分違わない状態にまで復元したのだ。
失った疫病の首に代わって悪意の首が成長し、裂けた口を大きく開いたかと思うと、市街に雷鳴のような憤怒の咆哮を轟かせた。それをパトカーの車内で聞いた秋水は人形のように口をパクパクさせた。
「ワ、ワイバーンは双頭のドラゴンだったんだ! こりゃ大変な事になるぞ」
悪意の二足竜は、まだ酔っているのか足元がおぼつかなかった。気持ちよく寝ていた所を叩き起こされた怒りなのか、それとも酒乱なのか……、喉元を振るわせたかと思うと、一気にプラズマ状の火球を機関砲のように連射し始めたのだ。
まず犠牲となったのは陸上自衛隊の16式機動戦闘車で、回避する間もなく乱れ撃ちしてきたプラズマ火球をモロに食らった。自慢の複合装甲も高熱を放つエネルギー弾の前には無力で、一瞬のうちに搭載砲弾に誘爆して跡形もなく爆発四散してしまった。
それでもワイバーンの怒りは収まらず、付近の目に付く物全てを焼き尽くすような勢いでドラゴンブレスを吐き出すのだ。
南守山中学校周辺の半径数キロは、目を覆いたくなるような火炎地獄。
翼竜の羽ばたきは突風を巻き起こし、街に容赦の無い大火災を発生させる。炎の熱と漆黒の煙に逃げ惑う人々に追い討ちをかけるように、ワイバーンは信じられない連射スピードで火球を遠方に撃ち出す、吼えつつ、なおも撃ち出す。
そのうちの一弾が、駅前にあるマンション付近に落下して爆発炎上した。パニック状態となった人々をよそに、車外へと飛び出した秋水は、自宅崩壊の悪夢にひどく狼狽した。
「わあっ! 駅前が……! ……逃げて、母さん!」
最悪の展開となった状況に、心を掻き乱された魔法使いは立ち上がる。ドラゴンメイスを敵にかざしたティケは、極大魔法を呼び起こす呪文の詠唱に入ったのだ。
「ティケ殿! 何とか結界を張って奴を中に閉じ込めてくれ」
「分かったわ。気を付けて、カゲマル!」
ニヒルな笑顔をキメたヴァンパイア忍者は活動制限をものともせず、無防備な魔法使いからワイバーンの気を逸らすため、焼け石に水の手裏剣攻撃にかかる。
ちょうど、息を飲むような瞬間。……ティケの背後から不気味な影が忍び寄る。周囲の喧騒に紛れた幻影は次第に実体を現わすと、肌の露出多めなスーツ姿の女性となった。
その名はサキュバス。ティケと因縁を持つ者。
豊満な肉体美を誇る夢魔は、極限の集中を強いられる術中の魔法使いに狙いを定めると、背後から襲いかかるのだ。




