酔竜の宴
ワイバーンは喉元をひくひくさせると酒の臭いを嗅ぎつけ、鏡面のような筒状のタンクを路上に見付け出したようだ。そして結界を保ったまま翼を広げ、南守山中学校の屋上から飛び立つ兆候を見せた。
「よし! 引っ掛かった。イケるぞ! カゲマル、もう一押しだ!」
秋水がオッケーの合図を送るとカゲマルは、ボルドーやブルゴーニュの特級ワイン、最高級シャンパーニュ、大吟醸酒、ブランデーのV.S.O.P.やXOの瓶を惜しげもなく酒タンクの周辺に撒き始めた。
人類が生み出した珠玉の銘酒達はアスファルト上に飛び散ると、得も言われぬ芳香を周辺に漂わせる。それはもう、愛好家達を甘く天国に誘う危険な香りでもあったのだ。
もはや我慢の限界に達したのか、ワイバーンは2、3度大きく翼を羽ばたかせると、ゆっくり警戒しながら巨体を鳥のように宙に浮かせた。
「やった! ついに秋水殿の目論見通り、奴を誘い出すことに成功したぞ!」
秋水とティケが待つ所へと戻ったカゲマルは、興奮気味に報告する。
「う~ん、やるわね、秋水。さすがは私が見込んだ人……」
両手を組むティケのうるうるとした尊敬の眼差しに、思わず秋水は照れ隠しに頭を掻いた。
「いや、まだ作戦は始まったばかりだよ。これからが正念場だな」
彼の言う通りワイバーンはまだ迷っているのか、中学校の上空を滑るように飛行している。羽ばたくたびに嵐のような突風が巻き起こり、軽自動車を横転させたりした。
「よしよし……。さあ、こい!」
手に汗握る秋水の懸命な思いが届いたのか、ワイバーンは、とうとう意を決したように地上へと舞い降りてきたのだ。
「よしキタ~!」
市民達が固唾を飲んで見守る中、ラスボス然とした二足竜は、恐竜めいた鱗脚をアスファルト上に預け、その黒い爪を地面に食い込ませる。
間近で見ると、やはりダンプトラック並みにデカい! そしてゲーム中に聞いた事もあるような典型的鳴き声を天に向かって響かせると、徐々に焼酎で満たされたタンクの方へと翼を畳みながら近寄っていった。
すんすんと鼻を鳴らすドラゴンは、先ほどまで赤や青の色したドラゴンブレスを放射していた牙の隙間から、今度はらしくない涎を垂らし始めたのだ。それは誰が見ても怪物が、酒の持つ魔力の虜となった瞬間であった。
「秋水、あれを見て!」
押し殺したようなティケの言葉の先には、ステンレスタンクに頭ごと突っ込み焼酎をガブ飲みするワイバーンの姿があった。アルコールを喉に通すたび、槍先のような尻尾が左右に揺れ、空気を切り裂く音が聞こえる。
「そうだ……、その調子だ……。遠慮なく飲めよ、ワイバーン」
秋水が瞬きもせず推移を注視していると、ワイバーンはタンクから首を抜き、酒臭い息を満足げに空中へと放った。化物らしく大量の酒は、一瞬のうちに飲み干されたようだ。
しばらくの静寂が続く……。
陸上自衛隊をも含む周囲の野次馬が静かに様子を伺う中、カゲマルがウインクしながらサムズアップすると、千鳥足となったドラゴンが、おぼつかない動きでなおも2車線の道路を占有する。
そのまま何か大木が切り倒されるような音がした。
「やったぞ、秋水殿」
カゲマルの歓声が轟く頃、ワイバーンはティラノサウルスのような巨体をどっかりと道路上に伏したかと思うと、左右の翼をだらしなく広げた。長い首も力をなくし、それに連なるように頭を落としながら、駐車中のベンツを枕代わりとした。
ワイバーンは完全に眠りこけて、学校に張られた結界は消え失せたのだ。
学校内から、続々と解放された生徒達が逃げ出してくるのが見える。それを見届けた秋水は、すぐ横のティケに囁くのだ。
「よし、そろそろだ、ティケ! あの剣を貸してくれ。前回使ったライカンスロープの剣だ」
「ええ!? 秋水、まさか本当に自分でやるつもりなの?」
テンションが上がった秋水の眼は正に本気の色に燃えており、誰にも止められない勢いを内在しているようだった。




