Enter the Dragon
「……我に仇なす忌敵に、その持てる力を示す時きたれり! 結界破壊魔法!」
ティケは左右に交差させた両腕を、捻りながら回して逆交差させた。
次の瞬間には、彼女が持つドラゴンメイスの竜涎石に閃光が宿る。すると不可視な津波がワイバーンの結界に向かって押し寄せたのだ。
ワイバーンがバランスを崩した時、校舎を囲むシャボン玉の北半球のような結界が瓦解した。だが、バリアの再構築の早さは、捕らわれの身である教員と生徒達を失望させるに十分であった。
「ティケ殿! 危ない!」
怒りのドラゴンブレス火球が連射されると、地表の魔法使いに向かって落下を始める。――大爆発!
すんでの所でティケは、神速に近いヴァンパイア忍者に抱き抱えられて脱出できたのだ。
「カゲマル! ありがとう」
「気を付けろ、ティケ殿! 今までの敵とはレベルが違うぞ!」
イケメンの佐野影丸は、走り続けて何とか安全圏である路地裏まで退避できた。いくら魔法で日光が遮断されているとはいえ、昼間のヴァンパイアは、やはりパワーダウンしている感が否めない。
「さて、これからどういった手を打つか……」
カゲマルが息切れしてクラクラしている間もティケは、閉じ込められてパニック状態に陥っている生徒達を心配そうに見遣った。奴は悪意と疾病の破壊竜……、このままでは一人一人貪り食われたり、病に見舞われてしまうだろう。
ふと彼女は、細い路地の角から見覚えのある人物が自転車に乗って現れた事に気付いた。そして驚きの仕草で目を丸くした。
「……おいおいカゲマル、ティケを助けるのは僕の役目だぜ! ……なんて言ってみたかったんだ!」
「……! 秋水!!」
制服姿の西田秋水が、苦笑いの照れたような表情で2人の前に現れた時、魔法使いは感無量となったのか少し涙ぐんでいた。
「秋水殿! ずいぶんと遅かったじゃないか……」
「すまない、朝っぱらから腹の調子が悪くてトイレから出られなくなってたんだ」
「ははは、嘘をつけ!」
秋水とヴァンパイア忍者が嬉しそうに会話している間も、ティケは黙り込んで下を向き、複雑な表情でわなわなと震えた。
「……ちょっと秋水! どうして出てきたの? 一刻も早く家族と逃げなきゃ!」
それを耳にした秋水は困ったような、それでいて確固とした思いを秘めた熱い眼差しでティケと向き合った。……この表情と雰囲気、どこかで見た事がある。あれはそう、少し懐かしいディアブルーン。そこにいたのは勇者アスカロンの出で立ち……。
「秋水……」
「……ティケ、ひどいじゃないか。俺達、同じパーティーの仲間だったじゃない。いや! 今でも、たとえ現実世界でも俺達はいつも一緒だ」
「死ぬのも一緒ってか? 俺は不死身だけどね」
カゲマルのムードぶち壊しの言葉に秋水が怒る頃、ティケは2人に気付かれないように、そっと制服の袖で目頭の涙を拭ったのだ。その顔には、いつの間にか笑みが宿っていた。
「僕は、……何も玉砕しにノコノコと出てきた訳じゃないんだ。魔法も剣も使えない無力な中学生にも、たった一つの冴えたやり方がある」
「何だそれは?」
「それはここ……」
遠方で爆発音と悲鳴が轟く中、ティケとカゲマルは西田秋水が自分の頭を人差し指でつつくのを見た。
「人間には考える力があるという事だ。今から僕が考えた策を言うから、2人ともよく聞いて欲しい」
「さっきから恥ずかしげもなく、よくそんな台詞が言えるな」
「一言多いよ、カゲマルは……」
――円陣を組んだ、かつての勇者パーティーを壁際から伺う怪しい人影があった。
その影には抑揚があり、確かに女性形をしていたのだ。




