か弱き者達へのバラード
「うおおおおおお! 殺す殺す! ワイバーンがなんだってんだ! 絶対に殺してやる!」
半狂乱となって自転車を漕ぐ西田秋水は、激しい感情がない交ぜとなって涙が止まらなくなってしまった。
「僕から日常生活を、いや僕から全てを奪っていくのか! そうはいかねえええ!」
遠雷のように腹にずしん……と響く爆発音が連続してこだまする。
「行久枝ちゃん、ティケ! 待ってろよ!」
ペダルを漕ぎながら必死にディアブルーンをプレイしていた頃の記憶を手繰り寄せる。
――レベル未知数。存在が周知されている中では最強のドラゴン。
確かクリスタル・アイランドにワイバーン討伐に向かい、無事に生還を果たした勇者パーティーは皆無だったはず。つまり西田秋水には1ミリも勝算がない。どう足掻いても瞬殺だ。
『現実世界では享年14歳なのか! そんなの絶対イヤだ!』
額から流れ落ちる汗が涙と混ざって風早に雲散霧消してゆく。
いつもの退屈な通学路。道端のペットボトルにコンビニのゴミ袋。煩く乱舞する黒いカラスども。
何一つ変わらない。……野次馬に遠巻きにされた悪意と疫病の二足竜“ワイバーン”を除いては。
実際に肉眼で翼を持つ怪物を凝視すると、その大きさと迫力に気圧されて全身が硬直したようになる。
これで何度目だろうか……。目前に忍び寄る死の予感に秋水は震えが止まらなくなった。
南守山中学校の最上階に舞い降りたのは、ゲーム中のグラフィックと寸分も違わないルビーよりも赤い目をしたドラゴン。艶めかしい青光沢のウロコを全身に纏い、長い尾の先が鋭く槍状となっている。
すでに学校を中心とした魔法による結界を展開して、全校生徒1000人近くを閉じ込めてしまったようだ。朝から集まってきた命知らずな人達に向けて、太陽フレアのようなドラゴンブレスを吐き出している。
今はティケもカゲマルもいない。無力な秋水はいたたまれず、他の人達と同じように見守る事しかできない自分に嫌気が差したのか、降りた自転車のペダルを蹴っ飛ばした。
「どけどけ~! そこ危険だぞ!」
駆け付けてきた若い警察官達の怒号とエンジンの轟音にハッとなる。
タイヤが8つも付いたダークグリーンの超カッコいい装甲車が現場に到着した。
亀のような角張った車体に、菱形を組み合わせたようなデカい砲塔を載せている。
「すげ~、初めて見た!」
ネットで調べた事があるが、陸上自衛隊の最新装備である16式機動戦闘車に違いない。
輸送機で近くの空港まで空輸され、高速道路を飛ばしていち早くここまでやって来たのだ。
その迅速な展開力の前に、戦車は完全に置いてけぼりだ。
ただ自慢の105㎜砲は、人が作った兵器に対してのみ有効である。それは至って当たり前。そういう設計なのだから。
……ワイバーンの結界に対して物理的な攻撃は効きそうにない――。
そう思った瞬間、校庭の球場にある網を張った1番高いポールのてっぺんに、黒い幻影のような人影を見出した。
長い忍び刀を背負った奴は、腕組みをしたままワイバーンを見据え、襟巻きに風を孕ませている。
ヴァンパイア忍者の佐野影丸……カゲマルが昼間に姿を現しているという事は、ティケから日光遮断魔法か何かをかけられているのかもしれない。
そして西田秋水は思わず息を飲む!
……ティケ=カティサークが誰もいない校庭の中心で、ワイバーンに立ち向かっている姿を確認したからだ。
彼女は中学指定の制服姿であるが、自分の好みに合わせたかのような黒基調。スカート丈も若干校則違反なのか、細くて長い脚を惜しげもなく晒している。
美貌と力を兼ね備えた魔法使いは、綺麗に結んだ銀色のロングヘアーをなびかせながら、左手に持つ愛用のドラゴンメイスを軽々と掲げた。
強大なワイバーンに相対したその時、結界を無力化させる魔法の呪文を詠唱し始めているのだ。
「オイ、よせ! やめるんだ、ティケ!」
君は魔法を1回使う度に、1年寿命が縮んでしまうんだろ……。




