ドラゴンメイスの少女
西田秋水は、今日ティケとケンカしてしまった。
マンション1Fにあるティケの部屋で、一緒にTVゲームに興じている最中にだ。
本人によると、大した事ではないとの事であるが。
「ティケ! やっぱり君は前へ前へと行きすぎだよ。もっと慎重に物事を進めなきゃ」
「あら、そうかしら? ぐずぐずしていたら、転がってるチャンスをみすみす逃しちゃうかもしれないわよ」
2人は学校から帰ってきたばかりで、まだ制服姿だった。
ティケの部屋に秋水とその母親はちょくちょく訪れており、生活上必要な手続きや料理のお裾分け、その他色々家族同様に世話を焼いていたのである。
今日は初めて単独で部屋に上がらせてもらい、最初は緊張していた秋水だったが、部屋のレイアウトが全く同じだったので、もうすっかり慣れて女の子の部屋でくつろぎモードになってしまった。
――異世界からきた魔法使いの部屋ってどんなだろ?
秋水は興味津々でティケの部屋を覗かせてもらったが、至って普通。ミニマリストのように必要最小限の物しか置いておらず、3LDKの部屋はガランとしていた。
リビングと寝室しか主に使っておらず、後は物置というか物自体がない。これでは夜とか独りぼっちになった時、相当寂しいだろうな、と彼は思った。子供部屋丸ごと一つケサランパサランのケパに与えているという。何て贅沢な奴なんだろう。
魔女の隠れ家ということで、期待したオカルト的な物は皆無でガッカリした。てっきり黒猫やカラス、定番とも言える魔法の箒、得体の知れない呪術的な装飾品、あるいは薬壺などダークな物が置いてあると思ったのに。
そんなこんなで放課後に暇を持て余した秋水とティケが2人でできる事といったら、ゲームぐらいしかなかった。
マキちゃんと行った琵琶湖博物館のデートを台無しにされた事や、破壊された施設を地震とその後に入った物盗りのせいにした会話は盛り上がったが、謎の約束で実行した寺島行久枝との映画館デートの話をした途端、ティケ様はなぜか不機嫌になられたのだ。行久枝ちゃんとは毎日のように顔を合わせている友達であろうに。
「秋水! ゲームしよ! ディアブルーンみたいなやつ」
「おおう」
手土産に持っていったコンビニのプリンのスプーンを咥えたまま、ティケはテレビ台の下から最新ゲーム機のコントローラーを取り出した。さすが元オンラインVRゲームというか幻想世界の住人だ。RPGやアクション系ファンタジーのタイトルばかりであった。
「……大体、ティケはチートだから無茶しすぎだよ。人間は命に限りがあるからこそ危険を回避したり、危ない橋を渡ろうとしないもんだ」
「えへ! 私って向こう見ずなところがあるからね~」
「笑い事じゃないよ。カゲマルによると君のHPとMPは共有されているそうじゃないか。それはどういう事なのか分かってるの? 魔法を使えば使うほどHPが消費されて、いつかは0になるって事じゃない」
「あら、カゲマルっておしゃべりね。それは内緒の事なのに」
「1回極大魔法を使うと1年寿命が縮むって本当?」
「もうすでに100回以上、数え切れないほど使っちゃった!」
「それじゃあ! 平均寿命を考えても、いつ死んでもおかしくないじゃないか」
「そうかもね。ある程度回復魔法でマジックポイントは増やしてるけど」
「今後、魔法禁止!」
西田秋水の台詞を聞いて、さすがのティケもテレビ画面から視線を外し、真面目くさった顔を見据えた。
「ちょっと、何言ってるか分かんない」
「僕からの提案。君は普通の人間としても、この世界で生きていけるさ」
「もし、このあいだみたいにモンスターが現れたらどうするの?」
「それは……、皆で力を合わせて何とかするよ」
「魔法使いから魔法を取り上げるなんて、漁師さんに魚を捕るなって言ってるようなものよ」
「僕は君の事を心配して言ってるのに!」
「そうだとしても秋水、ちょっとひどくない?」
「何!? ひどいのはどっちだよ!」
そう言い残すと秋水は、リビングのソファから立ち上がり、ティケの部屋から足早に立ち去ったのだ。
「……分からず屋」
「秋水……」
ドアの閉まる音で、秋水とティケの小さな声は掻き消された。




