初デートは魚に囲まれて
爽やかさが感じられるパステルカラーのような青い空。そんな大気を気管支から肺に存分に満たしつつ、一行はバスで東の湖岸にある目的地まで辿り着いたのだ。
対岸に見える連山には薄らと霞がかかり、何となく翡翠色。それは湖面から蒸し発せられる細かな水の粒子の作用を感じさせてしまう。
琵琶湖博物館は様々なエリアに分かれており、まず向かった先は水族展示室だ。チューブ状の透明アクリルに囲まれたトンネル水槽が、秋水達をお出迎えする。
「わあ~! まるで湖の底を散歩してるみたい」
銀髪のティケが目を輝かせながら、頭上に泳ぎ回る魚を物珍しそうに観察している。
大きなビワマス、お馴染みのコイにフナが宇宙船のようにゆっくりと水中を駆け巡る。底の方には、とぼけた顔したナマズ達の姿も。
「魔法を使ったとしても、これはちょっとマネする事は無理かも。やっぱりこの世界の人達が考える事は、素晴らしいわね。ディアブルーンの人達にも見せてあげたい」
幻想世界の魔法使いらしいコメントだな、と秋水は思った。ティケの大きなブラウンの瞳に天井近くにある水面の光がキラキラと反射する。一方で大人しいマキちゃんは……。
「大っきい~、大っきい~! ……死んでる~」
マキちゃんが沈んでいる黒いナマズの数を数えているうちに、黄色いナマズを発見してそう叫んだ。
「ははは……、マキちゃん! そいつは死んでないよ。体色が突然変異で白っぽくなったナマズらしい。アルビノ種のイワトコナマズ? なになに、昔から竹生島に祀られている弁才天の使いとして漁師から崇められてきた?」
「弁才天ってひょっとして」
ティケがファンタジー要素を見出して食らいついてきた。おおう、さすがだな。
「確か弁天様っていう、女の神様かな」
「女神様か……。つまり黄ナマズは神の使いで、天使って訳ね」
「それにしても不細工なエンジェルだな……」
「ぷぷ! そんな事を言ったら魚の天使に怒られるよ!」
秋水とティケが楽しそうに笑うと、マキちゃんも一緒になって笑った。天使のいる水槽を背景に、スマホで2人の美少女を撮影したのだ。
その後もティケは珍しい魚やサンショウウオ、丸すぎる体型のバイカルアザラシなどを時が過ぎるのも忘れて興味深そうに眺めていた。どれも生まれて初めて見る物なのだろうか。
マキちゃんも飽きもせず、自分の好きな魚をティケと一緒に手を繋いで探していた。
――サンマは淡水魚じゃないので、ここにはいないと思うぞ!
このままでは丸1日潰れそうだ。まだまだ展示室はいっぱいあるというのに。
「マキちゃん! ジュースを飲んだ後、どこに行きたい?」
「ティケねーたん、どこでもいいよ」
マキちゃんはゾウさんの骨格標本がある展示室に向かった。古代のアケボノ象の模型もあるらしい。
「ゾウさん! ゾウさんがいるよ!」
マキちゃんはリアルなゾウさんの親子模型を目の前にして、嬉しそうに手を叩いた。それより喜んだのは、動いて喋る原始人の模型の数々である。
――中に人でも入っているのだろうか? これは何か特別なアトラクション?
「妙な原始人だな。そもそも何で、全身が緑色なんだ?」
「まるで生きているみたい。ちょっとリアル過ぎるよね……」
とか何とか言いながら、ティケはとっくに気付いていた。少し身構えて、マキちゃんを守るような体勢に入ったようだ。
槍や棍棒を持つ、小人のような異形の原始人集団。これらの薄気味悪い展示物は、博物館が企画した物でない事は明白だった。場違いすぎる違和感に、鈍い秋水もすぐにその正体を見破ったのだ。




