西田秋水の最後
ティケは長大なドラゴンメイスを軽々と振り回すと、召喚した地獄の猟犬に命じた。その美しい目には迷いの色などない。
「スペクターに、我が怒りの一撃を!」
灰色熊ほどの大きさがある黒妖犬ヘルハウンドは、垂れた耳と長い縮れ毛の間から瞳を赤く輝かせると、ティケに答えるように遠吠えした。
秋水は手に持つ水晶球を握り締めると、幻獣キャスパリーグの攻撃でもまるで歯が立たなかった相手に対し、ハイレベルの魔法攻撃を仕掛ける事に躍起となった。
「私の力を舐めるなよ! 隕石魔法を食らえ!」
長い呪文の詠唱時間を終えた憑依魔道師は、天空に向かって絶叫を絞り出した。すると遙か上空の空間にぽっかりと穴が開き、炎の尾を曳く岩石が束となりヘルハウンド目がけて落下してきたのだ。
南守山中学校の校庭に狙いを澄ませた落下物の衝撃は、付近一帯に大規模な揺れと黒煙を伴う爆風をもたらせた。
土遁の術が遅れたカゲマルは退避しようとしたが、まるで紙屑のように飛ばされる。数える事、本日2回目だ。
「ティケ殿~! 健闘を祈る~!」
校舎を軽く越える塵を巻き上げた隕石魔法の破壊力は、校庭にクレーターを形成すると土砂を雨のように降らせた。
秋水は必殺の魔法が炸裂した事に満足げだ。
「ふはは! 跡形もなく粉々に消し飛んだか……」
だが落下地点からやや離れた場所に、黒い塊がある事に気付いた。ヘルハウンドが身を固めて、召喚術者のティケを衝撃から守ったのだ。
「何ィ! あの爆発にも耐えただと!?」
片膝立ちで伏せていたティケはドラゴンメイスを杖にすると、ヘルハウンドの耳を撫でながら冷たく言い放った。
「……秋水、私がすぐに殺してあげるわ……」
「貴様! 本気なのか!?」
ティケは大声でヘルハウンドに下知を下した。
時を同じくして黒妖犬は短く咆哮すると、四肢を踏ん張る。すると獣身の周囲から青色に輝く球電が複数発生し、水平に回転を始めた。
「ヘルハウンド・ボールライトニング!」
ドラゴンメイスを振りかざしたティケが叫ぶと、4つの球電の全てが秋水に4方から命中した。
「ぐわあああアアア!」
瞬間的に感電し、青白く発光した秋水は、学校中に響くような声を上げながらスローモーションのように卒倒したのだった。
動かなくなった秋水の肉体から、何かがヌルリと浮かび上がってきた。灰色のローブと頭巾を身に纏った魔道師、スペクターの本体に間違いない。
「うぬう! 愛する男を躊躇なく殺すとは……! 貴様! それでも人間か!」
「……どうかしら? ねえ、ヘルハウンド……」
黒妖犬は、正に稲妻の早さで魔道師スペクターの背後に回ると、大口を開けた。
「信じられん、レベルが違いすぎる……」
幻影のようなスペクターは、ブラックホール状になったヘルハウンドの牙の間に吸い込まれると、二度と浮かび上がる事はなかった。手にしていた水晶球が地面に落ちて砕け散る。
「……秋水!」
全てを見届けたティケは、急いで秋水の亡骸に向かって走って行った。抱き起こすと、彼女のセーラー服と同じくらいに彼の制服もズタボロになっていた。
ティケの大きな両目から、宝石のような大粒の涙がこぼれ落ちる。
「秋水! 私の全てを掛けてでも、絶対に助けてあげる」
いつの間にかカゲマルも2人の傍に戻っていた。
「ティケ殿……」
涙を拭ったティケは、すっくと立ち上がると、ドラゴンメイスを掲げながら長い長い呪文の詠唱に入った。




