おっさん吸血鬼と聖女。ありし日の日常、あるいは前日譚
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「朝ですよー!」
ガッシャアア!
分厚く黒い遮光カーテンが一気に引き開けられる。
お部屋に容赦なく入り込む真っ白な朝の日差し。
「ギャアアアアアアアア!」
野太い叫び声。
声の主は天蓋付きのゴシックなベッドで転げ回るおっさんだ。
「おじさん、朝ですよ!」
にこにこと楽しそうに笑いながら、少女がベッドに近寄る。
そして、小さな体からは想像もできないほどの腕力で、ブランケットを引きはがした。
「おじさん、朝!」
「あのねえ……おじさんは、吸血鬼だから、朝日は毒なんだってば」
「もう、なにを言ってるんですか」
少女は笑う。
だが――男性は本物の吸血鬼だ。
かつては若さゆえにはしゃいでいた時期もあったが、ここ数百年はすっかり落ち着き、人を襲うこともなく――城の外に出ることさえなく毎日寝たり日用大工をしたりして過ごしていた。
そこに突如としてこの少女が現れたのだ。
桃色髪に桃色の瞳。布をたっぷり使った露出度の低い衣装を着た女の子――聖女。
彼女は語る。
「吸血鬼なんか、お伽噺の中にしか登場しませんよ! それより、社会復帰をしましょう! わたしも精一杯お手伝いさせていただきますから!」
『吸血鬼はお伽噺の中にしか登場しない』。
男性は実在し続け、かつては表で暴れ回っていたこともあったが――
長い月日のせいで、幻想生物にされてしまった。
なので現在、男性の扱いはどうやら『国の保有する古城に勝手に棲みついている社会不適合のヒキコモリ中年男性』のようだ。
そして聖女はその困ったおっさんを更正させに派遣されているらしい。
「……時代の流れは怖ろしいね……」
「大丈夫です! すぐに慣れます!」
「ともかくだね、私は――外には出ないよ」
「怖くないですよ? わたしもご一緒しますから!」
「怖いとかそういう話ではない。私は外に出る必要がないのだ。お金はあるし、そもそもあまり食べないし、外の世界に興味もない……」
「でも、一人でひきこもっていても、寂しいでしょう? お友達になりましょうよ! そして知らないことをいっぱい知りましょう!」
聖女は笑う。
男性は目を細めた。
……力の強い吸血鬼だ。
鏡に映ることも可能だし、流水をせきとめて渡ることだって造作もない。
わざとらしく叫んではみたけれど――日光だって、そこまで痛くもない。
だけれど、聖女の笑顔は男性にもまばゆすぎた。
どこまでもポジティブに、どこまでも思いやりをもって男性を外に連れだそうとする彼女。
まだまだ十五、六歳ぐらいであろう、男性から見れば幼いとさえ言えるのに、まるで聖母のような慈愛をにじませるこの少女は――
――性格が光属性すぎて一生わかりあえる気がしない。
「聖女ちゃん、君ね……君は『友達』とか『知らないことを知る』とかをさも『いいこと』のように語るが……世の中には別に友達なんかほしくもなく、知らないことは一生知らないままでもかまわないというような者もいるのだよ」
「でも、友達がいなかったら寂しくないですか? 悲しい時とか! 嬉しい時とか! わかちあえる仲間の存在は素晴らしいものです!」
「悲しい時は一人でひたりたいし、嬉しい時は一人で打ち震えたいものなのだ」
「えっと………………」
聖女が困ってしまった。理解できないらしい。
まさに光。
闇属性の男性とは相反する者であった。
「よかろう。聖女ちゃん――おじさんが、君に『一人のよさ』をレクチャーしようではないか」
「は、はあ……すいません、よろしくお願いします」
「いいか、一人で過ごすことにどのようなメリットがあるかだが……まずは『静けさ』。これがいい。静かな中、趣味の日曜大工に精を出したり、過去にひたりながら酒を飲んだり……そういう楽しみは、一人でなくてはできない」
「はあ」
「それから、自由。一人ということは、自由ということだ。他者の都合に振り回されることなどなく、また、他者を自分の都合で振り回してしまうのではないかという遠慮もいらない……誰かに拘束されないし、誰かを拘束しない」
「……はあ」
「わかってくれたかね」
「でも、友達がいても静かにはできますし、拘束してくるような友達ってそんなにいないものですよね?」
男性は力ある吸血鬼であった――最強であり、すなわち孤高であり、ようするにぼっちである。
友達なんか知らない。
「おじさん、まずはわたしとお友達になりませんか?」
「……いや」
「本来、『友達』は『わざわざ宣言してなる』ようなものではなくて、『自然となっている』ものだとおっしゃりたいのかもしれませんが……」
そんな発想自体がなかった。
友達とはそういうものなのか、と男性はただただ感心するばかりである。
「でも、かたちから入るのもアリだと思うんです。……どうでしょうおじさん、わたしとお友達になって、社会復帰を目指していただけませんか?」
聖女がキラキラした目で見詰めてくる。
なんという光だろう。あまり見詰め続けられたら、溶けてしまいそうだ。
あと――男性はおっさんであった。
若い女の子のお願いはなんとも断りにくい……!
「……まあ、君がそれでいいなら、いいが」
「やった! じゃあ、おじさん、わたしとお友達ですね!」
聖女が男性の手をとり、ぶんぶんと振り回す。
男性は力ある吸血鬼だったし――今だって力を失っているわけではない。
日光程度では軽いやけどさえ負わないほどの吸血鬼だが――
最近は聖女に手を焼いていて、この光をはねのけられそうもない。