眷属の介護事情
書籍化します!
8月24日(金)、ダッシュエックス文庫より発売!
眷属の朝は早い。
なにせメイドである。
本来は違う――『眷属』というのは、吸血鬼に血を分けられ知能や力を得た野生動物のことであって、『メイド』という役割を持つ者ではなかった。
しかし彼女の主は古城に引きこもって外に出ない。
その従僕として、自然、彼女は『家事全般を担う』イコール『メイド』として変化を遂げていったわけである。
だからもともとはただのコウモリだったけれど――
今は、黒髪で片目を隠した、幼い雰囲気の少女である。
「…………」
極度に無口な彼女の朝は、まずスタッと起き上がることから始まる。
なぜ効果音が『スタッ』なのかといえば、それは彼女の寝床が理由だった。
彼女は寝る時、大剣(主からのプレゼント)の柄に足を引っかけて、さかさまになって眠る。
このあたり完全にコウモリ時代のクセが抜けていない――ヒトガタとなってしまった彼女にとって、『逆さまになって眠る』というのはあんまり体によくなかった。
普通にニンゲンが使うようなベッドももらっている(主のハンドメイド)。
しかしそちらではどうにも寝付けないので、仕方なく未だに逆さ眠りだ。
こちらもコウモリ時代のクセの影響で寝る時は全裸の彼女は、起きて最初にまず衣服を身につける。
ロングスカートのメイド服。
これを身につけ、鏡の前で着こなしをチェックするのが、彼女の毎日行うルーチンワークである。
かくして部屋を出た彼女が最初にすることは、隣の部屋の訪問であった。
コンコン、と重厚な扉をノックする。
返事はない――いつものことだ。
彼女は無言のまま扉を開き、中へ入る。
部屋にはほとんど家具がない。
カーペットも敷かれておらず、フローリングがむき出しだ。
その部屋にある唯一の家具は部屋の中央に置かれた四人掛けのテーブルであった。
テーブルの上には、ドールハウス(主が作った)が置かれている。
眷属はドールハウスに近付くと、その小さな木の色を残した扉を、慎重にコンコンと叩いた。
「入っています!」
知ってる。
むしろ入っていなかったらどうしようかという話だ。
いつものような元気いっぱいの少女の声に、眷属は優しく微笑む。
それから、丁寧な手つきでドールハウスの扉を開けた。
そして――
「おはよう、ようせい」
ドアから内部をのぞきこみ、言った。
眷属をよく知る者ならば、この時点で動揺するであろう。
なぜならこの眷属――極度にしゃべるのをめんどうくさがるのだ。
それが自分から『おはよう』などと――主への朝のあいさつでさえ会釈ですます彼女が声に出してあいさつなどというのは、異常事態に他ならない。
だが、ドールハウスの主はおどろかない。
パタパタと『家』から出ると、背中に生えた四枚の半透明の羽根で羽ばたき――
眷属の目の前に、そのかわいらしい姿を現した。
妖精である。
とがった耳、露出度の高い緑色の服装。
美しい面立ちをした――手の平に乗ってしまうぐらい小さな、ヒトガタの生き物。
「眷属さん、おはようなのです!」
妖精は元気に言った。
眷属は妖精の小さなお腹を指先でぷにぷにしつつ――
「おはよう。けんこう、そうで、なにより……」
「妖精さんは筋肉とともにあるので、健康でないといけないのです。健康こそが筋肉であり、筋肉こそが知力なのです。妖精さんは賢いのです」
「うん」
言っていることはわからないが、愛しいのでとりあえず同意しておく。
眷属は妖精のことが大好きだった。
見てよし、触れてよし、舐めてよし。
今は許可が下りていないが、いざとなれば非常食にもなる。
なんて無駄がない生き物だろう。
ヨダレが出るぐらい大好きだ。
「あさ、だから、せいけつに、しないと、いけない……」
「妖精さん、お風呂なのです?」
「そう……せんじょう、しないと……ふけつは、だめ」
「わかったのです!」
眷属が朝一番にやることと言えば、『妖精を洗うこと』だった。
妖精はとにかく筋トレをやるが入浴という習慣がない。
また、そういう習慣を覚えさせようとしても知力がないので忘れる。
なので朝晩、妖精の衛生管理をするのは眷属の大事な役割なのである。
いざという時だって、清潔な方がいい。
だから眷属は背中側からティーカップとソーサーを取り出した。
その後なんやかんやで人肌よりちょっとだけ温度の高いお湯を用意し、カップに注ぎ――
バラの花びらを一枚、カップに浮かべる。
ふわりといい香りが漂う。
妖精はそこに服を脱いで――服を脱ぐことも最近覚えた――飛びこんだ。
「ふううう……妖精さんは毎日優しくしてもらって幸せなのです……」
「すとれす、は、ない、ほうが、いい……せいけつで、やわらかい、ほうが……」
「眷属さんのこと、大好きなのです!」
妖精はにこやかに言う。
眷属もまた笑う。
かくして眷属の一日は始まる。
二人の少女が微笑み合う姿は、美しいものであった。