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美少女吸血鬼と聖人。

※本編が書籍化します※

8月24日、ダッシュエックス文庫より発売!

「吸血鬼ちゃーん、朝だよー!」



 軽薄そうな男性の声が響く。

 彼は——眷属は目を開けた。

 飛びこんできたのは、問答無用でカーテンを開けていく、桃色髪の青年と——



「うーん……むにゃむにゃ……まだ朝だよお……吸血鬼は寝るの……ねーるーのー」



 ベッドで目をこるす、見目麗しい幼い少女であった。


 ……なにか異常事態が起きている気がする。


 眷属は己の体を見下ろした。

 そこにあったのは、執事服に身を包んだ、足が長くて背の高い青年の肉体である。

 だから眷属は察する。



「……ゆめ、か」



 フッ、と笑った。

 ——そうだ、現実ではない。


 実際には——

 この城に住んでいるのは、『おっさん吸血鬼と眷属』なのである。

 そしてたずねてくるのは『青年』ではなく『聖女』なのだ。


 つまりベッドの上の美少女は本来おっさんで——

 カーテンを開けつつ軽薄そうな笑みを浮かべる尻軽っぽい青年は、本来少女で——


 ……でもおっさんが美少女で少女が青年で?

 自分は?



「……」



 眷属は混乱してきた。

 だから細かいことを考えないようにした。


 美少女な主と、それに仕える背の高い自分。

 そして主をただのニンゲンだと思って毎日のように起こしに来る聖人男性。


 今はそれでいい。

 いつか覚める夢だとしても——

 今は、背の高い眷属のまま、主を支えよう。

 背が高いのはとにかく何事よりも優先されるのだった。



「吸血鬼ちゃん、朝だよ。朝。ほーら、起きて?」



 眷属が考えこんでいるあいだに——

 いかにもモテそうなイケメン聖人が、幼い少女の寝ているベッドに近寄っている。

 なんとも犯罪臭い構図だ。



「やだー。寝るのー! わたし吸血鬼だもん! 朝は寝るのー!」



 ちっちゃくてカワイイ美少女な主は、毛布をかぶって徹底抗戦の構えである。

 普段と男女が入れ替わっていると、こうも乙女な光景になるのかと眷属は感心した。

 聖人はふう、とため息をつき——



「そんなこと言わないの。ほーら、起きよう? 朝日を浴びて、運動して、社会に出てごらん? きっと素敵な毎日が待ってるよ?」

「朝日熱いから、いやー」

「ああもう、そんなにすっぽり毛布をかぶらないで……僕に君のカワイイ顔を見せてくれないかな?」

「……むー」

「見せてくれないなら——無理矢理見ちゃうぞ?」

「もー、聖人はいつも強引なんだからあ…………ばか」



 主が毛布からちらりと顔を出す。

 聖人はニコッと笑った。



「おはよう、吸血鬼ちゃん」

「……おはよ」



 ちょっと照れたように毛布で口元を隠しながら、主が言う。

 眷属はその光景を見ていて、血を吐きそうになった。


 なんていうか——おぞましい。


 なんであの二人あんなにイチャイチャしてるの?

 わからない……あの空気感が全然わからない……


 しかもものすごい疎外感まであった。

『二人の世界』すぎて、見ているだけで弾き出されそうな強烈なオーラを感じる。

 この性別逆転世界は自分の夢なのだと眷属は認識しているが——

 ——これは間違いなく悪夢のたぐいだと思った。



「……けんぞく、どうしたの? なんだか顔色が悪いよ?」



 主の声。

 眷属はハッとする。


 そうだ、ここは『二人の世界』ではない。

 自分がいる。


 そのことを思い出し——眷属は、主と聖人とのあいだに割りこむような位置に移動した。

 聖人がにこやかにあいさつをしてくる。



「やあ、眷属くんも、おはよう」

「……」

「ははは、相変わらず無口だねえ。大丈夫かい?」

「……?」

「眷属くん? 病院へ行くかい?」

「?」

「ああ、子犬が、子犬——の方は大丈夫みたいだね。でも眷属くんが目覚めないで——」



 ……夢が覚めていく感覚。

 眷属の目の前の景色にヒビが入り、砕け、そして——


 ——目覚めた。


 眷属は上体を起こす——どうやら床に横になっていたようだ。

 あたりには見慣れた景色。

 見慣れたカーペット、見慣れたクローゼット、見慣れた天蓋付きのベッド。


 自分をのぞきこむ主——白髪で赤い瞳のおっさん吸血鬼と、桃色髪の少女、聖女。

 あとなんか赤い小動物。


 後頭部が痛い。


 ——思い出した。

 そうだ、聖女と主にお茶を出そうとしたら、丸まっていたドラゴンを踏んで転んだのだ。



「眷属ちゃん、大丈夫?」

「……」



 心配そうにのぞきこんでくる聖女を見る。

 男じゃない。いつも通り、女だ。


 夢は完全に覚めたらしい。

 ひどい悪夢だった——が、示唆的な悪夢でもあった。

 だから眷属は、聖女の目を真っ直ぐに見て言う。



「……おまえに、あるじ、は、わたさない」

「なんの話!?」



 頭部をぶつけた後遺症だと思われたけれど、眷属は元気です。

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