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蒼天の雲(長編版)  作者: せんのあすむ
3/8

一部 小田原 弐

 先の話は、三浦半島の先端にある三崎城にて未だに頑強に抵抗を続けていた三浦導寸、義意父子を、伊勢平入道やその一族が陸上、海上とも封鎖し始める少し前、永正十二年三月末頃の出来事である。


 それ以前の永正七年七月、入道があの手痛い敗北を喫した時から、三浦氏との戦いは既に始まっていたのだ。彼らは入道晩年の最後にして最大の敵であったといえよう。


 入道が三浦道寸を岡崎から追い落として住吉城へ敗走させ、さらに住吉城も落として道寸をその嫡子である三浦義意の守る三崎城へ追い詰めたのが、永正九年八月。その三崎城をも落とすために鎌倉周りの玉縄へ、入道の次男、氏時へ命じて城を築かせ始めたのが同年十月のこと。


 また、関東公方家側でも永正六年より、長らく続いていた政氏、高基父子の争いに、永正九年、山内上杉顕実、憲房の家督争いが加わった上、顕実を政氏が、憲房を高基が支持したために、規模は大きいが傍から見ればただの親子喧嘩に過ぎなかったそれが、管領家にまでまたがる内紛にまで発展してしまっていた。これは結局、扇谷憲房がその父顕実の本拠である鉢形城を落として彼を追い、さらに顕実が逃げ込んだ先の関東公方の拠点、古河城からも公方本人である政氏と共に追い落とすことで一応の決着を見るのだが、つまるところ公方家も、山内上杉家も、自分の家から出た火の始末をするのに必死で、伊勢氏と三浦氏の争いに構うどころではなかったのである。


 そしてそんな双方の「忙しさ」がゆえに、古河公方との縁談の話は一時、なんとなくたち消えたような形になってしまった。


 だが、戦は続く。扇谷縁故の三浦一族と入道の一族との戦模様を、


「女子供には聞かせても」


 と、たまさかに小田原へ寄ることがあっても、祖父は決して語らなかった。


「勝ちにせよ、負けにせよ。我らが無事の帰還が、何よりの報告になろうよ。万が一負けまいたら、必ずや急の使いを差し向けようゆえ」


 女子供だからと言って決して粗略にするのではないが、戦のいちいちについて細かく告げてもただ案じさせ、いたずらに騒がせるだけ…その考えはずっしりと長氏の心に根づいていたのだ。


 さても、永正十二年秋。彼が玉縄の平野で扇谷上杉と戦を繰り広げていた折、


「大殿。まっこと、相済みませぬ」


 言って、今しも玉縄城で夜の床につこうとしている彼の部屋へ、転がるように駆け込み、手をつかえたのは松田左衛門である。


「いきなり何事じゃ」


「は、それが、その」


 言いよどんだ左衛門の後ろから、慌しい二、三の足音が響いたかと思うと、


「おじじ様。志保がお訪ね致しました」


 ついに、いてもたってもいられなくなった志保が、玉縄を訪ねてきたのである。それは山の木々がすっかりその葉を赤く色づかせ、しかし未だに異様な暖かさが続いていた頃だった。


「おお、これは…志保殿か。またなんと」


 今日もようよう、扇谷の軍勢を追い返したばかりとはいえ、まだ戦渦のさなかである。その中を、市右衛門やその他、小田原に残されていた若者たちを従えて、昼夜駆けてきたのだと彼女は簡潔に述べて左衛門の隣へ同じように手をつかえた。


「志保も、おじじ様に従い、戦へ出とうござりまする。お許し願えませぬか」


「フム」


 すると祖父は、強張った孫娘の顔を見ながら、その無礼と無鉄砲を咎めるどころかにこにこと笑い、


「ちょうど良かった。これ、この爺の背中をな、掻いてくだされ。戦がてら玉縄のお城の具合を見ておる最中にな、暑うなったからともろ肌脱いで油断しておりまいたら、見事にこれ、この真ん中辺りを季節外れの蚊に喰われてしもうてのう。いやはや、痒い痒い」


 畳の上へどっかとあぐらをかいて、それぞれの膝へ左右の手を載せながら、よっこらしょとばかりに志保へ背中を向ける。


「…『また』、にござりまするか」


「おお、『また』じゃ。ほれ、ちゃっちゃと掻いてくだされ」


 此度ばかりはきっと祖父は叱るだろうと思っていた孫娘は、その言葉に少し苦笑する。その拍子に、強張っていた頬が少しほころんだ。


 膝を突いたまま祖父のそばへにじり寄ると、


「この爺の背に触れるのは恐れ多いと皆が申しての、たれも掻いてくれぬ。爺の背中を思う存分掻いて下さるのは、志保どのだけじゃ。偉くなるというものは不便なものよのう」


「おせなの、どこがお痒いのでござります?」


 彼女が物心ついたときから、入道はこのように彼女を「使って」きた。それだけ彼はこの初孫を愛し、かつ甘えて心を許しているのである。それは志保のほうとて同様で、香のすがすがしい匂いの染み付いた祖父の体臭を常に嗅ぎ慕い、一族や老臣どもが畏れ敬う彼と一つの襖に包まって眠ったことが幾たびもあるのだ。


「…おじじ様」


「おお」


 しばらくして、志保は動かしていた手を止めた。祖父が頷くと、彼女は改まって畳に手をつかえ、ついた膝をさらに祖父のほうへ進めた。彼女の顔は緊張に強張っている。


「…戦の中を、よう来られたの」


 口を開きかけた彼女に先んじて、祖父は言った。驚いてその横顔を見つめた志保へ向き直った祖父の顔は、もう笑ってはいない。


「お願いにござりまする。ま一度、聞いてはいただけませぬか」


「聞かせなされ」


「はい」


 祖父が静かに言いながら、脱いでいた寝巻きを着直して襟を正す。それが終わるのを待って、


「志保にも、初陣のご許可を下さりませ。志保も他の男どもに劣らぬ働きが出来まする」


 そこまで彼女が言いかけると、ふすまの外の廊下で慌しい足音が聞こえて、月の光を背にした二、三の人影がすらりと部屋のふすまを開く。


「志保っ」


「お父上様」


 ちょうどそこへ帰ってきていた父が、八重の祖父である多目権兵衛を従え、顔をしかめながらそこに立っていた。


 氏綱は先だって、長氏に命じられていた大庭城攻略をやっと成し終えたばかりである。


 大庭城は一族の「敵」、扇谷朝興の持ち物であった。朝興は三浦道寸へ好意を寄せてい、ために道寸をかの城に入れたなら、朝興は必ず出てくる。そうなると、前後を敵にはさまれることになって甚だ厄介である。それではこちらに不利だというので、長氏は先手を打って氏綱へこの城を落とすよう命じていたのだが…。


「馬鹿を申さず、こなたは小田原へ帰るのじゃ! 未だにこの父だけでなく、お爺殿までも煩わせるか」


「父上は私の気持ちなど分かっては下さらぬ。じゃによって、ここまで来たのでございます。お叱りは、重々…ですが三年前、鎌倉にておじじ様が詠まれたというお歌を、何度も胸の内で繰り返しておりますうちに、たまらなくなりまいて」


「…フム。そうか、そうか」


 静かに微笑んでいた祖父が、そこでつるりと顔を撫でる。照れている彼へ、


「『枯るる樹に また花の木を植え添えて もとの都に なしてこそみめ』でございましょう。齢八十を越えて尚、意気お盛ん…繰り返し詠じまいて、体中が熱うなりまいた」


 孫娘は目を輝かせてさらに言うのである。


 鎌倉は、鶴岡八幡宮様を中央に据え、若宮大路がまっすぐに伸びている街である。その鎌倉の様子が、長氏が噺に聞いていた昔の鎌倉の街とはまるで違っていたのだという。頼朝が開いた幕府があるのとないのとでは、かほどに違うものか…。


 故に、自分の手で花の木を植えなおして、元のように賑やかにしてやろうではないか、と、その心持ちを祖父は詠んだらしいのである。


「それゆえ、志保もおじじ様とご一緒に、その夢を見たいと願ったのでござりまする」


「女子供を戦の真っ只中へ連れて行けるものか。小田原を出立する折にも何度も申したであろうが。控えよ」


 決して引かぬ娘へ、氏綱はいらいらと扇を弄びながら怒鳴るように言う。


 戦の前に女人に触れるのは不吉であるとされていた時代である。父の言い分ももっともであったし、何よりも城主の娘とはいえ、女の姿が戦場にあれば兵士たちの士気が緩もう。


「邪魔にはなりませぬ、私だとて槍や剣はふるえる。そこらの男どもに負けぬ働きが、きっとできまする」


「志保! 我がままも大概にさっしゃい!」


「氏綱どの」


 孫娘を思わず怒鳴りつけた息子の名を、祖父が静かに呼んだ。皆が、はっと『一族の棟梁』を振り向く。その視線を受けながら、


「申しあげたであろ」


 祖父は再び、にこ、と笑う。


「そのようにつけつけと言うては、聞いてもらえるものも聞いてもらえぬとなあ。それに、このように志保どのをお育て申し上げたのは我らじゃ。まあこちらへお座りなされ」


「は…」


 手で差し招かれて氏綱は、間口近くの畳の上へどっかと腰を下ろし、荒々しく鼻から息を吐き出した。二人の家臣はそのまま、襖の向こうの廊下へ神妙に手をつかえ、控えている。


「志保どの」


「…はい」


「…女はのう、お家を守るのがお役目じゃ。なるほど、こなた様も武芸は他の者に劣らぬ。だがそれは守るために役立てるもの。万が一我らが倒れた場合、こなた様が我らに代わってまだ乳呑み子のお千代殿をなあ、守らねばならぬのじゃが」


 志保と「お千代殿」氏康の生母であった氏綱の正室は、氏康を生んでまもなく亡くなっており、その後に継室として氏綱の室へ入った今の母は、正室と同じ京の公家である近衛尚道の娘である。


 この時、その腹になる為昌や、後に川越城を半年間守り通した綱成の妻となる大頂院殿などの異母弟妹らは、当然ながらまだ生まれておらず、よって「おじじ様」や志保の父にとっては、志保とお千代殿だけが「子」だったのだ…。


「こなた様はまこと、勇敢なお子じゃ。おなごでありながら戦へ出たいと思わっしゃる、その意気、また良し。古の巴御前が如くなり」


「おじじ様」


「氏綱どの、しばらく」


 それへ氏綱が向き直り、何か言いかけたのを祖父は片手を宙へ泳がせて制した。


「ですがなあ、志保どの。念のためにお尋ね申し上ぐる」


 では許可をもらえたのかと早合点し、目を輝かせた孫娘へ、


「逆になあ、この爺の目の前で、もしもこなた様が敵の槍にかかって亡くなられたら、この爺や父御、そして左衛門やその他の、こなた様を大事に思うておる老臣おとなどもは、どう思うであろうとのう。特に左衛門や市右や…八重の嘆きは深かろう。そのことを考えてみられたことはあるかの」


「…」


「こなた様は、なんと申してもやはりおなごじゃ。男どものようには参らぬ。それ、そのようになあ、口を尖らせずお聞きなされ」


 不満気に口を開きかけた孫娘を制し、


「こなた様は、優しさにすぐる。よって、小田原へ帰られたがよいと、すぐに爺は思うた」


 祖父は静かに言う。


「これは異なことを仰せある。志保はおなごにしては口が過ぎ、強気にすぐるのではありませぬか」


「いや、それは違う。志保どのほど優しいお子はおらぬ」


 氏綱が言うのへ長氏は首を振り、


「戦はなあ、つまるところは人殺しじゃ。我らが兵とて、初めて人を切りまいた折には、ぶるりと震えて己の一物から小便を漏らしたものさえある…そのような優しいものには戦は向かぬ。さらに問おう。こなた様は、この爺や父御が血飛沫上げて倒れたなら、我らの屍を踏み越えてなお、敵へ向かうお気持ちになれるかの」


「そのようなことは…まず何におきまいても、おじじ様や父上の御様子を改めることが」


「左様、こなた様なら必ずや、そうお考えであろ」


「おじじ様」


「戦場とはな、そのように非情にならねば…鬼にならねば、待つは死。そのような場所なのじゃ。この爺でさえも、時折震えて槍を落とす…戦へ出るたび年も年ゆえ、今日が最期の我が命かと思うて…だが、のう」


 皺の深い、ごつごつと節くれた両手がぬっと伸びて、孫娘の頬を強く挟む。


「こなた様が、日ごろ茶や歌を詠むよりも熱心に励んだ武芸をなあ…役立てたいというお気持ちも分かる。じゃによって疾くお帰りあれ、とは思うたが、良いわ。思いつめてここまで来られたものを、むざとは帰せぬ」


 そこで、再びちらりと息子へ目をやり、長氏は言った。


「我らが負けねば良いことじゃ。市右衛門を従えてゆくがええわ」


「おじじ様!」


「父上!」


 途端に志保の顔は輝き、逆に氏綱の顔は険しくなる。それに構わず長氏は、


「戦というものが真実、どのようなものか…志保どのがその目で確かめられよ。自らそう仰せ出だされるということは、志保どのとて鬼になる覚悟が出来ておるということであろ。この爺とともに、出陣されるがよい」


「はい、それはもう…たまわりまいた! 誓って、足手まといにはなりませぬ」


「フム」


 気負った返事をする孫娘を、むしろ面白そうに見、「よい子じゃ」と繰り返しながら、そのつむりを撫でた。 


 どうなることかと廊下で手をつかえていた老臣二人は、これも苦い顔を見合わせ、氏綱は諦めきったように鼻から大きく息を漏らす。


(父には、父の考えがあってのこと…)


 でなければ、目の中に入れても痛くないほどに愛している初孫を、思い切って戦場に出そうとするわけがない。必ずや、「勝つ」という、それなりの腹積もりを持っているに違いない。その上でこの跳ねっ返りで向こう見ずな孫に戦場のなんたるかを思い知らせようとしているのだと考えることにした。


(承知。我らが負けぬ戦を)


 なんといっても、長氏と氏綱とでは、生きてきた年数にもゆうに二倍の開きがあるのである。人生経験も、人を見抜く目にも到底氏綱はその父に及ばない。


「ではおじじ様。志保はこれにて」


「フム、よっくと休みなされよ」


「はい」


 ようよう素直に頭を下げ、興奮に肩をいからせて去っていく娘を苦笑でもって見送りながら、


「では、私もこれにて」


 氏綱もまた立ち上がり、襖を閉めようとするところでちらと後ろを振り返った。


(我らが負けぬ戦いを。誓って)


 じっと彼らを見つめていた父へ、氏綱は瞳にその思いを込めて見つめ返し、頭を下げたのである。




 こうして、入道の孫娘を含めた伊勢軍は、いよいよ本格的な三浦氏の包囲戦に入ることになった。


 三浦氏の現当主、三浦導寸は関東管領の片割れ、扇谷上杉氏より三浦氏へ養子に入った人物である。道寸というのは僧門へ入ってからの僧号であり、本来の名は「義同よしあつ」と言った。


 その晩年には相模中央に位置していた岡崎城を領有しており、彼の息子である義意には三浦半島の先端にあった三崎城(新井城)を守らせていた。三崎城には篭城しても三年は兵士をたっぷり食わせることが出来るといわれている穴倉(千駄矢倉)が備わっており、そこへ三浦道寸は兵糧を溜め込んでいる。よって万が一のことがあっても、その穴倉は必ずや三浦の助けになろう…故に、


「いずれあの老いぼれはくたばろう。それまでの辛抱である」


 何といっても若い自分達の方が勝つ、と、三崎城へ逃げ込んだ導寸は憎憎しげにうそぶいているそうな。


「さあて」


 三浦方へ放ってあった間諜の報告を、長氏は明けて永正十三年正月、完成したばかりで木の香の強く漂う鎌倉の玉縄城で受け取った。彼は広間の正面に座し、床机に片肘をつきながら、下座へ神妙に控えている彼の子らと志保とを見やって苦笑と共に言ったものだ。


「三崎のお城の食料が尽きるか、それとも我が寿命が尽きるか…それが勝負どころだと、道寸は申しておるそうな」


「は…」


「は、ではないわ。こなたもな、ま少し周りに懼れられぬようでは話にならぬぞえ」


 その言葉に、彼の息子はただ恐縮して頭を軽く下げ、気難しげにしかめた顔の、鼻の頭を己の人差し指と親指で摘んで口をへの字に結んだ。翻って言えば、志保の父御、長氏の嫡子である「父に似ず、頑固で融通の利かぬ氏綱殿」は、かほどさように見くびられていたということであろう。


(なんと無礼な)


 そのやりとりを、神妙に控えてただ見つめているような志保は、三浦方の『暴言』へそう思うと同時に、ただ縮こまっているように映る目の前の父を歯がゆく思った。


「おじじ様」


 膝でにじり寄って口を開くと、


「おお、何かな、志保どの」


 父は「またでしゃばりを」と渋い顔をするが、祖父はにこにことそれを受ける。


「お味方の海上封鎖も、ほぼ完璧に出来上がったと聞きました。もはや三浦の三崎城には、危険を冒して海路より食料を運びに参る味方もないそうにござりまするなあ」


「そうじゃ。我らが海軍に加えて、土着の豪族の海軍も我らが味方に加わってくれたからの。陸路も、こうして我らが玉縄でしっかと腰を据えておれば、蟻一匹通すものではない」


「では」


 志保は、さらに上段の祖父へにじり寄った。


「なにゆえ、一気呵成に三崎のお城へ参られませぬ。我ら若い者は、見せ場がないとじりじり致しておりまする」


「フム」


 娘の分を超えた振る舞いを、氏綱は怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えて堪えた。戦場へ出るならもう一人前ゆえ、口出し一切無用という父の言葉を律儀に守っているのだ。


 志保の言うとおり、入道が鎌倉周りに築かせたこの城は、ぽこりと突き出た三浦半島にちょうど蓋をしたような格好になった。これにより、半島先端の三崎城へ逃げ込んだ三浦道寸と扇谷上杉との陸路をほぼ遮断したといえよう。


「爺はな、待っておるのじゃ」


 しかし、やはりにこにこと笑いながら、長氏は孫娘へ言って聞かせる。


「三崎の城はなあ、志保どのも薄々お聞きお呼びであろうが、堅固な上に食料をたっぷりとその懐へ抱えこんでござる」


「はい」


 …岡崎、三崎の城はいずれも肥沃な坂東平野の『入り口』を陸路、海路ともちょうどふさぐ要塞ともいえる場所に位置しており、長氏が常々言う「一族の支配を武蔵野へ広げる…」希いを果たすためには、どうしても滅ぼさなければならぬ存在だった。


 また、長氏が小田原城を獲る際に、元小田原城主であった大森藤頼を急襲し、扇谷上杉朝良の元へ走らせたが、この大森氏は三浦導寸の母の実家であった。彼は『先代』小田原城主氏頼の外孫に当たり、したがって藤頼は「おじ」ということになる。道寸のほうでもまた、敬愛していた外祖父とおじの一族を小田原から追ったということで、伊勢一族へ恨みを抱いていたといえなくもない。余談ながら、上杉方へ逃れた藤頼が、その後伊勢入道へ報復戦を挑んだという話はついぞ聞かぬが…。


 道寸自身、なかなかに聡明な人物で、慎み深く養父時高に仕え、家臣の心を深く捉えるまでになったのだが、故に養父の嫉妬を買った。


 よくありがちな話ではあるが、時高に実子が生まれると、道寸は時高より明らかに邪魔者扱いされるようになったという。それに危惧を抱いて仏門に入って頭を丸め、導寸と名乗ったのだ。俗世と縁を切った、これでまさかに命までは狙われまいと思っていたのだが、案に相違して養父はなおも執拗に彼の命を狙う。よってついに腹に据えかねて時高を逆に倒し、その後を襲ったものである。


 だが、それでも三浦家に仕えていた家臣の中からはほとんど何の不服も出なかった。家臣らもよほどに時高の導寸への扱いにというよりも、領主としての無能さに愛想を尽かしていたのだろう。事実、不当な扱いを受ける彼へ、密かに同情を寄せる家臣も意外なほどに多かったのだ…。


 そしてまだ玉縄城が建造中であった永正十年九月二十九日、長氏によって一色村にまで追い詰められた道寸が、扇谷上杉氏に援軍を求めた。それに応じて上杉氏の派遣した太田資康が玉縄城へ攻めかかったが、これもまた、志保の叔父、氏時によって撃退され、資康は討死を遂げている。


「太田資康は、道寸の娘婿での…道寸が頼りにしておった『足』の片方じゃ。それをわれらがくじいたゆえに、やっとこさ彼奴めを三崎の城へ追い詰めることができたのじゃが」


 そこまで話して、長氏は膨らませた鼻の穴から勢いよく息を吐いた。


「敵の大将である道寸も、敵兵一人一人も、そして団結力も、ひょっとするとまだまだ我らよりずんと強いやもしれぬ。まともに当たっては、民より預かってきた貴重な命をまた、散らしてしまうことになる」


「…」


「よって、爺は兵糧攻めを取る事にしたのじゃ。三崎の城に蓄えてある食糧もいずれ食い尽くされる時が来る。人間、腹が減っては戦が出来ぬという言葉どおり、そうなった後で、もしかこちらへ彼らが攻めかかってきても、彼らには槍を振るう力さえない道理じゃ。出来ればそうなるしばらく前か、すぐ後に降伏を促そうと爺は考えておる。流される血を出来る限り少なく、のう。しゃにむに攻めるだけが戦ではない。覚えておかれるがよい」


「はい」


 なるほど、耳を傾けてみればさすがに祖父の思案には筋道が立っている。志保や市右衛門ら、若者達から見れば気の遠くなるほどにじれったい「攻め方」ではあるが、


(どこからも味方は来ない…救援も届かないように手を打って)


 着実に相手の喉を締め上げていく。確かにこの方法だと味方の損害が最小限であるばかりか、敵の戦意もくじこうというものだ。


 むろん、この「包囲」の間、三浦方に味方する豪族や扇谷上杉がただ黙って指を咥えていたわけではない。玉縄の平野を巡って何度となく繰り返されていた小競り合いの主な相手は、扇谷朝良の後を継いだ朝興率いる上杉軍であった。朝興は同族出身であり、扇谷上杉家の相模における拠点のひとつを守る道寸を助けようとて執拗に攻めかかってきていたのである。


 時には、玉縄城をめぐる堀周りへも少数ではあるが扇谷軍が迫って来、


「市右ッ! 存分に引き寄せてから縄を切れッ」


 留守居を命じられている志保は、彼女の側を離れず守ることを「大殿」から固く言いつけられた松田左衛門、市右衛門の祖父孫へ号令を飛ばす。後頭できりりと高く結い上げられた黒髪は、白く冴えた彼女の頬へ時折散り掛かり、艶かしささえ覚えさせる。


 それを惚れ惚れと見上げながら、


「応!」


 市右衛門は気負って答え…夜の見回りもおさおさ怠りなく遂行しているせいであろう…たいまつの火の粉が飛んで黒くなった頬を窪ませながら、さらに大声で志保の命令を下知する。長氏から教わった「防御法」を、このように志保自らが実践せねばならぬことも折々にあった。


 指揮官である志保の号令と共に、大岩をくくりつけた縄を兵士達が次々に断ち切っていく。城壁の斜面を転がる大岩は、壁に取り付いていた扇谷上杉の兵士達をたちまち押しつぶし、堀の水面へざぶりと凄まじい音を立ては消えた。


 岩と城壁の斜面とに押しつぶされた敵兵が、まるで車輪に引かれて道の上へ臓物をさらけだした蛙のように見え、当初は足がすくんだように動けず体を震わせた志保も、戦を重ねるうちにどんどんその意識を摩滅させていったのである。彼女の父である氏綱としては、彼女がいかに口では勇ましいことを言っていても戦を間近で見れば肝を冷やし腰を抜かし小便さえ漏らして小田原に逃げ帰ってくれるはずと思っていたにも拘らず。


 いくら「所詮は女」と見くびっているように思えても父親の気持ちとしては娘を戦になど出したくはなかったのだ。だからきついことも言う。しかし、彼の娘は、父親が思っていたよりもはるかに豪胆な性根を備えていたらしい。


 そして、ようやく雪が消えつつある三月上旬より、ますます敵側の攻撃は激しくなる。富士の高嶺に未だに白く彩る雪をほぼ無意識に見ながら、何度そうやって戦を重ねたろう。


「お味方は勝利に勝利を重ね、今日も扇谷を追い払った由。被害は極わずかであるとか」


「…それは重畳」


 左衛門の報告へも、彼女はものうく頷くのみ。被害些少とはいえ、味方の兵が実際に死んでいるのだということも、志保にはどこか遠い世界のことのように思えた。


「大殿様も、氏綱様、氏時両名様を従えなされて、大手門をくぐられて参られます。ほれ、あすこに」


「アア」


 今日も今日とて夕暮れの中、馬の蹄を響かせて、鎌倉周りで戦っていた兵士達が凱旋してくる。それを自分の右で並んで見ていた天守から、左衛門が指差して叫ぶ。疲れた志保は軽く顎を引くのみである。


 玉縄の城は彼ら城兵ばかりではなく、乱波によっても守られていた。それゆえに祖父は半ば以上安心して、志保やその世話役である松田左衛門へ託したのだ。左衛門は、氏綱は無論、志保も産声を上げたまさにその直後から面倒を見てきたと言っていい。入道の大切な孫娘を預けるのにこれ以上の打ってつけの人物はいない。


(それにしても、戦とは思った以上に気力を消耗するもの…)


 勝気な性分ゆえ、祖父や父には面と向かって言葉にしたことはないが、


(少々…疲れたかもしれぬ)


 己のわがままで玉縄の城へ入ったとはいえ、ほぼ二週間ごとに戦さである。敵が攻めてこない時でも、攻めて来る時と同様、神経を研ぎ澄ましておかねばならぬ。まこと、戦とは尋常な神経を持っていては勤まらぬらしい。弱音を口にはしないが、「おじじ様」でさえ時に震えて槍を落とすこともあるという戦場は、彼女の精神を確かに削ってはいたのだ。


「しょう様。今宵は桜を見るのにちょうど良い月夜にござりまする。それになんと、しょう様のお誕生日ではございませぬか」


「…そうか。何やら暖かくなったとは思っていたのだが」


 彼女の左を守っていた市右衛門のその言葉でやっと、春が来ていたのだと思い当たって、志保は苦笑した。


(春が来たことにも、己の生まれた日にも気づかなんだとは)


 何よりも彼女が愛した季節であったはずである。


 桜の香よりも、血と汗のにおいがふんぷんと漂うこの状況では、心がささくれてゆくのも無理はないと思いながら戦ううち、いつも祖父と共に愛でていた季節も駆け足で過ぎ去ってゆく。しかし彼女は、削られた精神すらすぐさま瘡蓋によって閉じるかのように、より一層豪胆な性根を作り上げていったようであった。


 そして桜が散り終えた五月上旬。祖父は、ついに「たとえ朝興が攻めかかってきても玉縄城は揺るがぬ」との確信を持ったらしい。 


「ほぼこの辺りは片がつきましたゆえ、いよいよ三崎の城へ参ろうと思いましてな」


 汗のにおいの染み付いた具足姿のまま夕餉をとっている最中に、一族郎党の前でそう告げた。全身の血が沸き立つような気がして思わず両の膝へ爪を立てながら、志保は息を詰め、身を乗り出して祖父の言葉の続きを待った。


「この城は、氏時殿に任せる。わしが去ればまた、扇谷上杉などが侮って攻めかかってくるやもしれぬが、守りきれ。万が一の時には伝令を寄越しなされや。わしのほうからも救援を出そうほどに」


「はっ。誓ってお言葉どおりに致しまする」


 叔父が神妙に頭を下げるのを満足そうに見た後、長氏は氏綱と志保へ向き直った。


「こなたらは、この爺と共に。三崎の城より三浦方を一歩も出さぬようにする。ゆるゆる途中の豪族どもを平らげながら、城より二里ばかり離れたところに陣を築けるようにの。早晩、その準備にとりかかってもらいたい。氏綱どのも申しておった三戸村の光照寺、あれを本陣にお借りする。あくまでも寺の方々には丁重にな」


「はっ」


「はい」


 父とともに頭を下げて、志保は握り締めた拳にじっとりと汗が流れていくのを感じていた。


 いよいよこの目で、祖父が見た夢を同じように見ることが出来るのだと思うと、体中の血がかあっと熱くなる。


 そのあくる朝、次男氏時を玉縄に残し、長氏は軍を率いて早速行軍を再開した。三戸村までは玉縄より八里ほどの距離である。長氏が三浦半島へ出兵する以前より、その付近の豪族はすでに「異国から来たよそ者」ではありながら、鮮やかな施政を敷く伊勢入道に感服していた。よってさしたる戦いもなく鎌倉、津久井、当麻など相模北部は全て伊勢氏の支配下に置かれていったのである。


「この調子ですと、大殿…我らの夢が実現されるのにさほど時はかかりますまい」


 たまさかに血迷って槍を突きかけてくる三浦方の雑兵などを、馬上で無造作に切り下げながら、市右衛門が興奮しきって話しかけてくるのへ、志保もまだまだ紅い頬を膨らませて頷いた。


「おじじ様が御心配されておわした真理谷水軍も、我らが海軍に阻まれて手も足もでぬ由」


「我らの勝利は間違いないでありましょうのう、しょう様」


 志保が率いるのは、まだ戦の経験の浅い者や、経験は豊かではあるが激戦には向かぬ老兵たちである。まず、留守居にはうってつけであろうと長氏が配慮したのだが、


「いつもいつも留守居に回されてなあ、他の者のように戦功が挙げられぬ」


「それは致し方ありませぬ。我ら、まだまだ未熟ゆえ」


 先へ駆けてゆく父たち同様、馬を駆って三戸村へ向かいながら、志保は鬱積した不満を漏らす。それを苦笑で受け、


「我ら、まだまだこれから。大殿やご世子(氏綱)様には到底及びませぬ。まずはじっくり他の方の戦ぶりを見ておけとの大殿の御配慮にございましょう」


 市右衛門は慰めた。志保もまた、苦笑する。


(戦へ加えてもらえるだけでも良いと思うていたのに、人間とは欲の深いもの…)


 確かに、焦っているのかもしれない。なんといっても己は「女」であり、どれほどそれをもどかしく思って稽古に精出ししていたといっても、根本的な力や体格の相違は如何ともしがたい。頭で思っているように体は動いてくれない。それは骨身にしみて思い知らされてきた。そして今回も、女でありながら参戦した志保を、内心鬱陶しがっている兵士がいるということも彼女は知っている。


「ですがしょう様」


 目指す本陣、光照寺が、晩春の眩しくなりつつある光の中に見えてきた。「北条殿は、『悪さ』をしない…」とは知っていても、民衆はやはり息を詰めてそれぞれの家の中に隠れているらしい。人っ子一人見当たらぬ沿道には、ただ、伊勢軍が駆る馬の蹄の音や、剣戟の音が響くのみである。


「しょう様、ですが私は、貴女様とこうやって戦へ出られて、まっこと、大変に嬉しゅうございます。それに、そう思うております者は、私だけではござりませぬ」


「ありがとう、市右」


 それらの大音響の中で、幼い頃からの友の励ましを志保はしっかと胸へ受け止めた。


 やがて馬の駆ける速度が緩んだ。馬から下りて寺へ続く石段を上がると、本堂の前で先に着いていた祖父が、


「よう無事にお着きやった」


 にこにこと笑って彼女らを迎える。


「これよりの戦はなあ、負けることがないゆえ、のんびりと構える。よってこなた様もそのおつもりでな」


 境内には木陰が多いとはいえ、日差しの中を駆けて来た兵士達は一様に汗をかいている。手水のところに群がっている彼らを見やって、やれやれという風に笑い、


「こなた様も、市右も、寺の方々に申して湯など使わせていただきなされ」


 祖父は陣幕の中へ姿を消した…。




「公方を戴き、助けねばならぬお役目を捨てた管領家など恐れるに足らぬが」


 南北朝の内乱を辛くも逃れた鎌倉時代以来の名刹や古刹なども、この両軍の小競り合いで大半が失われ、


「まこと、心が痛む…」


 と、長氏はこの長い滞陣の間、幾度も嘆息した。


 長氏自身が決めた法律である「早雲寺殿二十一箇条」において、彼は「仏神を信ずべきこと…」と書いている。宗派の垣根を飛び越え、志保の祖父にとってあらゆる寺社は、全ての人の祈りが込められた、心のよりどころとなる場所なのだ。そればかりではなく、戦時に己の家を焼け出されて行き場の無い村人の、身を寄せる場所でもあった。


 それが、


「すべて無うなってしもうては、我らも鬼と罵られましょう」


 永正十三(一五一六)年、六月。


 「入道のない玉縄など、恐れるに足らぬ…」とばかりに、またもや性懲りもなく扇谷上杉が攻めてきたとの報を受け、光照寺の伊勢軍本陣は慌しく動いていた。長氏の指示に従って、二千の兵をこの場へ残し、残り五千は長氏と氏綱それぞれが率いて朝良を挟み撃ちにしようと出立の準備にかかっていたためである。その中で、


「このあたりの者どもの救助を、お留守の間、我らにお命じ下されませ」


 志保が祖父の袖を捕らえて申し立てていた。


「飢え、渇いているのは三崎の城にいる者どもばかりではござりますまい。我らが海三方に合わせて陸の四方全てを包囲してしまっておれば、民衆にも日々の糧が入らぬようになる道理。それゆえ、我らが戦場に携えた備蓄でもて、彼らをお救い下されたく」


 老骨に堪えるからと、鎧を一切まとわぬ法衣の袖を引いて、懸命に言う孫娘の申し条を、長氏は目を細めて聞いた。


 一も二もなく「諾」を与えて、祖父は馬の腹を蹴る。


「難儀しておる民を助ける…これもなあ、戦わずして勝つ戦の一つではないかの?」


 次々に出立していく馬の蹄の音を聞きながら、背後のそれぞれ左右に立った左衛門と市右衛門へ、志保は振り返りながら笑ったものだ。


 実際、その時の志保の策ほど、「伊勢氏」の信条に沿ったものは無かったろう。三崎城にこもる三浦方をなるだけ刺激せぬよう、困窮していた戦争難民達の救助活動は、早速始められた。


(飢えておるなあ…)


 お抱えの軍医や薬師へ命じつつ、自らも兵糧米を運ぶなど救護に当たりながら、志保は、ぎらぎらとただ目ばかりが光っているその付近の村民達を、特に子供達の様子をつぶさに見、心を痛めた。


 梅雨の時期である。どこへも行くあてのない民たちは、焼かれた屋根をそのままに、雨ざらしになっている。それら民家の修理を志保が命じたのは言うまでも無いが、特に彼女の哀れを誘ったのは、村はずれに無造作に作られた、まだ新しい土饅頭の群れ…墓であった。その前に植えられた、可憐な白い花が無残に踏み荒らされているのを見て、


(申し訳ない)


 戦の巻き添えで死んだ民たちへ、たれが手向けたのかは知らぬ。だが、その心を思えばあまりに哀れで申し訳なく、志保は救護の合間に村はずれへ出かけ、白い花を植え直すようになった。


 三浦との争いは、彼女が陣の留守居役を引き受けた時から不思議なほどに無い。その日もようよう『彼女の戦』を終え、とある民家を出たときには、珍しく雨は止んでいて雲の隙間から月が顔を覗かせていた。


(あの花は)


 根付いたろうか、と首を左右に曲げながら彼女は思う。くたびれ果ててしまっていたが、一日でも見ねば気が済まぬ。市右衛門そのほか、兵士達も灯した松明の元で未だに忙しく救護の手を動かしており、


(大事ないであろ)


 供についてこられるのも面倒だとの思いから、志保は独り、こっそりと村はずれへ向かったのである。


(根付いたようじゃの)


 その、名も知らぬ白い花はどうやら土饅頭へ一応は再び根を下ろしたらしい。そして、この辺りは今、志保達が救護活動を行っている三崎城に一番近い村よりもさらにそちらへ近い。三浦方が篭っているその城は、ここから見ると暗闇の中、城内のたいまつに照らされて浮き上がっているように思える。


 時折、顔を上げて城を眺めやりながら、志保がかがみこんで、そのあたりの土をそっと抑えていると、


「このあたりの娘か」


 鎧の音とともに、よく通る声が背後からかけられた。思わず腰のものへ手をやり、身構えながら立ち上がって振り向くと、


「この墓に詣でているのか」


「…はい、いいえ、あの」


 いつの間に現れたのだろう。花へ気をとられるあまり、背後がおろそかになっていたらしい。己の迂闊さに志保は臍を噛む思いだった。


 しかしこの時に生じた動揺は努めて表に出さぬようにしながら見詰めたその者は、どことなくやつれた顔はしているが、志保がいつも接しているような身分の低い者ではなさそうである。緋縅の鎧に黒烏帽子といういでたちのその青年は、少し笑うと彼女の方へ近づいてきた。


「私も気に病んでいた。戦続きで、村の者達にも多大なる迷惑をかけている上に、死者に手向けられた花も馬の蹄で踏みにじった…それが気になって城より抜け出してまいったのだが」


 今宵、やっとやってきたのだと彼は言う。年のころは志保より五、六は上であろうか。


「北条の者が、近隣の村へ来ていると聞いたが…乱暴はされておらぬかの。いや、北条なれば、我ら武士ならいざ知らず、民には乱暴はせぬであろうの。そもそも、民を見捨てて己らだけ、食い物携え城へ逃げれば、民心は離れる道理じゃ」


「は…」


「健気に腰のものなど携えて。無理をさせているな。まこと、相すまぬ」


 そして彼は、どうやら志保を土着の民の娘と思っているらしい。なんと答えてよいのか戸惑っている彼女の傍らで、地面へ片膝をつき、夜風に白い花をそよがせる土饅頭の群れへ若武者はそっと手を合わせる。その横顔をしばらく見つめた後、


「あの、貴方様は…いえ」


「うん?」


「なんでもございませぬ」


 一体たれなのかと問いかけて、志保は地面へ再びかがみこみ、花の植わっている土を再びそっと抑える。すると、


「手伝おう」


 若武者はポツリと呟き、彼女の隣へかがんだ。


(猛々しい武士のなりながら、なんと優しい心根)


 土を盛り上げただけの墓の前で、ともに白い花を植え直しながら、志保は時折かの武士の横顔を盗み見る。いわゆる足軽のような下卑た風情でもなく、猛々しさの中にも一種、涼やかなものを漂わせているように思えるのだ。


 しばらくして、


「…白いの。白すぎる」


「…は」


「先ほどまでは気づかなんだが」


 ふとその手を止めて、彼も志保を見つめた。先ほどまでの優しさが消え、厳しく鋭い光がその目から放たれている。


「こなたの手は、さほど荒れておらぬな。それに顔も…白すぎる」


 指摘されて、志保は思わずはっと手を引っ込めた。そこへ、


「しょう様ッ!」


 馬の蹄と共に、友であり家臣である若者の声が響く。同時に志保とその若武者の間を、空を切って槍が飛び、


「何者ッ! しばらく控えよっ」


「市右…ッ」


 それは志保と若武者よりも一、二間離れた地面へぐさりと突き刺さって重く震える。


「…こなたは?」


 しかし慌てもせず、かの若武者は、やってきた乱入者へ静かに問いかけた。その側にいた主を乱暴に手元へぐいと引き寄せ、


「松田城城主、松田左衛門が孫、市右衛門! こちらのお方は我らが御大将、伊勢入道が孫姫におわす! みだりに近づくことは相成らぬ。見れば只者とは思えぬ。及ばずながら手前、お相手を」


 市右衛門は開いた片手で腰のものへ手をかけた。


「市右、やめよ」


 志保がそれを制すると、


「…そうか。そうであったのか」


 若武者は呟くようにそう言ったのみである。目から放たれていた鋭い光はみるみるうちにその鋭さを失い、


「平入道が孫娘…このような、三崎に近い場所へ単騎でのお出ましはあまり感心出来ぬな。それに、失礼だがそちらの者では私の相手にはならぬ」


 苦笑と共に、彼は続けた。


「武士は戦場で戦うもの…ごめん!」


 そしてそのまま、彼はくるりと背を向けて去っていこうとする。その方角には大きな楡の木があった。そちらから馬のいななきが聞こえてきたところを見ると、どうやら彼もまた、単騎でここまで駆けてきたものらしい。


「あの、お待ちを!」


「…何かの?」


 呼び止めた志保へ振り向いた若武者の目は、先だっての優しさを取り戻している。それへ胸の高鳴りを覚え、そのことに狼狽しながら、


「貴方様は、どなたにござりまする」


 先ほど問いかけて止めた問いを、志保は口にした。


「敵じゃ…こなたの敵よ」


 青い月光が、彼女に応える彼の口元へかすかに浮かんだ苦笑を浮かび上がらせる。


「三浦義意。道寸義同が子じゃ」


 その言葉は、志保と市右衛門の足を一瞬すくませた。もしやとは思ってはいたが、さすがにそれほどの者だったとは思いもよらなかったからだ。その隙に若武者は素早く楡の木へと姿を消したのである。


「…なんにせよ、無事でようございました…まこと、肝を冷やしまいた。どうぞお独りでのご行動はお控え下さりませ」


「アア…フム」


「とまれ、戻りましょう。よりによって敵の大将の息子がこのようなところへ来ておったとは…今晩のことは、この市右一人が胸に収めておきまする」


「…アア」


 やがてその木の下から馬の蹄の音が遠ざかっていくのを聞こえてきた。市右衛門が懇々と諭すように言うのへ、志保は呆然と三崎城を見やりながら頷いている…。




 それから、さらに一月経った。鬱陶しい梅雨の空は明け、初夏の太陽がぎらぎらとまぶしく伊勢軍本陣とその周囲を照らし始めていても、難民への救護活動は続けられている。


(管領家を追い払ったゆえ戻るという報せはあったのじゃがなあ。おじじ様はいつお戻りになるやら)


 蒸し暑く、蚊などもやけに多い。いぶすための煙が、伊勢軍兵士達によって少しずつ建て直されつつある民家のそこここから立ち込めてい、


(暑いのう。水も食料も絶たれたあの城はもっと暑いであろうの…義意様は)


 とある民家から出て三崎城を見やりながら、志保は義意を思った。


 義意は、勇猛さを謳われた三浦一族の中でも、特に武勇に優れた、まだ齢二十そこそこでしかない若者だった。いずれ兵糧は尽き、腹が減れば兵士たちの気力も萎えよう。たれが見ても先行きに暗雲しか垂れ込めていない三浦一族の心の張りは、まさに彼一人によって保たれていたと言っていい。


(ゆえに、おじじ様は義意様をお味方にと考えられたのだ)


 「伊勢一族」から見れば、義意をそのままに生かしておけば、必ず彼は「氏綱殿」にとって手ごわい敵となる。だが、手ごわい敵ほど逆に、味方になればこれ以上はないと思えるほどに頼もしい存在になり得る。長氏は、義意の若さと武勇を何より惜しんでいたのだ。己の年を考えているのかと、敵に嘲笑されるような「気が長いのやら短いのやら」な、兵糧攻めに入った長氏の心はどんなであったろう。


 ぽこりと小さい腫瘍のように出張ったような形の三浦半島の海上三方は、三浦水軍の奮戦こそあったものの、今や伊勢氏のおびただしい船によって封鎖されている。さらに陸上においても、半島の入り口を玉縄城で蓋をされてしまっては、いかに勇猛さを謳われた三浦一族でももはやなす術はあるまい。いくら待っても、どこからも援軍は来ないのである。否、伊勢入道が来させない。義意の正室の父、すなわち彼の舅にあたる真理谷氏は水軍を持ち、その勇猛さを誇っていたが、それですら圧倒的な伊勢軍包囲網の前に退却を余儀なくされていたのだ。


 そしてそのことを、三浦方でもよくよく承知しているはずだった。道寸の外祖父である大森氏頼の家を志保の祖父が滅ぼす結果になったとは言っても、


「戦とはそのようなもの…つまらぬ意地を捨て、ともに手を携えることが出来たなら、新しい国を作れようものを」


 伊勢軍にとっても三浦軍にとっても、気の遠くなるようなこの包囲戦のさなかで、祖父はそのことをも合わせて嘆いた。


(今こそ、その時ではないか)


 その祖父は、父を伴ってそれぞれ玉縄へ、当麻へ、出て行って留守である。祖父も父もいない間の、ただの「留守居役」ではなく、三浦との間に和睦を結ぶことが出来るなら、それこそ第一級の戦功であり、祖父の意思に沿うものではないだろうかと、


(和睦を…あのお方なら分かってくださる。義意様…あの方なら。もう一度、お会いして)


 そう思うと、眠っておかねばならぬのにますます目が冴える。ついに彼女は寝床からむくりと起きだして、自ら具足をつけ始めた。会いたいと、異性にそう願うことが既に相手を恋うているのだと、この時の彼女が自覚していたかどうかは分からない。


「しょう様。いずこへ」


 さっと襖を開けて縁側へ出ると、かすかに虫の鳴く声がする。部屋の前で護衛をしていた市右衛門が、軍装の彼女を見咎めて声をかけるのへ、


「これから、私は三浦方へ和睦を勧めに参る」


「あの、和睦を…?」


「そうじゃ」


 潜めている声が、つい大きくなる。幼馴染へ頷き返して、志保は縁側から庭へ降り立ち、寺の裏口へ向かった。昼夜交代で三浦方の動向を見張り続けているため、昼間出陣した兵士達はどうやらぐっすりと眠りこけているらしい。『夜番』の兵士達の喚きが時折寺の中へ聞こえては来るが、そのほかは至って静かである。


「おじじ様も望んでおられること。敵も味方も、これ以上の犠牲を避けるために…あの方なら、きっと話は通じよう」


「あの方…あ、では義意…どのに直接掛け合うおつもりで」


「そうじゃ、いけぬかの?」


「なりません! 断じてその儀は」


「なぜじゃ?」


「三浦方には、岩のような意地がござる。数年前もお祖父上が何度、彼らへ降伏を勧めたとお思いか。そのたびに大殿の書状も一顧だにされず、使者は手ぶらでむなしく戻ってござる」


「だが、私が行けば違うかもしれぬ。私が勧めるのは降伏ではない、和睦じゃ。やってみねば分からぬ」


 言いながらも、志保は裏口の木戸から素早く外へ出る。この主君が、言い出したら聞かぬ性分であることを重々承知しながら、市右衛門はなおも言い縋った。


「しょう様! 大殿や氏綱様のお留守に勝手に動かれまいて、万が一のことがござりまいたら」


「万が一が無いようにする。私ひとりで行くゆえ、こなたは待っていれば良い。それにの」


 形ばかりに作られた石段の途中で足を止め、志保は振り返って嘆息する。


「我ら味方や地下の者ども…我らが助けようとしておる領民どもばかりが人間ではなかろう。それらよりももっと飢え、渇いておる者どもが三崎にいる。領民どもの家族らが兵に取られておるからの。我らの戦略のために彼らの親兄弟が飢えて死んでいくのじゃ。それをこなた、何とも思わぬかの」


「は…」


 このたびの「救護活動」で、初めは敵意を剥き出しにしていた民も、近頃では「北条殿は悪さをせぬとの噂は本当であった」と心を開いてくれた。だが、その夫や父、そして息子や兄は今でも挑発された先の三崎城で、三浦方の兵として戦っているのである。


「…では、この市右だけではなくて、貴女様の後ろにおります者どもへも、お供をお許しくださりませ」


「何?」


 思わず振り返ると、なるほど、友の言うようにいつの間にか彼女の背後に十数人の若者達がいて、それらが一斉に膝をついて控えた。


「和睦を勧めに参るにも、供揃えは必要でございましょう。皆、何がありまいてもしょう様をお守りすると固く誓い合った者ばかりにござりまする。お供をばお許しくださいましょうや」


「…参る。ついて来たい者はついて参れ。ただし、のう」


 彼らの気持ちがさすがに嬉しく、しかし多少の照れくささも手伝って、


「戦にはならぬであろうから、褒美はないであろうがなあ」


 志保は彼らの脇をすり抜けて木立の中の坂道を下って行ったのである。


 満月に近い太った月が、空の少し西よりでこうこうと彼らを照らす。


「今頃、我らがおじいは、しょう様ご不在に気づいて慌てふためいておるやもしれませぬ。いつものごとく、難儀しておる住民をお救いに参られたのだと思うておったものが」


 刻一刻と近づいてくる三崎城は、伊勢軍の本陣と同じようにたいまつが点々と灯されており、まるで昼かと見まごう明るさだった。


「ふふ」


 志保の走らせている馬の横へ、これもぴたりと己の馬をつけながら市右衛門が話しかけるのへ、彼女は苦笑する。


「じいは心配性ゆえ…和睦の使者は、戦時下にあっても切らぬのが礼儀じゃというが」


「三浦方は、我らを嫌いぬいておりまするゆえに」


「意地、かのう…それとも、我らが『よそ者』ゆえにか、私のおじじ様が大森どのを滅ぼしたゆえにか」


「いずれも我らには分かりかねますが」


 いよいよ城壁から二里。三崎城にはたいまつは灯っているものの、まるで生きているものの気配すら感じられぬ。


「おじじ様の兵糧攻めが効いておるのかの…」


(だとしたら、不憫なこと…)


 人間は、食わずとも当分の間は糞尿を垂れ流す。それが春や秋であればいわずもがな、夏になると城近くの村にまで漂って耐えられぬ臭気を漂わせるのだが、


「…ひっそりと致しておりますな」


「今少し、近づいてもよいかも知れぬなあ」


 志保や市右衛門、そのほか兵たちが馬を下りて徒歩になり、足音を殺してひそと三崎城の大手門前へ近づくと、その辺りは突如さらに明るくなり、


「北条の奴ばらじゃ! 者ども、出会えぃっ!」


 三浦方の武将が叫ぶ。同時に城壁からも雨のごとく矢が降り注ぎ、


「しまったッ!」


 市右衛門が舌打ちして吐き捨てるように言う。


「しょう様、敵は聞く耳持ちませぬ。ただちに引ッ返して…」


「三浦方の兵よ!」


「しょう様ッ!」


 己の手を引こうとした友を振り払い、志保は大手門へ向かって声を張り上げた。


「我ら、和睦の使者として参った! 敵意はござらぬ。ゆえに武器を収め、門を開かれよ!」


「女が使者だと、たわけたことをほざくなッ」


 しかし、彼女の言葉に返ってきたものは、前にも増して激しい矢の雨である。


「義意どのに会わせ給え! 北条の孫娘であると申せば分かる!」


「しょう様をお守りせよッ!」


 矢の雨は、ますます激しい。


「しょう様ッ…!」


 志保をそれからかばって彼女の背へ手を回し、引きずるように城壁から遠ざかろうとした市右衛門の体が、突如地面へ崩れ落ちた。


「市右…?」


 咄嗟のことで、呆然と友の体を見下ろした志保の瞳に、市右衛門の喉を後ろから射抜いた矢が映る。


「しょう様、馬へ!」


 付き従っていた他の若者が、青ざめた顔で叫ぶ。その若者も背に矢を受けて倒れ、気がつけば大手門は内側から開かれていた。


 何と言ってもこちらは「和睦」のために来たのである。腰のものは携えていたと言っても、不意を突かれた上に相手は重装備なのだ。


「…今更和睦とは片腹痛い。北条の孫娘とか申したな」


 志保に付き従っていた若者達は、見る間にその大半が討たれて地面へ転がった。志保をかばうように彼女の周りを取り囲んだ生き残りも、たやすく縄を打たれて捕らえられ、地面へ転がされる。


「…三浦の者は、馬の上から物を問うのか」


「フン。小ざかしい」


 鼻の先へ突きつけられた槍は、月光を受けて青く光っている。それを静かに見返して志保が言うと、


「我らが若殿を識っておるらしい口ぶり、怪しげなり。どちらにせよ只者ではなさそうだ」


 げそりとこけた頬に、ギラギラと光る目で彼女を睨み、その武将は馬の尻を向けた。


「縄かけて、主の前へ引っ立てよ。供の者も同様にな」


 たちまち、志保や生き残りの若者達は縄を打たれる。だが、それが済んでしまうと、その様子を見守っていた三浦の兵たちは一様に槍へもたれて、地面へペタリと尻をついた。




(どうやら、我らへ先ほど仕掛けた攻撃は、気力のみによるものらしいの…)


 生気がない、と、志保が感じたのは嘘ではなかった。事実、志保らへかけられた攻撃は、志保が捉えられたとみると長い嘆息と共にプッツリと止み、辺りは再び静まり返っている。


 縄をかけられた志保が歩かされた三崎の城の廊下や、庭先のそこかしこに槍を抱えて蹲っている足軽どもの顔はいずれも明らかにやつれており、たまさかにこちらを見る瞳には、それでもぞっとするほどの敵意がこもっている。


(食物をまるで摂っていない…伊勢憎しとの思いのみでもって、三浦の兵は戦い続けているのだ)


 医師でない志保にもそれが分かった。


(死んでも良い)


 小突かれつつ歩きながら、血が上って白くしびれたようになっている頭の中で、


(市右が、死んだ…他の家の子、郎党も)


 志保は考え続けた。貴重な命や友ばらを己の拙い思いつきから死なせた。ならば将たる己もまた死ぬべきではないか。その前に祖父の希いに沿うよう和睦を勧めよう、万が一にもそれが聞き入れられぬ場合は、


(舌食い破って自害するまで…)


「これは、紛れもなく北条の姫じゃ。手荒な扱いはならぬ」


 やがて、父道寸は疲れ果てて眠っているから起こすなと言いながら、三崎城の一の廓へ義意は姿を現した。彼女を認めて驚いたように二重の目を丸くし、それから細くする。


 とつおいつ、思いつめていた彼女は、


「…縄を解いて差し上げよ。供ばらもな」


 義意が、彼の前に据えられた志保を見て言った言葉に、反って血の気が引いていくのを覚えた。


「しかし、若」


「父上には告げるな…いや、よい。告げてもよい。どちらにしても詮無い事ゆえ」


 敵意に血走った目、そそけだった頬で詰め寄る家臣へ、彼はどことなく寂しく笑う。


「義意様ッ」


 その彼へ膝を勧め、


「和睦を…降伏ではありませぬ。私の一存ではありますが、和睦を勧めに参りました。どうか受け入れて下さりませぬか」


「…」


 すっ、と、彼の目が再び細くなる。左右へ並んだ三浦方の武将の目に、


(まっこと、伊勢は憎まれておる…)


 たちまち「今更…」と、さらなる憎悪がみなぎるの志保は感じた。


 三浦の「飢え」は、たれあろう、彼女の祖父がもたらしたものなのだ。彼らにとってみれば、まさに鼻先で笑うしかないではないか…。


「失礼ながら、私めが拝見しまいたところによりますと、足軽どもは満足に食も摂れておらぬ様子…私なぞが申しても詮無いことながら、哀れでござりまする。これ以上の戦は義意様もよう御存知、無意味でございます」


 それでも志保は必死に言い募った。


「我が祖父も…伊勢入道も、これ以上血が流されることを望んではおりませぬ。貴方様のお父上様へもさることながら、貴方様にも我ら、何の恨みもございませぬ。共に手を携え、歩んでいけたならと…祖父の希いはこれすなわち、私の希い。私は…これ以上、義意様と戦いたくはないのでございます」


「…こなた様という娘は」


 言い終えて肩で息をする志保へ、義意は優しく哀しい目を向ける。その目を向けられて、


(私は…彼を恋うていたのだ…)


 志保はやっと気づいたのだ。


 義意には、すでに真理谷氏の娘が正室としてある。今だとて正室は、この城のどこかで兵士達とともに想像を絶する空腹に耐えていよう。


(どのようなお方かは知らぬが、もしも私であれば)


 彼とともに戦場を駆け巡ったかも知れぬと、志保は哀しく思う。


「若、これがあの、にっくき老いぼれの孫娘に相違ないならば、我らが捕らえたが幸い。格好の質になりましょう。さもなくんば、切り捨てまいて屍を送り返せば北条の士気は」


「ならぬ」


 家臣の献策を一言で切り捨て、


「こなた様は和睦の使者として参られた。そうであるな?」


 義意はゆったりと彼女へ近づき、片方の膝をついた。


「…はい。祖父は関係ございませぬ。あくまで私の一存にて。女の浅知恵とはいえど、己の義に殉ずる覚悟はありまする」


 鋭い瞳を見返し、志保は頷く。捕らえられても決して泣かず、物怖じしない「北条の姫」へ、義意は軽く好意の微笑を漏らし、


「聞いたか? 和睦の使者は切らぬのが慣わし。ただでさえその半数を我らは『誤って』討ってしまっておる。これ以上の殺戮は三浦の恥になろう」


 顔を上げて家臣を見回した。


「頼朝公の時代より、傍流とはいえ続いてきた我らが家のなあ」


「義意様。どうぞ、和睦を」


「北条の、勇敢なる姫よ。市右とか申したあの若者は…いや、今ここにおらぬとなれば、それは我らの所為であろう」


 志保の縋るような眼差しが下に逸れた。義意もまたすっと目を伏せ、


「…こなた様がご覧の通りじゃ。我ら将はともかく、足軽一兵卒にはもう、槍を持つどころか立ち上がる気力さえない…こなた様のお祖父上は、敵ながら見事である」


「それゆえ、どうか…」


「しょう殿、と、申されたの」


 その名を、目線を上げて義意が呼んだ。たちまち熱い雫が志保の両目から溢れ、頬を濡らしていく。


「こなた様の仰せられるように、和睦を…そうするのが、一番の道であろう。だが、今我らがここで和睦を結んでしまえば、これまで我らを信じて散っていった兵達に相済まぬ。それに私も今更、北条の入道の申し条には従えぬ…これはおなごには到底分からぬ意地よ。こちらの実情を告げたことで、乗り込んでこられたこなた様への礼とする」


「義意様! 今更、ではありませぬ。遅くはござりませぬゆえ、どうかお聞き入れを」


「北条の姫君と供ばらを、丁重に大手門までお送りせよ」


 叫ぶ志保から背を向けて立ち上がり、義意は言った。


「北条本陣へ使者ご一行が本陣へ辿り着くまで、手出し一切無用。彼らを傷つけた者はこの義意が切る」




 こうして、志保は限り無い空漠感と共に帰陣したのである。ちょうどその頃、祖父と父は、玉縄城を攻めた扇谷朝興を完膚なきまでに叩きのめし、ついに後方の江戸城へ立ち退かせて意気揚々と帰陣したばかりであったのだが…。


 日付はもう変わっていて、真夜中過ぎになっている。だのに伊勢本陣の光照寺は沸きかえっていた。玉縄の七曲りより氏時が繰り出した兵と共に、扇谷を挟み撃ちにしただの、朝興はほうほうの体で逃げ帰っただの、兵士達が声高に話している中を志保が通れば、しかし瞬時に彼らは口をつぐみ、頭を下げる。


 強張った顔の志保が中央の大きな陣幕の前へ進むと、控えていた兵士がさっと幕を開けた。中にいて、松田左衛門となにやら話していた父が、彼女を振り向いてたちまち眉をしかめる。


 その前へ、


「…ただ今、戻りましてござりまする」


志保は生き残った半数の若者どもとともに大地に座し、手を仕えた。


「志保ッ!」


 たちまち、鋭い平手がぴしりと音を立てて彼女の左の頬へ飛ぶ。父はどうやら、すでに左衛門や留守居の者などから事情を聞き知っているらしい。


「我らがこなたに命じたのは、この陣の守備であろう! 一体たれが敵側へ潜入せよと申した」


「…申し訳ございませぬ」


 あまりの勢いに、地面に転がりそうになるのを辛うじて堪え、志保は深く頭を垂れた。打たれた頬は、みるみるうちに赤くなっていく。潜入ではない、和睦を勧めに行ったのだと仮に言っても、それは父の怒りに油を注ぐ結果になるだけであろう。


 口では神妙に侘びを申し述べていても、志保の脳裏に去来するのは、


(三浦方がちゃんと我らの声に耳を傾けてくれさえすれば)


 あの城門で、いきなり矢など射かけさせず、彼女の声に応えてくれたならと、その思いばかりである。


「こなたの勝手な行動で、ヘタを打てばさらに我が軍の犠牲が増えていたかもしれぬのだ。市右だけでなく、他の兵士どもはこなたを守るためにあたら若い命を散らしたのだぞ! 留守居とはいえ、こなたは一軍の将。我らを信じて従う命を預かる重い役目がある。それを…」


 抑えきれぬ怒りとともに、再び父は平手を振り上げる。そこへ、


「ありゃ、しばらく! どうか今しばらくッ!」


 割って入ったのは、「志保のせい」で、孫息子を喪った当の左衛門である。


「おひい様の行動を止められなんだ我が孫や、我らの咎こそ重うござりまする。おひい様もこれ、このようにご無事にございました。それゆえどうか、これ以上の御叱責はこのじいに免じて、どうか」


「無事でなくばなんとする。左衛門、そこ退けい! 頬打ち据えただけでは、こやつのために死んでいった者らに示しがつかぬわ!」


 大地に額を打ち付けんばかりにして言い募る左衛門を前にして、氏綱はさらに怒りを煽られたらしい。いつもの彼に似ず土を荒々しく踏み散らし、腰の刀に手をかけたところで、


「氏綱殿、しばらく」


 静かな声が背後から響いた。その拍子に、ばちりと大きな音がして彼らの近くのたいまつが爆ぜる。陣の周りを覆う幕がさっと払われて、


「軍を統べる将の責は、確かに氏綱殿が言われるように重い。志保どのが犯した過ちものう」


「父上」


 氏綱がさっと面容を改めて、現れたに長氏入道へ向かって地面に片膝をついた。息を詰めて見守っていた家臣たちも、一様に膝をつく。


「じゃが、志保どのはこの爺のため、伊勢のために良かれと思うてやったこと…。その意気込みが強すぎてこたびの事態になった。まだまだお若いゆえ、思い込むと周りが見えのうなる…それは氏綱殿とて身に覚えがござろう。無論、この爺もの。今も生きておる者共らは皆、忘れようと思うても忘れることのできぬ悔恨の中に生きておるのだ。此度は志保どのご自身がそれを学ばれたというだけの話よ。これより志保どのは何度も思い出しては懊悩することになろ。生きるというのはそういうことゆえにな」


「しかし!」


「なあ、志保どの。志保どのは賢いゆえ」


 思わず膝を前へ進めた息子を手で制して、「大将」長氏はどっかと孫娘の前へ腰を落ち着け、地面につけた両膝の上で固く握り締められている孫娘の両手へ目をやった。


「おお、おお。これ、このように赤う…おなごの頬へ手を上げるものではないわいの」


 彼はむしろ哀れむように、彼女の頬を節くれた両手で包んでこちらを向かせる。今の今まで、


(和睦に応じなんだ三浦方がすべて…)


 悪いのだと頭に血を上らせ、復讐をすら考えていた志保は、思いかけぬ言葉に雷に打たれたような衝撃を覚えた

「…おじじ様」


 やっと志保は伏せていた瞳を上げ、祖父の目を見つめる。


「うん?」


「ただ今これより志保は…志保の、お留守居の将の任を解いてくださりませ。志保は小田原へ戻りまする」


「フム」


 何においてもまず報復を、と考えて、以降もこの軍に居続けるつもりであった意地が、祖父入道の柔らかい言葉にどんどん溶けてゆく…。


「ですが、その前におじじ様へ…将として、最後のご報告を」


「聞かせなされ」


 誰よりも敬愛している祖父に許されることが今は何よりも恥ずかしく、この場に到底居耐えぬ思いを志保に抱かせる。祖父がただ甘やかしているのでもなく、彼女をかばっているのでも、さらには揶揄や嘲笑で言っているのでも無論ないということも、志保には十分すぎるほど分かっていた。


(志保どのがご自身で、とっくりと考えること…)


 そのような考えから、祖父は彼女を許したのだ。


「…あの折、敵方の将に遭遇しまいて改めて分かりました。今や三浦方にかろうじて戦意のある者は、敵将道寸義同およびその子、義意と、兵士達を預かる将たちのみ。そのほか兵士どもは、気力を振るうどころかまず腹に一物も入れておらぬし、入れる食料も食い尽くしたゆえ、槍を持つ力すらないのだと…そう、申しておりましたし、志保もこの目で見まいた。じゃによって、お味方の勝利は…はい、間違いないと志保は、志保も思いまする」


(降伏も和睦もない、と。義意様…市右)


 あの折の模様を同時に思い、ともすれば震えそうになる声を励まし励まし、志保はようよう言い終える。すると、


「分かった。ご報告、ありがたくお受けする」


 祖父は大きく頷いた。


「信頼できる情報であるか否か、分かりませぬ」


 父がまだ、憤懣に耐えぬ面持ちで口を挟むと、


「志保どのが命をかけて確かめてきたことじゃ。間違いない。それを父であるこなたが疑うのかや」


 たれから聞いたとも志保へは問わず、長氏は大きな声で言葉を返す。言うまでもない事ながら、祖父にはきっと、彼女の言う敵方の将とはたれのことなのか、お見通しなのだ…。


「本日これより、志保どのはこの陣のお留守居役ではなくなる。残るは三崎の城の三浦のみ。再びこの長氏がこの軍の指揮を合わせて執る」


 静まり返っていた全軍が士気を取り戻し、わっと沸き立った。その喚声を陣幕の内でぼんやりと聞きながら、


「こなた様は、兵庫や傷ついた者どもらを率いて小田原へ参られよ。将として、爺が命ずる最後の責じゃ」


 祖父が言うのへ、志保はただ頷くのみだったのである。


「我らは本日十日、夜更けを待って三崎城へ総攻撃をかける!」


 長氏の声を背中で受けて、志保は俯いたまま陣幕の外へ出た。



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