レガートの森を越えて(4)
縄で縛られ捕らえられた強盗犯の5人を見ながら、ササキヤの主人はウンウンと頷きながら、シュノーの居るイツキたちの所へやって来た。
「本当にありがとうございます。もう少しで全てを盗まれるところでした。昨夜この者達が強盗かもしれないと聞いた時は、正直信じられませんでしたが、テントを取り替えて寝ていて助かりました。他にも色々とご指示いただいたお陰で、誰もケガをしませんでした」
ササキヤの主人は供の者一同、深々と頭を下げて礼を言った。
実はササキヤの6人は、イツキたちのテントの中で息を殺しながら、一部始終を隙間から覗いて観ていた。だからイツキが人質になった時、思わず飛び出そうとしていた。
だが、昨夜フィリップから、何があっても我々を信じて、テントから決して出たりしないで欲しいと注意を受けていたので、ギリギリのところで思い止まっていた。
「それにしても、貴殿方はいったいどういう方々なのでしょうか?」
ササキヤの主人は、イツキの元に集合した完全武装している20人を見て、只の材木関連の人間である訳がないと確信していた。もしかしたら警備隊?いやレガート軍の人間か……どちらにしても精鋭部隊であることは間違いないだろうと、それなりに人生経験を積んでいる店主は思った。
「いやいや双方何事もなくて良かった。我々のことは、どうぞお忘れください」
フィリップはササキヤの主人に笑顔で柔らかく言ったが、その瞳は「他言無用!」と強く店主に向けられていた。
店主も商売人である。その意味も己の立場も、目の前の武装した集団の立場も理解し「承知しました」と再び頭を下げた。
「さあ皆さん、馬も帰ってきましたので朝食にしましょう。自慢のスープをどうぞ召し上がってください」
1番活躍していたイツキは、そんなことはどうでもいいような顔をして、スープ鍋の蓋を開けた。香草のいい匂いが広がり、イツキのお腹がグーっと盛大に鳴った。
全員が笑い出し「やっぱ若者は違うな」とか「いっぱい食べて大きくなれよ」とか、皆がイツキに声を掛けてくる。イツキは少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら、「さっさと並んでくださーい」と叫んだ。
朝食後ササキヤの皆さんは、何度もお礼を言いながら帰国の途に就いた。
帰り際、店主はイツキに黒革の新品のリュックを「お礼です」と言って手渡した。それは見るからに丈夫で使い勝手の良さそうな、収納も幾つかに分かれていて、簡易式レガートボーガンがピッタリと収まる大きさだった。
イツキはにっこりと極上の笑顔で礼を言って、遠慮せずに貰っておいた。
これから先、出かける時はいつもそのリュックを、旅のお供にするイツキだった。
「さてと、お前たちはルナの警備隊に引き渡す。逃げようと思うなよ!俺たちはレガート軍の精鋭部隊だ。殺すのなんて簡単だが、ここで殺すと魔獣の餌になる。人肉の味を覚えさせると、旅人が襲われる可能性が強くなるから避けたい。まあ……でも、カルート国の警備隊より魔獣の餌の方がいいのなら、生きたまま森に置き去りにしてもいいが?」
フィリップは凍えるような冷たい声で、強盗達を脅す。
「「・・・・・・」」
5人の強盗犯達は、自分たちを捕らえたのがレガート軍の精鋭部隊だと知って、絶望的な表情で項垂れる。当然ここで殺されるのも魔獣の餌も嫌だが、カルート国の警備隊に引き渡されるのも嫌なので、返答のしようもなく無言である。
万が一にも逃げるチャンスは無いだろう……しかし魔獣に襲われたら、その隙に逃げることが出来るかもしれないと、一縷の望みを残して縛られたまま歩き始めた。
途中で狩りをしながら難なく進み、昼休憩の後は、イツキの指導で薬草採取をする。
イツキの人使いは荒かった。ドゴルで換金する分と、ロームズの住民へのお土産分も採取するので、おじさん達は中腰が体に堪えた。
その上、旅の間はカルート語での会話を義務付けたので、語学が苦手な者はイツキの指導がビシバシ入ることになった。
2日目の夜は、やや遅れて日没後に2本目の川の休憩所に到着した。
休憩所にはカルート国側からのやって来た商団や旅人が、既に3組も居て賑やかな夜となり、お互いが有益な情報交換をしたりして、楽しく過ごすことが出来た。
この夜の休憩所には怪しい者は居なかったが、夜が更けて各々のテントに戻ろうとしていた時、小型の魔獣が襲ってきた。
これはチャンスと、捕らえられた罪人(強盗犯)達は逃げようと画策し、逆にリーダーの男が魔獣に腕を噛まれてしまったが、自業自得である。
結局魔獣は、カルート国から来た商団の護衛たちが倒し、残念ながら毛皮も牙も手に入らなかった。
あまりのイツキの落胆ぶりに、次こそは自分が倒すと、国境警備隊の連中は気合いを入れるが、本来魔獣とは出会わない方が喜ばしい……はずである。
まあ幸運にもその魔獣は尾に毒があったので、罪人は噛まれたが命に別状なく、肉は食用にすることが可能だった。
他の旅人は魔獣が捌けなかったので、イツキたちの一行が魔獣を捌くことになり、イツキからペナルティーを貰った見張り番の者が、朝までじっくり時間を掛け丸焼きにした。眠ると焦げるので居眠り防止にも役立った。
お陰で朝食は休憩所で一緒になった旅人全員で、魔獣の丸焼き肉を分け合い、持ち寄った食料と一緒に美味しくいただいた。
優しい?ヤマギは、罪人たちにも丸焼き肉を分け与えた。なんだか黒く焦げて炭のようだったが、そんなことは誰も気にしなかった。
1098年5月24日、川の休憩所を真っ先に出発したイツキたちは、夕方までには隣国カルートの、国境の街ルナに到着することを目標にピッチを上げた。
残念ながら?魔獣には遭遇しなかったので、予定より早くレガートの森を抜けられそうである。
イツキはフィリップとレクスを連れて、森の街道から外れた少し開けた場所まで行き、上空のモンタンを呼ぶ。
「モンタンありがとう!帰りも会えたらいいね。じゃあね」
〈〈 モンモーン 〉〉
イツキもフィリップもレクスも、たっぷりとモンタンの頬をよしよしと撫でてやり、満足したモンタンが飛び立って、見えなくなるまで手を振った。
モンタンと一緒に行動していたハヤマ(通信鳥)のミムは、これから先は森を抜けるまで、イツキの肩に乗って移動する。
「それでは我々本隊A5人は、7日以内にゆっくりとロームズに到着するよう動きます。ルナから先はレガート軍国境警備隊の者として行動し、出来るだけ地元の宿を利用し、地元の食堂や店に金を落とします」
「よろしくお願いしますシュノーさん。カルート国の、特にルナから大都市ハビルまで続く街道の町の住民は、ハキ神国の侵攻から守ってくれたのは、レガート軍だったと知っています。だから、何処でも歓迎されると思います」
イツキはシュノー部長に軽く頭を下げ、本隊Aはレガート軍の人間として振る舞うよう指示する。
「我々本隊B15人は、レガートからロームズへ向かう大工職人で、レガート軍の基地建設の為、勤務交代によりロームズへ向かう本隊Aに随行している。ただし、10人は安宿に泊まり5人は交代で荷馬車の番をする」
「そうですルドさん。本隊Bを宜しくお願いします。どんな仕事の者にも成り済ますことの出来るルドさんなら、大工の親方も問題なくこなせると思います」
イツキは奇跡の世代の中でも、潜入捜査専門の仕事をしているルドを高く評価していた。治安部隊に配属されてからは、ヤマノ領の貴族の家の庭師として潜入し、ヤマノ領内の貴族関係を調べあげてくれたのだった。
イツキ、シュノー、フィリップ、ヤマギ、国境警備隊のボブ、イグモ、治安部隊のルドの計7人は、隊列の最後尾から少し遅れて歩きながら、ルナに入ってからの最終打ち合わせをしていた。
「シュノー、ルド、決して別動隊の存在を気付かれるな!隊員たちに徹底しろ」
「分かってるよフィリップ。イツキ君がペナルティーという素晴らしい見本を見せてくれたから、少しでも喋ればペナルティー1でロームズに半年勤務、ペナルティー2で1年勤務、ペナルティー3で3年勤務を命じるよ」
シュノー部長は嬉しそうにニヤリと笑い、3年も居ればハキ神国語も覚えられるだろうと言った。
「鬼だなシュノー!だんだんアルダス(奇跡の世代のリーダー)に似てきたぞ」
「ルド、それは・・・嫌かも・・・」
7人はハハハと笑いながら、段々と木々が低くなり、太陽の陽射しが強く届くようになった街道の様子に、間もなく森を抜けるのだと意識する。
「さて、我々別動隊のフィリップさんとハモンドと僕は、実は神父としてすっかり面が割れています。ルナの国境警備隊とカルート軍への対応は任せてください。旅の途中で偶然一緒になったレガート軍の皆さんとは、検問所からは別行動になります」
イツキは少しワクワクするような企むような瞳で全員を見て、急に神父モードへと切り替え、神父のように祈りのポーズをして見せた。
イツキが本物の高位の神父様だと知らないボブとイグモ以外は、思わず丁寧に頭を下げてしまう。
ボブとイグモは「えっ?」「なに?」と言いながらキョロキョロする。
「ボブ、イグモ、イツキ君は修行中の偉い神父様として、前回の作戦を成功に導いたんだ!いいな、今この時から、別動隊の3人は教会関係者、ヤマギとレクスは護衛だ。間違えるな!我々は軍とは無関係だ」
「は、はい!フィリップ秘書官補佐。しかと心得ました!」
そこは「はい神父様」と言って欲しかったフィリップだが、後はもうシュノーとルドに任せるしかない。
「我々は宿には泊まらず、教会に泊まります。そして明日の朝には馬車で、ロームズの手前にあるビビド村を2日で目指します。・・・それでは皆さん、よい旅を。旅のご無事を心よりお祈り申し上げます」
イツキはそう言って右手を胸に当て、ゆっくりと頭を下げた後、天使のような清らかな微笑みを皆に向け「では」と言って、先頭を歩いているハモンドとレクスの元へと向かった。
思わずイツキの微笑みに見とれていたフィリップとヤマギも、仲間たちを追い抜きながら軽く右手を上げ手を振って、本隊から離れて前へ出た。
眼前にはレガートの森の終点が見えてきた。
街道の先には、国境を守っている検問所の建物が小さく見える。
いよいよカルート国に到着である。
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